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<ひととてまnaヒト vol.06>日常は奇跡であふれている。“りんご行商”の「自分もあなたも今ここに居る」という響き合い方(りんご行商人/いちりんご 片山玲一郎さん)

こんにちは!
【ひととてまnaヒト】担当のマイコです。

今回ご紹介するのは、車にりんごを積んで気持ちの赴く場所へ出かけ販売する、キャリア20年以上のりんご行商人片山玲一郎さんです。「行商」とはあまり聞き慣れないですが、店舗を持たずに出向いて行って商売をすること。
昔ながらの“りんご売り”の方法で、たくさんの出会いを重ねながら、しかも1人で1日10万円以上売ると聞いて、どんなふうに売っているのか、どんなコミュニケーションをとっているのかに興味津々。「1億人に薄く伝えるより、1000人に1人の出会いを深く重ねていく」と話す片山さんのお話には、「今」を生きること、人とつながることの本質がたくさん詰まっていました。
それではどうぞ!


日常は奇跡であふれている。“りんご行商”の「自分もあなたも今ここに居る」という響き合い方(りんご行商人/いちりんご 片山玲一郎さん)

片山玲一郎(かたやまれいいちろう)|りんご行商人/いちりんご
徳島県生まれ。関西でジャズピアニストとして活動する傍ら、『ムカイ林檎店』のアルバイトで始めた「りんご行商」のおもしろさにのめり込み、生業に。2011年に東京に拠点を移したのち、2023年にRINGO株式会社として独立。自身は行商スタイルでの販売を続ける一方、世田谷区千歳船橋のりんご専門店『いちりんご』ではりんごやジャムなどの加工品を販売している。りんご行商歴20年以上で、そこでの出会いから活動が多方面に広がっている。

行商はアクシデントみたいなもの。「出会いが一番で、りんごはお土産」

りんごの甘い香りに囲まれ、ジャズが流れるりんご専門店『いちりんご』の店内で、その日行商はお休みという片山さんにお会いしました。初対面とは思えない、気さくで、人と壁をつくらない雰囲気の片山さん。関西在住のころ、アルバイトでりんご行商を始め、その自由な掛け合いの魅力にはまって本業として続けてきました。東京に拠点を移した後も、売り方は変わらず、りんごやジュース、ジャムなどを車に載せて行商に出かけています。

片山さん(以下片山):
キッチンカーのように定期的に決まった場所で商売をする「移動販売」や「露天商」と紛れやすいですが、「行商」は行く当てがないんです。旅人がりんごを持って売りながら歩いているみたいな商売。飛び込み営業とも違って、アクシデントのように出会い、その場でクローズします。

マイコ(以下M):
道行く人に声をかけるとき、 たとえば、親子連れだと買ってくれるとか、「こういう人に声をかけよう」というイメージがあるんですか?

片山:
声をかける人はジャンルレスで、自分で購入を決められる人全員がお客さんです。目の前にいるその人、世界に1人しかいないその人に対して、どういう人なのかを感じながら喋ります。だから、誰がターゲット、といったマーケティング的な発想はないんです。

行く場所も直感で決めます。「森を見たいから自然が多いところ」「今日は海の方にいってみよう」など。行商をするメンバーが何人かいますが、それぞれ野生の動物のように思い思いの場所に行きます。

行商の様子(撮影:齋藤陽道)

M:
偶然出会った人が、どんなふうに買ってくれるのか不思議です。

片山:
「ニーズ」だけの買い物だったら、ネットでも買えるし、近所のスーパーで買えますよね。行商は、出会いが売りで、りんごがお土産。売り方も、出会った人に『りんご、要りませんか』と伝えるだけです。相手の人の目を見て、目が合ったタイミングで、道を聞くくらいの感じで声をかけます。

相手は『何ですか?』と意識が向いて、『りんごか。りんごは要らないわ』だったり、『りんごだと思わなかった!』だったり、反応が返ってきます。ことばがちゃんと伝わって、それが予想や想像を超えると笑ってくれます。

『今日は森を見たくてこの辺りに来ました』など、その場にいる理由もそのまま正直に話します。話は下手でもよくて、ストーリーを伝える。買ってくれる人は買ってくれます。

M:
まさに「旅人」ですね。

片山:
明らかに雰囲気が違う存在で、「そんな生き方もあるのか」と興味をもってもらうところはあると思います。

りんご専門店『いちりんご』は2023年3月にオープン。片山さんが行商一筋でやる一方、店舗スタッフがりんごジュースやりんごチップス、工房で手づくりしたりんごジャムなどを販売しています

「今ここ」に生きているライブ感を届ける

M:
すごく営業トークをするわけではないんですか?

片山:
りんご屋なので、りんごがいいのは当たり前。新鮮な青森のりんごで、自分で食べても、プレゼントにしてもいい。ただ、何かうまいことを言って売っているわけではないので、そういう意味では買ってくれるお客さんがすごいですね。

ピタッとはまるときは、配達にきたかのように滑らかに売れます。
『そのりんごジュース1つちょうだい』と言われて、1本取ろうとしたら、『いやいや、箱で』と。『箱で20本いきなり買うんですか? 今会ったのに?』『無添加でしょ。ちょうど買おうと思ってたから』ということもあります。
偶然タイミングが合ったのか、いつか買おうと思っていたのか、不思議ですよね。

『CafeBarひととてま』での軒下営業の様子(写真提供:ひととてま)

M:
それだけ聞くと「奇跡」ですけど、そういうことが1日に何回も起きるということですよね?

片山:
毎日奇跡が起こらないと成り立たない商売です。
夜寝て、朝起きること自体が奇跡で、約束されていないこと。本来は、自分の部屋でさえ昨日と同じ状態ではなくて、毎日新しい循環の中にいるのに、
ずっと同じことのくり返しに感じて「しんどい」という人も多いですよね。

行商と出会うことでそれが少し変わって、いい意味での“違和感”をプレゼントしているのかもしれません。

「今」が見えていない人が立ち止まる瞬間


M:
お話を聞いていて、人は予想外の出会いを無意識に欲しているのかなと思いました。

片山:
今ここに居るのかわからないみたいな人、結構いますよね。忙しすぎて、A地点からB地点に移動しているだけで、それ以外はシャットアウトして歩いている人。そういう人に一番刺さります。

M:
そういう人に!? 一番売るのが難しそうです。

片山:
声をかけると、『時間ないから』となります。『ちょっと見てもらっていいですか』『いや時間ないから』とか、一言二言ことばを交わすうちに、相手がふっと普通になるんです。

少し先のことや過去の中にいて、ずっと追われていて、「今ここ」にいない。それが、アクシデントで一瞬だけ外れて、人生を立ち止まれるんです。

M:
おもしろい。目の前に焦点が合うんですね。

りんごジュースやりんご酢は、行商でも人気の商品

片山:
行商人という少し異質な存在や、そのときの「出会い」に何かを感じて買ってくれる。スーパーで買ったりんごはあまり覚えていなくても、急に道端で買ったりんごは覚えていたりしますよね。人の心に触れるかどうか。衝動買いとも違って、ちょっと心に触れているんです。

M:
何年も前に、見ず知らずの女性が『そのスカート素敵ね』と道端で声をかけてくれて、言葉を交わしたことを思い出しました。それだけの会話ですけど、ずっと心に残っている。アクシデント的に出会った人と心が触れるとき、心が温かくなってうれしい気持ちになりますね。

片山:
一瞬の相思相愛というか。
舞台のビラを1枚配るにしても、人混みの中で、ぱっと自分に渡しに来られて、『あなたが好きそうだったので』と言われたら、それ1枚で出会いになるかもしれない。日常はそういう扉だらけだということを、行商の存在を通じて気づいてほしいと思います。
お互いに「ここにちゃんと居る」ということ。伝わった証拠にりんごを渡しているという感覚です。

大切なのは本音で向き合うこと


M:
行商という商売の話から、今を生きることや伝え方の話になっていて、奥の深さを感じます。

片山:
行商の売り方は、時代遅れですけど、平安時代からずっと無くならずにある。時代が変わっても変わらないことがあって、商売の原点なのかなと思います。急に道端で出会っても、本能的に大丈夫と思えて、意味を超えて受け取ってくれるんですよね。意味を超えるときに売れるんです。

M:
意味を超えるというのは、りんご以上のものを受け取るということでしょうか?

片山:
機械ではできない、人が生み出す揺らぎみたいなものかもしれません。先ほど違和感とも言いましたけど、写真や映像といった作品でも、意味を超えているものに出会うと、もう1回見返してしまう。もう1回見て「すごいな」となることがあります。

M:
やはり売り手の、片山さんの人間力が大きい気もします。

片山:
それはね、結構誰でもできるんですよ。大切なのは本音で話すこと。オープンマインドで接すること。「なぜ今ここで売っているのか」をそのまま伝える。
行商人が続いている人は、意外と話すのが苦手だったり、人見知りだったり、一人の時間が好きな人が多いんです。逆に、話し上手で「得意です」という人や営業経験のある人ほど、武装してしまって、自分で売ろうという意識が強く、うまくいかなくなってしまう。テクニックより、ハートが大事です。

スタッフのみなさんで、りんご談義中。好みのりんごは、みなさん一致で「サンフジ」でした!

M:
話すのが苦手な人が向いているというのは意外です。一生懸命さが大事なのかなと思いました。
相手がただ会話を楽しみたいだけ、ということもありますか?

片山:
そういうときは、『全部買ってもらえたらゆっくり話せますけど、要りませんか?』と聞きます(笑)。
『さっきも言ったけど今家にりんごあるのよ』『りんごジュースも飲まないし』ということなら、『そしたらちょっと声かけてきていいですか?』と聞くと、『行って行って!』となりますね。何がしたいかがはっきりしているから、お互いに嫌な感じがしない。

M:
正直に伝えたらいいんですね。おだてるわけでもなく、無理に話を聞くわけでもなく、同じ目線にいる感じが新鮮でした。

片山:
逆の立場だったら嫌なことはしないだけで。気に入られようとは思っていなくて、だからお客さんにお世辞も言わないし、無理に話を合わせようともしない。自分とりんごとお客さんがフラットな関係です。

あとは、どうしても聞きたいことがある場合は率直に聞きます。『りんごは関係なく、個人的に聞きたいんですけど、今までの人生どうでしたか?』とか。

M:
そういうパターンもあるんですね!

片山:
『悪くなかったよ』とか、『心配すんな』『何とかなるから』と答えが返ってきたり。おもしろいです。

お互い名前を知らないままで素の話をします。これがポイントで、肩書は置いておくんです。どれだけ会社の偉い人だろうと、逆に何者でもないという人でも、ただ「人」と「人」として話す。多分とんでもなくすごい方の接客もしていると思いますけど、お互いを知らないんです。名もなき達人が教えてくれて、話し込むこともあります。

これは行商の距離だから成り立つことですよね。コンビニで急に『今までの人生どうでしたか?』って聞かれたら「なんやこいつ」ってなりますよね(笑)。

M:
それは、ちょっと怖いですね(笑)。

片山:
行商だと、声をかけたら笑ってくれて、『今はいいわ』と通り過ぎた人が、また会ったら『頑張ってね』と声をかけてくれたりする。一瞬で距離が縮まって、買わなくても知り合いの感覚が生まれます。旅と一緒で、そういう流れや出会いの必然性を信じています。

行商は「波に乗る」感覚です。こっちに行ったらおもしろい、という流れが見えてくる。サーフィンと似ていると言われることがあって、行きたい気持ちと来ている波が合わないと行けない。うまく合ったら、ただ流れに乗っていけばいいんです。

■りんご専門店『いちりんご』■
以前『ムカイ林檎店』の東京支店として行商の事務所を構えていたころ、片山さんの妻の郁子さんが、近所の人にもりんごを販売できたら、とお店を開くようになったことがきっかけで、店舗販売もするようになりました。その後、世田谷の『いちりんご』では工房スペースができ、「りんごジャム」づくりも行っています。砂糖不使用、りんごのみでつくるジャムは、いろいろな品種のりんごの良いところが掛け合わさった深みのある味わいが人気。「お店は行商とは開いている方向が違って、お客さんが選んで足を運んでくれる場所」と話す郁子さん。新しい商品の開発など、店舗だからできることも次々生まれています。
『いちりんご世田谷店』:
東京都世田谷区千歳台3-3-17 千歳台ビルディング 1F
https://ichiringo.co.jp/

取材日は、「りんごチップス」と薬膳茶を掛け合わせた新商品の打ち合わせも。一番左が片山郁子さん、右側に登場しているのはvol.2でインタビューした、だしな薬膳の石丸由美子さん

手話の伝える力に触れて。コミュニケーションを突き詰めていきたい

M:
今後の展望や力を入れていきたいことはありますか?

片山:
こちらから何かを目指すというより、行商がきっかけで流れが生まれて、自然発生的に活動が広がることが多いですね。手話との出会いもひとつで、ろう者と聴者が一緒になって手話も交えての行商もしています。

自分としては、今後もシンプルに行商を極めていきたい。どんどん少数派になる中で、時代とともにどう浸透していくかに興味があります。コミュニケーションを突き詰めていきたいです。

M:
手話はどんなきっかけで始めたんですか?

片山:
齋藤陽道さんという、有名な音楽アーティストの写真などを手掛けている写真家に興味をもったのがきっかけでした。始めはろう者だと知らずにメールでやり取りしていたんです。実際会ったら、齋藤さんの手話はすごく気持ちが伝わってきて、相手の気持ちの在りかもわかる人で、もっと話したいと手話を学び始めました。

手話には『日本語対応手話』と『日本手話』があって、『日本語対応手話』は、日本語の語順通りに単語を手で表現するもの。齋藤さんたちが主に使っている『日本手話』は、顔や肩の動きも重要で、感情が乗っているので、「おいしい」「びっくりした」など、気持ちがダイレクトに伝わってくるんです。数年前は手話をやろうとは全く思っていなかったですが、今では僕以外にも手話ができるスタッフもいますし、手話のイベントにも出店するようになりました。

「りんご」の日本手話。口の前でりんごをかじるように2回動かす

M:
一緒に行商に行くとどんな様子ですか?

片山:
ろう者や難聴の方と一緒にりんごを売るときは、手話や筆談で『青森のりんごを売っています』など伝えるんですが、ことばを相手にきちんと届けていて、受け取る側もしっかり受け取っているのが伝わってきます。何人か一緒に行商にいきましたが、みんな出来る。純粋に伝えようという気持ちが強くて、コミュニケーションに大事なハートが伝わる。行商と手話は親和性があると感じました。

M:
伝えたい気持ちと受け取りたい気持ちが合うんですね。

片山:
ろう者のできる仕事が少ないと言われていて、特に接客業はあまりないんです。働ける場合でも、マニュアル対応になっていて、自由に自分の言葉でやれる機会は少ない。りんご行商をやって、本人たちも「できないと思っていたけど伝わった」「自分で稼げる」と驚いていました。

今は自分に出来ることとして、ろう者が行商をする場をつくっていきたいと思っています。自分たちで仕事をつくって、守っていこうよ、と。関東10か所を拠点にして、年商1億円規模を思い描いています。手話に出会って、自分の行商も進化しました。

 M:
長く行商を積み重ねてきて、上達している感覚はありますか?

片山:
逆で、上手くなると売れないんです。芸事と近くて、楽器も上手いだけでは感動しなくて、下手でもいいなという人がいますよね。その差って何なんだろうと。
料理も自分のためにつくってくれたらおいしさが違うように、行商も、入魂しておにぎりを握る感じ。とんがったまま自分の言葉でやらないと相手に刺さらないので、自分の本能に気付くことでもあるし、「何で伝わるんだろう」「買ってくれるんだろう」と考えて人と響き合う仕事です。

今後の大きい方向性としては、「自分には出来ない」という思い込みが外れること、人間の野生の感覚を発揮させることを広げていきたいですね。

左から行商人で店舗スタッフのマキさん、片山さん、郁子さん

―――――
りんご1つを持って行商にいけば、自分や街のコミュニケーションが通っているか確認ができると話していた片山さん。ひとりでも笑ってくれる人がいるうちは大丈夫で、東日本大震災後やコロナ渦の街では、ギリギリの緊張状態を経験したといいます。

行商の話は、目に見える何かではない「大切なもの」のやり取りの話でした。数々の奇跡のようなエピソードを夢中になって聞きながら、「今ここ」に集中して居ること、本音を込めることなど、生きることへのたくさんの気付きがありました。私も野生の勘を研ぎ澄ましに、いつか行商をご一緒してみたいと思いました。

さて、ここで一旦、【ひととてま na ヒト】の連載はお休みになります。
今後については続報をお楽しみに!

【企画:平野智子】
【聞き手・文・写真:片岡麻衣子】

【連載担当】片岡麻衣子(KORU works/フリーランスライター・広報)
香川生まれ、四国と関東で育ち東京在住。大学時代はイギリスで平和学を学ぶ。PR会社、NPOや舞台制作会社の広報を経て、フリーに。ダンス大好きの姉とおしゃべりの止まらない妹の2児の母。好きなことは、旅、花、水泳、娘と遊ぶプランづくり、おまつりごとの高揚感。https://greenz.jp/author/kataokamaiko/
https://www.facebook.com/maiko.kataoka.52/

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