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小説「遊のガサガサ冒険記」その5

 その5、
 1羽の蝙蝠が緩急をつけ、身を翻しながら、槍のような鍾乳石が連なる薄暗い奥に通じる洞窟に飛び去って行った。岩屋の天井は吹き抜けのように高く、壁面には百目蝋燭を入れたランタンが数か所置かれ、その灯りが冷気を含んだ風に揺らめいている。
「欲望の大王・マモン様のお出ましだ。皆の者控えよ」
 下僕の声が響くと、正面の岩戸が左右に開いた。
 暗闇から、欲望の大王・マモンが姿を見せた。
 身の丈は大の人間の男を優に超え、2メートル以上はある。金髪は逆立ち、青白く、頬のこけた細面の顔面に落ちくぼんだ眼窩から鋭い眼光が赤く煌めき、巨大な鷲鼻、両耳の先は尖り、大きく避けた口の左右から牙が覗く。黒づくめの装束に身を固め、肩からマントを羽織っている。
 マモンは大理石の演壇に仁王立ちし、居並ぶ手下らを威嚇するように見渡した。集まった手下は大王直属の諜報機関の幹部30人余りで、黒装束、胸にはそれぞれ階級章が煌めく。大王の指令を受け、下部機関のメンバーに伝え、人間の欲望を喚起する特性ウイルスをばらまく。
「皆よ、聞け。人間様は万物の霊長であり、支配者だ。森も林も川も沼も湖も海も水も滝も地下資源もあるゆる資源が人間のためにある。暖衣飽食、酒池肉林、大いに結構。気の向くまま、欲望の命じるままに生きさせるがいい」
 大王は再度、手下ら1人1人を嘗め回すようににらみつけ、背もたれに自らの姿を彫り込んである豪華な玉座に腰を下ろした。
 脇に控えていた腹心のデモスが立ち上がった。
「大王様の申しつけをきちんと守るように。それでは実績報告に移る。まず、個人消費部門のアズラ、報告せよ」
 アズラは演壇の前に進み出て、腰を90度、曲げた。大王に怯え、顔面蒼白、両膝が震えている。
「面を上げよ」
 デモスの許可が下り、アズラは報告書を読み始めた。
「今、最も庶民の関心事である三種の神器の普及率を報告致します。白黒テレビは来年、アジア初の東京オリンピックを控え、庶民の購入意欲は急速に高まり、既に普及率は71・6㌫に達しました。洗濯機については50・3㌫、冷蔵庫も39・7㌫までそれぞれ伸びており……」
「ちょっと待て」
 腹心のデモスが拳でテーブルを叩き、遮った。
「テレビはどうにか目標値に達したようだが、洗濯機、冷蔵庫とも目標から1割以上も下回っているではないか。どういうことなのだ。ウイルスは予定通り撒いているのか」
「都市部では目標を上回っているのですが、所得水準の低い地方でやや伸び悩んでおりまして」
「現金が手元になければ、ローンで買わせればいいだろう。地方をターゲットに、消費者はもちろん銀行、信販会社、電気店の関係者にももっとウイルスをまき散らせ。キャッチコピーは、雑多な家事から女性の解放を、でどうだ」
「はい、畏まりました。仰せの通りに。ローンで買わせるとは気づきませんでした、お恥ずかしい限りで。メーカー担当者にも再度ウイルスを感染させ、働く女性の意識をくすぐるよう強力に働きかけ、大手広告代理店を通じて新聞、テレビ、ラジオのあらゆるメディアで宣伝させましょう」
「自制の神め、新たなワクチンを散布しているのかもしれない。こっちも新たなウイルスの開発を急がせねばならんな。個人消費は経済成長の要だ。欧米の豊かな生活を見ろ。まだまだ欲望は尽きない。次は車にクーラー、テレビもカラー時代だ。金回りがよくなれば、遊びにも目が向く。レジャー喚起策はどうなっている」
 アズラはバッグからファイルを取り出した。
「手抜かりなくプランを立て、順次、実行しております。公営ギャンブル、映画は既に浸透し、レジャーの大衆化で旅行にゴルフ、ボーリング、冬はスキー、スケート、遊園地にレジャーランド整備も計画通りに進んでおります。ペットも人気の兆しで、海外から変わった鳥、魚、小動物も続々輸入させる予定でして。それにスポーツフィッシングのブームを起こそうと、釣り具メーカーらを焚きつけて、ブラックバスを全国の河川に放流するプランも立てております。」
「計画は順調なようだが、手抜きはするな。レジャーは今後の成長産業だ。老若男女、彼ら彼女らの欲望を刺激し続けろ。決して手抜きはするな。次は団体・企業部門、前に出て報告せよ」
 アズラが列に戻り、入れ替わりで担当のグレムリンが報告を始めた。
「投資が投資を呼ぶ好循環で、日本経済は絶好調であります。朝鮮特需で潤った神武景気をさらに上回る景気拡大局面に入っているとみられております。首都圏、大都市圏ばかりでなく、地方にも波及し、お陰様でこの足利の地も開発計画が目白押しで大変好ましい状況になっております」
 グレムリンは右手で黒縁の眼鏡を押し上げ、報告書のページを手繰った。
「まず公共事業でありますが、市は南部の農地10㌶を工業団地に転換、北部山間地では県がトンネル工事、ダム建設を急ピッチに行っております。また民間では、西部地区で広大な雑木林を切り払い大学整備を進めておりますし、東部では湿地を埋め立てて遊園地をつくる計画も浮上しております」
 デモスが得意満面のグレムリンに水を差した。
「たかが10㌶だと、隣の太田市では50㌶の工業団地を整備中ではないか。さらにウイルスを撒き散らし、政治家、行政、官民デベロッパーらの尻をもっともっと叩くんだ。山も田畑も使える用地はまだまだある。住宅整備や団地はどうした?公共上下水道、河川改修もどんどんやらせろ。もっともっと快適、便利な生活を目指すんだ」
「はい、早速、部下に指示し、国会議員、市長、県議、市議の有力者や開発業者らを回ってウイルスを拡散させ、欲の虫が疼くよう徹底させましょう」
「戦後第十九次欲望増進プランは全体にほぼ順調に進捗しているようだが、決して気を緩めるな。それでは今日のミーティングは終了とする。繰り返すが、各部署とも与えられた使命を確実に実行せよ」
 大王マモンは両目を見開き、徐に立ち上がった。右手で大王の剣を掲げ、野太い声を響かせた。
「欲よ、永遠に」
 悪魔の使者らは右手を上げ、高らかに唱和した。
                       その6、に続く

その6:小説「遊のガサガサ冒険記」その6|磨知 亨/Machi Akira (note.com)

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