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【ジョジョの奇妙な冒険(OVA版)】

 荒木飛呂彦による少年ジャンプ系「能力バトル物」漫画の金字塔『ジョジョの奇妙な冒険(第3部)』の一部エピソードを「傑作選」的にアニメ化したOVA。1993年以降から発売。
 第3部には現在「スターダストクルセイダース」という副題がついているが、当時その章題はまだなかったため、本作も単に『ジョジョの奇妙な冒険』というタイトルである。
 なお、2012年以降に改めて第一部から順に制作されたテレビアニメ版とは異なる。

一般に知られる顛末

「不適切表現」があったとして出荷停止となり、現在は絶版となっている。
 なにが不適切なのかというと、本作の「Adventure 6 -報復の霧-」の冒頭部分で、敵ボスである「DIOディオ」が本を読みながら部下ホル・ホースに、主人公たちを倒すよう指示を出しているシーンがある。その本が『コーラン』であることがイスラム教的に問題があると喧伝した者がおり、それを共同通信社が採り上げたことがきっかけだったという。

07年3月ごろから、アラビア語の字幕を付けた海賊版がネット上で流通。視聴者の1人が、問題の場面の静止画をサイトに投稿し「コーランを読めば私たちの子どもも悪者になるという意味か」と批判。この書き込みが反響を呼び、内容を変えながら300以上のサイトに転載され多数の書き込みを招いた。
 「イスラムへの攻撃だ」「イスラムのイメージを傷つける狙いだ」との批判や、「日本までもがイスラム教徒を悪人に仕立て上げている」との指摘も。中には「このアニメを放映したテレビ局を爆破しろ」という過激な意見もあった。
 イスラム教スンニ派教学の最高権威機関アズハルの宗教見解委員長アトラシュ師は「イスラム教に対する侮辱で受け入れられない」と非難した。

スポーツ報知記事
「ジョジョ」のアニメに“コーラン” 当該DVDアニメと原作の一部が出荷停止に」転載より)
本作の出荷停止を報じる新聞記事

 原作においてもこのシーンでDIOは何らかの本を読んでいるが、何の本かは不明であり内容も読者には判読不可能になっている。またここ以外の部分にも『コーラン』が登場する箇所は無い。
 一方でOVA版でははっきりした文字が記入されており、拡大すればコーランの「雷電章」と呼ばれる部分であることがアラブ語話者には判読できる。

問題となったシーン
原作での該当シーン

 なお『コーラン』を用いたのはDIOがイスラム圏であるエジプトにいることを表現する演出で、とにかくアラビア語の文章であればよかったというOVAスタッフの独断である。

 これを受けて集英社及びアニメ制作を担当した有限会社A.P.P.P.は謝罪文を公表。

 集英社発行の漫画「ジョジョの奇妙な冒険」を基に制作された
オリジナルアニメーション作品「ジョジョの奇妙な冒険 Adventure 6 -報復の霧-」(アニメーション制作 A.P.P.P.)におきまして、登場人物の一人が手にしている書物にイスラームの聖典である「コーラン」の「雷電章」の一部が描かれており、描写として適切でない部分がありました。

 「ジョジョの奇妙な冒険」は、時代や国境を越えたファンタジー作品であり、その内容にイスラームとムスリムを冒涜する意図はまったくありません。また、原作者は、漫画の中で「コーラン」を一切描いておりません。調査の結果、アニメーション化の課程で、舞台がアラビア語圏であったためアラビア語の文章を探していた現場スタッフが、それが「コーラン」の一部だとの認識を欠いたまま転写してしまったことが判明しました。
 また、その後の調査により、原作およびアニメーションにおいて、対決シーンにおけるモスクの描写についても不適切な表現があったことが分かりました。

 集英社およびA.P.P.P.は、これらのシーンがムスリムの皆様に不快な思いをさせてしまったことに対し、心よりお詫び申し上げます。我々は、今回の問題を真摯に受けとめ、当該DVDアニメと、原作の一部の出荷を停止するとともに、他の部分の調査を進めてまいります。今後、このような事態を二度と起こさぬため、イスラームとその文化についての理解をより一層深めるべく、努力する所存です。

2008年5月22日
株式会社集英社
有限会社 A.P.P.P.

集英社公式サイト

 また外務省もこれを「遺憾」とする次のような報道官談話を発表した。

 5月22日、アニメ「ジョジョの奇妙な冒険」を制作した集英社とA.P.P.P.社は、イスラムを冒涜する意図は全くない旨述べるとともに、不適切な表現によってイスラム教徒に不快な思いをさせてしまったことをお詫びするとの趣旨の見解を発表した。日本政府は、不注意とはいえ、同アニメの一部内容により、イスラム教徒の感情が傷つけられたことは遺憾と考える。いずれにせよ、異なる宗教や文化への理解と敬意を育み、このようなことが再発しないようにすることが重要と考えている。

外務報道官談話「日本アニメのイスラムに対する不適切表現について」平成20年5月23日

怪しげな真相

 ところがこのシーン、実際にはイスラム圏で全くと言っていいほど問題になっていなかったという。そもそも海外販売はしていない作品である。
 現在ではマスコミ報道を含め多くの記事がリンク切れになっているが、先述のスポーツ報知の記事にもただ1名の人物が300以上のサイトに批判を貼り回っていただけに過ぎないことが触れられている。さらに「報知」の記事にあったようなイスラム側の強い反発も実は存在しなかったらしいことが当時のネットの観測者達によって記述されている。

まず、第一報で触れられていた300以上の書き込みが同一の人物によるものではないかという情報がインターネットのブログで書かれているという事について質問すると、意外にも「それは事実であり、こちらも知っている」という返答であった。それは日本で2ちゃんねらーやネットイナゴなどと呼ばれる人間による「コピペ荒らし」の様な行為でないかと考えられるがと聞くと、やはりアッサリと「そうだと考えている」との事。
では、それにも関わらず、記事では一部の人間でなくイスラム社会におけるネット全体からの反発として読める様に記述されているのではないか、という質問には「イスラム教スンニ派教学の宗教勧告委員長という立場のアトラシュ師から反発があったので、それが即ちイスラム社会全体の代弁であると考え、問題であると認識した」との事。

ジョジョOVA問題について共同通信に電話をしてみた – UGS 日記のこもれ火
「ジョジョ」のアニメに“コーラン” 当該DVDアニメと原作の一部が出荷停止に」の転載より)

確かに、「ジョジョ」「コーラン」とアラビア語で検索すると、数百のサイトがヒットしますね。
しかし、大半が同一人物による書き込みを転載したもので、文章まで同じものが多数あります。ほとんどのサイトでは、数本の書き込みがあって鎮火です。
しかも、「ジョジョを悪人」だと思い込み、「新作アニメ、ジョジョの奇妙な冒険」と書いているものがほとんど。新作じゃありませんよ。確かに、ある一人のマニアがそれをやってアラビア語のサイトに載せて、一生懸命炎上を図った。最初は2007年6月あたりのことでしたねぇ。アニメオタクのサイトに投稿してみたものの、「他人のことなんかジャッジすんなよ、おめえ、うぜえんだよ」みたいな書き込みを、アラブの方からも受けて、あえなく撤退されたようですね、最初の投稿者師は。
次から次へと、教育問題のサイトや母親のサークルなんかに投稿し続けていましたね。けど、お義理程度の反応で、あまり盛り上がらず・・・5月に入ると数は増えてましたが、手当たり次第に投稿してましたねぇ。
そこに共同通信社が登場。「中東で火の手」と報道して、世界中に知れ渡ったと。そういうことですかねぇ。でも、放火したのは、どっちでしょうねぇ。

dionotomo「ジョジョの奇妙な冒険のイスラム教冒涜問題」
「ジョジョ」のアニメに“コーラン” 当該DVDアニメと原作の一部が出荷停止に」の転載より)

 ネットでは「その貼って回ったネットユーザーと共同通信社の記者自身が同一人物なのでは?」という疑惑すらも持ち上がっていたという。

 また報道に登場した「イスラム教スンニ派教学の最高権威機関アズハルの宗教見解委員長アトラシュ師」という人物も、本作をきちんと視聴した上でコメントしたのではなく、その投稿者が貼り回っていた静止画(当時は動画投稿は一般的ではなかった)と付いていたコメントを鵜呑みにして批判したに過ぎなかったようで、事実「イスラム教徒をテロリストとして描いている」と明らかに作品内容からずれたことを述べている。

カイロを中心に活動するイスラム教スンニ派教学の最高権威機関アル・アズハルの宗教勧告委員長アブドゥル・ハミド・アトラシュ師(Sheikh Abdul Hamid Attrash)はこのアニメはイスラム教への侮辱だと切り捨てた。
「このシーンはイスラム教徒をテロリストとして描いている、これはまったく事実と異なる」彼はいう「これは宗教に対する冒涜であり、制作者達はイスラムの敵と考えられるだろう」

JAPANTODAY記事
「ジョジョ話に関する英語報道」での転載より)

 実際DIOもホル・ホースも、このアニメ第6巻のメインの敵であるエンヤ婆も、全員イスラム教徒でもなんでもない。
 DIOは100年前のイギリスで生まれた吸血鬼であり、作中でも当時から「環境でなったのではなく生まれつきの悪人」と断じられ、主人公たちに刺客を送り付けるのもこのコーランの場面以前に何度もやっている。そもそも神も仏もおよそ信仰するような性格ではない。
 おそらく、本件の少し前に仏シャルリ・エブド紙等によるムハンマド風刺画問題が起こっていたため、アトラシュ師は「また外国人がイスラムを侮辱している!」と即断したのであろう。

 結局、歪んだ正義感ないしは悪意から本作を問題にしようとした者のネガティブキャンペーンが、イエロージャーナリズムの扇動に乗ってしまい、作品の封殺を招いたというのが真相のようである。

参考リンク・資料:

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