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小説「遊のガサガサ冒険記」その12

 その12、
 嫌な予感はしていた。
 週明けの月曜日。遊は新たな1週間の始まりに淡い期待を抱いていた。いつの間にか風向きが変わり、元の楽しい学校生活に戻っていたと。でも現実は変わらなかった。また気の重い日が続くのか。
 朝、登校して昇降口の下駄箱を見て、遊は目の前が真っ暗となった。1枚の紙が貼りつけてある。
 ーーガイジンは出ていけ
 黒のマジックで走り書きされていた。
 慌ててはがすと、下駄箱の中には紙屑やビニール袋が押し込まれてある。上履きも見当たらない。
「どうしたの遊。遅れちゃうよ」
 遊の不審な挙動に、華が気付いた。
「上履きがないんだ、どこにも」
「えっ、きっと誰かが隠したんだ。まったく、あいつら。とにかく、私も一緒に探すから」
「ありがと。朝の会が始まっちゃうけど、どうしよう」
 いじめのエスカレートに遊は気が動転し、立ちすくむ。
「大丈夫。とりあえず体育館シューズを履いて。それに、何、このゴミ。まったくひどいことするんだから」
 華は手提げ袋からビニール袋を取り出し、そそくさと片付けた。
 クラスメートが次々と登校し、2人から視線を逸らし、関りを避けるようにそそくさと教室に急ぐ。
「本当、ありがとう、華ちゃん」
「いいのよ。何、それ、手に持っているのは」
 華は遊の手から紙片を取り上げ、
「許せない、あいつら」
 と、その紙片を破り、ビニール袋に押し込んだ。
 昇降口を上がった廊下に直也、俊夫、弘樹が廊下に立ち止まり、にやにやしながら2人を見ている。
 華がつかつかと、その3人に歩み寄った。
「遊君の上履きがなくなっちゃたんだって。ここで見てないで、一緒に探してくれないかなあ」
 華の意表をついた言動に、3人はお互いの顔を見合った。他のクラスの児童らも足を止め、遠巻きに様子をうかがっている。
 華は再度、声を荒げた。
「ねえ、困っているの。一緒に探してよ。可哀そうじゃない、遊君が」
(華ちゃんが、僕のために戦ってくれている)
 遊は突き動かさるように、華の傍に駆け寄った。
「本当、下駄箱にないんだ。誰か、見かけなかった」
 直也を睨みつけ、声を振り絞っていた。
 直也は気圧されたように顔を背け、
「朝の会、始まっちゃうぜ」
 と、駆け出した。撤退宣言を受けたように、俊夫、弘樹らも直也の後を追った。
「何かあったのか」
 見回りに来た男性教員が声を掛けた。
「いえ、何でもありません。友達が上履きを忘れちゃったっていうから」
 華が機転を利かせて、その場を切り抜けた。
「さあ、教室に行こう」
 華が右目でウインクした。
(やっと言い返せた。華ちゃんのお陰で)
 遊は胸のつかえがとれた。
 理不尽のことを言われて、黙っているのが悪い、と大人は言う。正論だけど、なかなかできない。仲間外れにされちゃうんじゃないか、もっといじめがエスカレートしちゃうんじゃないか、と、考え、尻込みしてしまう。先生に泣きついて報告したら、直也らに密告したと罵られ、他の仲間からも今以上に相手にされなくなるのは目に見えている。
 子供には子供の世界があり、独自のルールがある。
 少しだけ体や声が大きい奴がひょんなことでリーダーにのし上がり、ひょんなきっかけで、少しだけはみ出した仲間をからかい、いつの間にか、いじめに発展する。首謀者は直也で、取り巻きは俊夫と弘樹。残りの大多数のクラスメートはいじめの矛先が自分に向くのを恐れ、その場の空気に流されているだけ。傍観者も加害者と同然と理解しているのは、今のところ華1人だ。
「遊君、今朝はついにかましてやったね。直也のヤツ、ぎゃふんとした顔して。私、スカッとして気持ちよかった」
 華の大きな声が教室に響いた。女子のグループが一斉に雑談を止め、華をちらっと見ると、またひそひそ話をはじめた。
 昼食後の休み時間、男子児童は直也の号令で校庭に直行、ドッジボールに興じている。また弱虫の誰かを標的にして、ボールを投げつけているのだろう。教室内には女子が仲良しグループに分かれて残っていた。
「また華ちゃんに助けてもらっちゃって。僕、1人でどうしようって思ってたんだけど、本当に助かった。ありがとう」
「私も仲間外れなんだから、遊君と同じ。これで弱者同盟だね。独りじゃないから、全然、へいちゃら。それに弱者同士って絆が強くなるから、敵に回すと手強いのにね。窮鼠猫を噛んでやるんだから」
 華は自分を鼓舞するように、また大声で言い放った。クラスの仲間を牽制する狙いもあるようだ。
「それにさ」
 今度は、華は小声に切り替えた。
「周りのほとんどは強い方になびくから、ここしばらくは辛抱ね。でも相手が手強いと思えば、いじめっ子って直ぐに次を物色して、標的を切り替えるはず。だからこっちは徹底抗戦で隙を見せちゃだめよ」
「うん、分かった。華ちゃんの言う通りにする。今朝、僕も初めて直也君らに言い返せたから」
「直也でいいんだよ、いじめっ子なんだから、呼び捨てで」
「そう、直也は一瞬、怯んだようだったから」
「まさかと思ったんじゃない、遊君が文句を言うなんて。でも、安心するのは早いと思うの。直也のやつ、しつこいから、そんな簡単に引き下がらないはず。だから、絶対に共同戦線で張り合わなきゃ」
 クラスメートは相変わらず雑談しながら、2人にちらちら視線を向けている。
 華が突然、立ち上がり、煙幕を張るように言い放った。
「だから、そういうこと。じゃあ」
 直也らいじめの首謀者以外、クラスの全員は見て見ぬ振りをする傍観者だ。弱者連合が打ち勝つには、いかに傍観者を引き込むかにかかる。華の一連の言動は傍観者らの動揺を誘い、切り崩すための陽動作戦かもしれない。
 自席に戻ろうとして、華は再度、遊に話しかけた。
「そうだ、今朝、登校途中で聞いたミッション件、遊君が関心のある動物を徹底的に調べればいいんじゃないかな。大切なのは遊君の熱意なんでしょ」
 クラスメートは一斉にキョトンとした表情を見せた。傍観者には意味不明で、遊と華2人だけの暗号に聞こえたに違いない。
                       その13、に続く。
その13:小説「遊のガサガサ冒険記」その13|磨知 亨/Machi Akira (note.com)

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