小説「遊のガサガサ冒険記」その23
その23、
遊のいる4年3組のクラスでは、担任の臼井先生や鈴木校長らも混じった先生5人による寸劇が始まった。5人とも首から、アルファベットのAからEまでの名前の手書きされたボードを吊り下げており、それぞれが役を演じるようだった。
男子児童A「昼休みだ。みんな、外で鬼ごっこしよう」
男子児童B「よしやろうぜ。だけど、Cは見学な。お前は外人だから」
男子児童D「そうだ、そうだ、ガイジンは言葉が変だし。なあAも同じだよな」
男子児童C「なんで、僕もまぜてよ」
女子児童E「BもAもD君もそんなこと言って、C君がかわいそうじゃない。一緒に遊ぼう」
寸劇が終わり、臼井先生が全児童24人に質問した。
「みなさん、どう感じましたか」
数人が競うように手を上げ、指名された華が
「C君を仲間外れにして、悪いことだと思います」
と、きっぱりと答え、他の児童らが「そうだ。いじめだ」と騒めいた。
「石田君はどう思いますか」
臼井先生は石田直也にも意見を求めた。直也はおずおずと立ち上がり、
「いけないことだと思います」
と、消え入りそうな声で答えた。何人かの児童が笑いを堪え、下を向いた。
足利市では隣町のいじめ自殺事件を契機に、小中学校全校でいじめ予防授業を始めることになった。これまで事後対応でとかく後手後手になりがちだったいじめ問題に、積極的に予防プログラムで未然防止を図ることになっている。
プログラムでは、第1ステップとして心や体に辛さや痛みを感じることがいじめであることを理解し、第2ステップとしていじめに遭遇したら現場を離れて大人に助け、第3ステップとして当事者でない傍観者の児童は制止するなどの行動をできるようにする、ことだった。また毎朝、児童は各自の端末で先生に悩み事など知らせるシステムも導入された。深刻ないじめ問題に直面した自治体では既に実施され、効果を挙げている。
翌年度、来年4月から実施の予定だったが、城西小では4年3組での遊や華に対するいじめが表面化したことを契機に、指定推進校として前倒しでスタートした。
道徳の授業でのいじめアンケートの際、華が口火を切り、4年3組でのいじめの実態が学校に知れた。直也が首謀者となり、遊に差別的発言を繰り返し、遊の私有物を隠し、遊と遊を援護した華に対しクラス全員が嫌がらせに加わったり、傍観者として無視するなどした。
思いもよらぬ深刻なクラスの実態に、臼井先生は慌てふためき、校長室に駆け込むほどだった。急きょ、クラス全員から聞き取り調査が行われ、遊ら関係する児童の保護者にも学校側から説明があった。
上清水家では父・イリエスが会社を休み、帰郷して対応した。緊急保護者会、個別面談などで臼井先生ら学校側から詳しい事情を聞いた。映見は夫イリエスに、遊のアウターケアを任せた。
「臼井先生から、話は聞いた。華ちゃんと2人でよく頑張ったな。お母さんも褒めてたよ」
「いじめのこと、知ってた?」
「うん、少しね。でも、お父さんもお母さんも遊を信じていたから。自分で切り抜けるってね。でも今度もしもこんなことがあって、自分じゃ手に負えないなと感じたら、先生や親に話すんだよ」
遊はイリエスの思い遣りに胸が熱くなり、言葉にならなかった。
「それはそうと、絶滅した動物や森と文明なんて随分と難しい本を読んでいるけど、来年夏の自由研究の勉強でもしているのか。それとも人気テレビ番組の博士ちゃんに出演するつもり」
話題が切り替わり、遊はホッとした。勉強の目的は一口じゃ説明できないし、それにまだミッションは完了していない。まだ口にしたくなかった。
「そのことは心配しないで。後できちんと話すから」
将来は学者になるなどと適当にごまかしても良かったが、信頼する父を裏切るようで遊は気が引けた。
「そうか、楽しみにしてるから。必要な本があったら、また連絡しなさい」
父イリエスはあえて聞き出そうとしなかった。遊は両親との信頼関係がさらに深まった気がした。
華はいじめ粉砕の同志だ。ミッションも逐次、相談に乗ってもらい、アドバイスも受けている。これまで同様、下校の際、経過を話した。
「直也ら元気ないね。クラスのみんなが敵に回っちゃったんだもの顔色無しよね。それにいじめ予防の授業も始まっちゃったし。めでたし、めでたしね」
「本当、何もかも華ちゃんのお陰だよ。ありがとう」
感謝の言葉が、遊の口から素直に出た。
「何言っているの、いろいろ忙しくても遊君が頑張ったからじゃない。そうだ、そういえば、あのミッションはどうなったの」
遊は富士山での欲望の悪魔の繰り出した化け物とのし烈な闘い、仲間の雷鷲の死、そして近く自制の神に面会しに行くことを詳しく伝えた。
「本当、遊君の格闘ぶりを見たかったな。槍や太刀や弓で悪い奴らを倒したんでしょう、すごいよね。富士山頂は極めたから、後は、自制の神にお願いし、欲望を抑えるワクチンをもらうことね。でも時代を遡ってワクチンを撒くんでしょう。歴史を変えることだから、私は存在しないかもしれないし、仮に存在してもミッションのことなんか忘れちゃっているのかな」
「それは大丈夫。僕は効果を検証することになっているし、華ちゃんは僕にとって功労者だから。僕らは存在するし、記憶も残すようになっているから」
「本当、ありがと。役得だね」
華は愛らしく右目でウインクした。
その24、に続く。
その24:小説「遊のガサガサ冒険記」その24|磨知 亨/Machi Akira (note.com)
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