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「牧場を守るためには、攻め続けないかん」二人三脚で探り当てたチーズづくり

「ひとすじ」は、”50年以上ひとつの仕事を続けている”方々を、フィルムカメラを用いて写真におさめるプロジェクト。 個人が自由に仕事を選べるようになり、転職や職種転換も当たり前になった現代だからこそ、その人々の生きざまはよりシンプルに、そしてクリエイティブにうつります。 このnoteでは、撮影とともに行ったインタビューを記事にしてお届けします。

神戸の閑静な住宅街を抜けてすぐの場所に弓削(ゆげ)牧場はある。
牛舎だけでなく、チーズ工房、チーズハウス「ヤルゴイ」、バイオガス施設、畑など多種多様な施設が集まった牧場だ。

今回お話を伺ったのは、弓削 忠生さん・和子さんご夫妻。
「牧場を守るために攻め続けないかん。」

今でこそ、高級ホテルや百貨店でも取り扱われているチーズを製造しているが、弓削牧場の初代である吉道さん亡き後、牧場の存続のために1冊の本からチーズづくりを始めた。その背景にある挑戦や思いについて、おいしいチーズを食べながらお話を伺いました。


父・吉道さんが始めた弓削牧場

弓削牧場2代目、弓削忠生さん

ー はじめに弓削牧場の成り立ちを教えてください。
忠生さん:私の父・吉道が、終戦後に小さな牧場を始めました。都市開発の波で1970年、今の場所に移転してきました。そしてまたいつのまにか、周りに家がたくさん建ちましたが、当時は山の中にポツンとあるだけ。今や住宅の中に牧場がついてる場所は全国を探しても、珍しいですね。

ー こんな街中にある牧場に来たことないです。忠生さんは、お父様から牧場を継がれたのですよね?
忠生さん:そうです。家では牛を飼っているけど、牛について全然知らないなと思い、高校卒業後に県の畜産試験場で牛の勉強をすることにしました。そうしたら、県の人が「海外研修制度があるよ。」と紹介してくれて、1年間アメリカに行き、メキシコ人やポルトガル人と一緒に農業実習をしました。1966年だから、まだ1ドルが360円で固定の頃。帰ってきてから、この牧場で働き始めました。

高台から施設を見渡すことができる

ー 和子さんは、牧場に嫁がれた当初はどんな気持ちでしたか?
和子さん:私は大阪の都会育ち、元々マスコミ関係の家庭で育った。田舎の牧場に嫁いでのんびりしようと思っていたのに、最初の食事で出てきたのがテールシチュー。正直最初は「ここはどこ?私は誰?」状態でしたね(笑)。コロッケを作るにも、パン粉を作るところから始めて、クリスマスには大きい鶏の丸焼きを用意したりと、とにかく食事に時間をかける家族で、驚くことも多かったです。

ー 当時はチーズは作っていなかったとお聞きしました。チーズづくりを始めたきっかけはなんだったんですか?
和子さん:私が嫁いでからの7年間は、義父母も健在でした。ですが、私が3人目の子どもを出産する直前に義父が亡くなりました。その当時は牛乳の供給過多で生産調整が入り、売れない時代。市場に出回る量を調整して適切な価格で販売するために、飲める牛乳を廃棄しなければなりませんでした。この牧場を維持していくために、何かしなければいけないと考える必要が出てきました。

ー牧場を維持するための打開策がチーズづくりだったと。
忠生さん:「牧場を守るためには、攻めないかん」そういう気持ち。

和子さん:弓削家の食卓では、搾りたてのミルクに浮いた生クリームをホイップして、アップルパイにのせ、自分たち用のカッテージチーズを作ることが日常でした。おいしい牛乳から作ったクリームやチーズの味を普段から食べているからこそ、それを作って広めることが酪農家として当たり前かなと。だから自然の流れではありましたね。

手探りの中、試行錯誤を繰り返したチーズづくり

弓削牧場のロゴは忠生さん和子さんの3人のお子さん

ー 1からのチーズづくりは大変だったんじゃないですか。
忠生さん:打開案を思いついた時は、3人目の子どもが生まれたばかりでしたし、牛の面倒だけで手一杯。チーズの本場であるヨーロッパに行って修行をする時間は当然ありません。そもそも酪農家が、加工した乳製品をつくること自体が御法度な時代。勢いそのままに農水省に電話して、「酪農家として生きるためにチーズをつくりたい」と伝えました。しばらくしてから、思いがけず「頑張って欲しい」と連絡が入りました。その後、ナチュラルチーズ*の補助事業が立ち上がり、チーズ作りで失敗した分を報告すれば助成してもらいました。あの助成金がなかったら厳しかった。

※ナチュラルチーズとは、乳酸菌などの微生物の働きで乳を固めて発酵熟成させたチーズです。プロセスチーズは、ナチュラルチーズに乳化剤などを加えて加熱して溶かし、再び成形したものです。
参考文献:株式会社宝幸ホームページ

ー チーズはどのように研究したんですか?
忠生さん:『The Book of Cheese(ブックオブチーズ)』という全編英語の分厚い本をある方からお借りして、作り方を学びましたね。アメリカにいたおかげで理解できました。湿度が高いところでカビが生えると書いてあったので、まずは白カビチーズづくりに取り組むも、はじめの頃は全然うまくいきませんでした。

弓削和子さん。今でもお店に立つこともあるという。

和子さん:最初の1年は、いろいろな色のカビが生える夢にうなされたり、よく2人でチーズ絡みで言い合いもしました。牧場のパートさんには「この夫婦、明日は離婚か?」と思われていたみたい(笑)。当時は3人の子どもが5歳、2歳、6ヶ月と小さかったけど、チーズづくりの先駆者の方のお話を伺いに弾丸で長野まで行ったり。思えば、あれが初めての家族旅行でしたね。

ー当時を想像すると本当に大変な毎日ですね。
和子さん:結局、カマンベールチーズの完成には1年かかりました。でも、タッパーを開けたときに、ビロードのような白カビの生えたカマンベールチーズができた時はもう感動でしたよ。ただ四季がある日本では、成功した条件でやっても別の季節にはうまくできない。それで、なけなしのお金を使い、思い切って工房を建てることにしました。

ーできるかもわからない中で投資とはすごい勇気です。
和子さん:でもたくさん失敗した分、自然と応用力が身について、今の看板商品である『フロマージュ・フレ』を生み出すことができました。

「ヤルゴイ」で足元を見直してもらいたい。

三角屋根がかわいかわいい「ヤルゴイ」

ー今はチーズを食べれる場所として、チーズハウス「ヤルゴイ」がありますね。
和子さん:「ヤルゴイ」は1987年にオープンしました。白カビが生えて喜んでいた頃、チーズは日本人にとって一般的な食べ物ではありませんでした。フロマージュフレなんて言わずもがな。全国で日本人が食べるチーズはプロセスチーズが8割以上で、ナチュラルチーズは2割あるかないか。一人あたり年間800gしかチーズを摂取してませんでした。

ー調べると今の日本人は年間2.7kg摂取しているようです。そう考えると800gは少ないですね。
参考文献:株式会社ベイシア PR TIMES

和子さん:当時はプロセスチーズが主流で、チーズ嫌いや牛乳嫌いになってる子どももいました。だったら弓削牧場で拠点を作って、ナチュラルチーズを食べてもらいたいと思ったんです。そこで、食べ物の提案の発信拠点として、三角屋根のチーズハウス「ヤルゴイ」をオープンしました。最初は小さなスペースでしたが、少しずつ増築をして、今ではコース料理を召し上がっていただける場所になりました。1994年からは牧場ウェディングも開催して、これまで130組を超えるカップルが式をあげられています。

「ヤルゴイ」でいただいたチーズフォンデュとローストビーフ、ホエイシチュー

ー「ヤルゴイ」はどんな意味なんですか?
忠生さん:ヤルゴイはモンゴルに咲く牧草の花です。寒い冬を乗り越えて、衰えていた家畜たちは早春に咲くヤルゴイを食べて元気を取り戻していました。だから、人間も同じように心身が不安定な時は、ここにきて、一片のチーズと一杯の牛乳を食べてもらうことで、自分の足元をゆっくり見直してもらいたいと思っています。

未完成なんです。まだ。

撮影中、一時的に季節外れの雪が降り注いだ。

ーこれまでのチーズづくりの苦労やレストラン開業のお話を聞いてきましたが、お二人はやめようと思ったことはありましたか?
忠生さん:いつもやめようかなと思ってます(笑)

和子さん:私はないです。守るために攻め続けないと。

忠生さん:その都度その都度、課題が出てきては解決しようとしてるから、結局やめる暇がなかったね(笑)。今、一番価値あることは、農業を守り、その結果、ここの緑や空間を残すことだと思ってます。だから弓削牧場は未完成なんです。まだ。

ー未完成の弓削牧場の中でこれから挑戦していきたいことはありますか?
忠生さん:今はバイオガスですね。牛のふん尿を微生物の力で発酵させることで発生するガスのことを言います。

ー バイオガス。またこれまでとは違う取り組みですね。
和子さん:元々は山だったところを削って、牧場の裏側に280軒ほど家が建ちました。山を削ったことで風道が変わり、これまでほとんどなかった牛のふん尿の匂いに関するクレームを初めて電話で連絡してきたことで、なんとかしなきゃと思いネットで調べたら、北海道でミニバイオガスプラントに取り組んでいる教授がいたんです。「弓削牧場であれば、牛のふん尿を発酵させてガスにして、匂いも抑えられる」と。「これだ!」と思って、その後すぐ電話しました。

ー強行突破力がすごいです。笑
和子さん:バイオガスプラント関連のプロと協力して補助金を通して、全国各地に視察に行ったりしました。2012年からは実験を開始して、今は牧場内に小型のバイオガス装置を設置しています。このガスをエネルギーとして、搾乳ロボットやチーズ工房のお湯を沸かすガス利用。

弓削牧場では消化液も購入できる

忠生さん:取り組みの中で、ガスを抽出した後の消化液が宝ということもわかりました。「ヤルゴイ」で出しているハーブや野菜はこの消化液で育てているのですが、有機物が多く、土の中の微生物を活性化してくれます。牧場の経営自体は息子・娘に任せて、年寄りはバイオガスや消化液に注力していこうと思います。未だ完成系はないし、時代とともに変わっていくと思う。エンドレスやね。

編集後記

取材前日、チーズづくりに関して記事を読んでいた私は話を聞く前にまずチーズを食べたいと弓削牧場に足を運んだ。

レストランは既に閉まっていたが、名物であるフロマージュ・フレは買うことができ、その日にいただいた。程よく酸味があって、舌触りがなめらか。翌日レストランでいただいたカマンベールチーズは濃厚でとてもクリーミーだった。通販でも購入できるので多くの人にぜひ一度食べていただきたい。

今回の取材は4時間を超える長時間になり、記事に入れたかったものの外した話がいくつもある。

「周りの人が我々を上に引っ張ってくださった」「チーズをたどると世界の歴史がわかる」
「なんぼAIが進んでも野菜を作るのは人間」「動物から教えてもらうことの方が多い」などだ。

その話のどれもが、牧場を守るために、課題が出る度に、解決しては乗り越えてきたのが弓削さんご夫妻だからこその話だった。確かに人生とは仕事に限らず、そういうことの繰り返しなのではないか。

牛に優しい環境づくり、その牛乳から作られるおいしいチーズ製品、チーズを食べられるレストラン、バイオガスでのエネルギー循環、有機野菜の栽培。課題が出てきては解決して成長して、また次の課題が出てきてそれを乗り越える。弓削牧場はそんな連続を50年以上も繰り返した結果、今があるんだと思う。

書き手:中村 創

弓削牧場

〒651-1243  兵庫県神戸市北区山田町下谷上西丸山5-2
HP:https://www.yugefarm.com/
TEL: 078-581-3220  (9:00 ~18:00) 
FAX: 078-581-2620  (24h)
チーズハウスヤルゴイ 営業時間 11:00-16:30水曜・木曜定休
(その他臨時休業あり。HPやSNS等でご確認ください。)

取材/ライター/撮影:中村 創
取材:本間はる華
編集:新野 瑞貴
監修:後藤 花菜

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