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 2021年、第46代アメリカ大統領ジョー・バイデン氏の就任式で朗読された、当時22歳の黒人女性詩人アマンダ・ゴーマン氏の詩。題意は「私たちが登る丘」。就任式での朗読に至ったのはジル・バイデン大統領夫人の推薦によるもので、ゴーマン氏自身が朗読している。

 2021年9月に出版予定の彼女の初詩集の表題作でもあり、就任式直後にアマゾンのベストセラーとなった。
 ちなみに朗読されたバージョンでは連邦議会議事堂乱入事件について触れているが、これは事件以降に改作されたもので、本来は事件より前の作品である。

 むろん本作自体は問題ないどころか、政治的な「勝ち組」の流れに乗りに乗っている作品であり、アメリカ国内では本作をけなしたりする方が社会的立場が危うくなるであろう。
 問題は本作の内容ではなく、翻訳される際に生じたトラブルである。 

マリエケ・ルーカス・ライネベルト氏へのキャンセル

 オランダの出版社メウレンホフ社は、本作の翻訳をマリエケ・ルーカス・ライネベルト氏に依頼。ライネベルト氏は英国の文学賞マン・ブッカー賞で国際部門に史上最年少で輝いた人物であり、もちろん英語力は申し分ないものと思われる。
 だが、オランダのSNS上ではライネベルト氏にバッシングが起こった――彼が白人だという理由だけで

 ライネベルト氏はこれを受けて翻訳を辞退。BLM狂乱が冷めやらぬヨーロッパで、この種の流れに逆らうのは自殺行為と踏んだのであろう。
 報道によると黒人の人権活動家ジャニス・デウルという人物は「黒人が採用される機会が失われた」とし、白人のライネベルト氏に「経験がない」とバッシングしたという。
 ちなみに、ゴーマン氏自身はライネベルト氏が翻訳することを支持していたという。

ビクトル・オビオルス氏へのキャンセル

 またスペインでカタルーニャ語版を翻訳することを予定していたビクトル・オビオルス氏が、性別・年齢・人種などの「属性」が一致していないとして契約解除を受けた。オルビオスさんは、ゴーマンさんの作品を訳す人間は女性で、若く、活動的であることが「必須」で、「黒人が望ましい」と伝えられたという。
 オビオルス氏は「21世紀の若いアフリカ系アメリカ人女性でないからといって誌の翻訳ができないなら、ホメロスの翻訳は前8世紀のギリシア人でなければできず、シェイクスピアは16世紀イギリス人でなければ訳せないことになる」と述べた。

 どうやらこの丘ではジム・クロウ法が適用されているらしい。

 ちなみにバイデン氏の大統領就任式直後、本作がマスコミの各ネット記事でさかんに日本語訳つきで紹介されていたが、これら訳文が黒人によって訳されたものかどうか定かではない。

 本作には次のような一節がある。

We are striving to forge our union with purpose to compose a country committed to all cultures, colours, characters and conditions of man.
(私たちは努力している――人々のあらゆる文化、(肌の)色、人格、置かれた状況が尊重される国をつくるために。)

アマンダ・ゴーマン『The Hill We Climb』 

 ライネベルト氏やオルビオス氏を翻訳から排除しようとした人々の耳には、この一節は届かなかったようである。

参考リンク・資料:

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