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エンジニア彼女(短編ver)

私、プログラミング始めました。

 何となく見ていたインスタにこんな広告があった。

「プログラミングで稼げる! 未経験でも大丈夫!」

 どこかのプログラミングスクールの広告だった。いつも通りスルーして、友達が上げた投稿に「いいね」をつけていく。最近は、SNSを開く度にプログラミング系の広告を目にする。プログラミング系youtuberとかも良く見るし、Twitterでもプロゲートをやり出した友達が、レッスン修了のツイートをしていた。3日で投稿しなくなったけど、今どうしているのだろうか。
 これだけ世の中がプログラミング、プログラミングと騒ぎ出したら、文系女子を絵にかいたような私でも、ちょっと興味を持ってしまう。まぁ、文系の私に習得なんて無理だと思うけど。
 そうやって食わず嫌いを続けていた私に、転機が訪れたのは約三か月後のことだった。

 きっかけは単純なことだった。大学三年生である、私「若旅実幸(みさき)」に、就職活動というビッグイベントが控えていたのである。今まで、サークルだ、旅行だ、デートだ、BBQだと散々パリピっていた私の友達も、目の色変えてサマーインターンの話しをし始めた。鮮やかな赤髪を黒染めし、スーツ姿で証明写真を取った友達。つい最近まで、飲み会で朝まで飲みまくって、駅のホームでぶちまけていた彼氏も、真面目な顔して自己分析イベントなんてものに行き始めた。周りがそんな風になって行くと、長いものに巻かれてしまう系女子の私も、この就活の波に乗っかってしまう。
 しかし、どの会社に行きたい? 将来どうなりたい? どんな働き方が理想? いきなりそんなこと言われても、今まで遊ぶことしか考えていないバカな私に分かるわけがない。自己分析なんて苦痛でしかない。エントリーシートでアピールできるもんなんてあるわけがない。ただでさえ今まで頭使わない方向で生きてきたのに。先輩に楽な講義聞いて、適当に単位取って、長期休みはみんなとバカみたいに遊んで、こんな日々がずっと続いて欲しかったのに。何故、みんな、今さらになって目の色変えて就活に乗り出すのだ!?
 ヤバいやヤバいヤバい。インターンもしてないし、留学もしてないし、学生団体にも入ってない。アピールできることと言えば、コミュ力と気の強さくらいだ。何かやらないと本当にヤバい! でも、焦っても何か解決するわけでもない。一先ず落ち着け、自分……。
 そして、自分を落ち着かせるために、誰かまだ遊んでる人もいないかと希望をこめて、SNSを覗いてみる。
 インスタを覗いてみたが、どいつもこいつも意識高い系の投稿ばかりしてやがる。今は、そんな投稿を見たいわけじゃない。どこかにクズはいないのか。私は、三ヵ月前まで私と同類だった奴らの、クズっぷりを見て安心したかったんだ。なのに、何故お前らは、スーツを来て、髪を黒くして、個性も何もない統一された格好をし、真面目なことを言っているんだ。そんな光景にうんざりして、インスタを閉じようをしていた時に、またもあの広告が目に入った。

「プログラミングで稼ごう! 未経験からでも大丈夫!」

 いつもはスルーする広告だ。それにしてもプログラミングって本当に稼げるのだろうか。興味本位に広告の詳細を見に行く。すると、「文系でも活躍!」「IT業界に興味がある人大歓迎」などという言葉が目に入った。プログラミングは理系チックで、とてつもなく難しい印象を持っていたが、私でもできるのだろうか。就活のネタ作りのために、とりあえず手を出してみるのもアリかも知れない。
 インターンでプログラミングをしている大学の知り合いで、「夜桜凛」というラノベの主人公みたいな名前の奴がいたので、ソイツに聞いてみた。就活ガチ勢で、大学でもあまり接点がなかったため、突然のLINEにかなり驚かれた。

「え!? 実幸からプログラミングのこと聞かれるなんて思わなかったw」

 などと予想通りの反応をされたあとに、何を目指しているのか聞かれた。Webデザインとか、フロントエンドとか、バックエンドとか。訳の分からないことを言われて思考停止しそうになった。とりあえず「デザイン」というのがオシャレなイメージがあったので、「Webデザイナー目指してる」と回答しておいた。
 そしたら、今度は、HTMLとCSS、JavaScriptがどーのときた。何の専門用語だそれは。言ってる意味がさっぱり分からなかった。やっぱり辞めようかと思ったところ、凛にこんな言葉をかけられた。

「私も、3ヵ月Webデザイン頑張って、それで就職先決められたからオススメかも! プログラミング仲間ができるの嬉しい! 一緒に頑張ろ!」

 いや、まだやると決めたわけじゃない。何勝手に仲間にしてくれているんだ。
 しかし、凛の返信はわりと嬉しかった。あまり話したことはないが、結構良い奴だなと思った。3ヵ月頑張れば結果が出るなら、今からやっても就活解禁に間に合いそうだ。ちょっくら頑張ってみるか。
 勉強ってどうすればいいか聞いてみたら、「プロゲートとドットインストール」と回答が来た。両方とも、どっかで聞いたことがあった。あ、そーか。プロゲート修了ツイートで見たのか。結構やり始める人も多かったから、名前は覚えていた。みんな続かないから、やはり相当に難しいのだろうが……。

 そんなこんなで、プロゲートの会員登録を済まし、HTML/CSSのレッスンから取り掛かることにした。どうせいきなり意味不明なことを言われると思ったが、意外とそんなこともなかった。「Hello World」という文字を<h1>という、見出しを作るタグで表示させるだけ。これくらいなら私でもできるぞ。プログラミングって案外難しくないのか?
 スライドを見ながら、ただコードを書いているだけでレッスンが進んでいく感覚が心地よかった。あっという間にレッスン5まで終えてしまった。
 凛曰く、プロゲート進める際は、英単語表の要領で「プログラミングコード表」を作ると良いらしい。何でも、『スプレッドシート』というGOOGLEが提供している、エクセルみたいなものがあるらしいが、それにコード表を作っていくと良いらしい。
 スプレッドシートの使い方はそこまで難しくなかった。本当にエクセルと同じ要領で使えた。凜にサンプルは貰っているので、それの通りに作っていった。

(サンプル)

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 それぞれのコードが、どんな効果を持っているかは、スライドに丁寧に書かれているので、コード表を作るのにあまり手間はかからなかった。
 スプレットシートを使うメリットはパソコンだけではなく、スマホでも見れるから、隙間時間に学習可能なことにあるらしい。隙間時間はインスタばかり見ているから、私がその便利さを味わう機会はないかもしれない。
 ひとまず今日の学習はこれまでにしておく。

 翌日、大学の講義が終わった後に、図書館でプログラミングの学習をすることにした。エントリーシートを書いてる、スーツ姿の学生がちらほらいた。プログラミングをやっていると、なんとなく頑張っている就活生と同じに慣れた気がして、落ち着いた。昨日の続きからやってみる。
 すると、昨日まではHTMLだったのに、急にCSSに変わっていた。どうやら、文字の色を変えるレッスンらしい。難しいんじゃないかと、恐怖心が募ったが、ひとまず「プログラミングコード表」にCSSのシートを作り、「文字の色を変える」という欄を作り、「color: 色;」と付け足した。問題に入り、自分が作った「コード表」のコードをコピペし、「色」の部分を指定の「red」に変えた。すると、文字が赤色に変わった。ちょっと嬉しい。自分の成長が実感できた。レッスン8までは、特に問題なく進んでいった。
 レッスン9の「class」というのがいまいちよく分からなかった。classをつければ、CSSを反映させる範囲を細かく指定できるらしいが、仕組みが良く分からない。何だかんだ、ここまでで1時間ほど、プログラミングの学習をやっている。こんなことは試験前以外は考えられない。少し休憩しよう。そう思ってトイレに行くと、松田健司の姿を見つけた。健司は私の彼氏で、見た目が完全にパリピだったのは三ヵ月前までの話だ。今では、ホストのような髪型も大人しくなり、服装も皮ジャンからスーツに変わった。何かを書いている健司に近づき肩を叩いた。
「おぉ、実幸!」
 驚いたアクションが面白くて、私も笑顔になった。
「な~に書いてんの?」
「エントリーシートだよ。サマーインターンに応募しようと思って」
「へぇ~、やっぱ健司もインターンやるんだ」
「そりゃな。今まで遊んでた分、取り返さねぇとヤベェだろ」
「そんな発言、三ヵ月前の健司からは考えられないわ」
「まぁな、朝まで飲んだりしてたしな。てか、お前は何やってんだよ?」
 突然の問いかけに、何と答えようか迷う。就活のためにプログラミングの勉強を始めたなんて言ったら、どう答えるだろうか……。
「私は、まだ何にもやってないよ」
「だろうな。俺も、就活やめて遊びてぇよ」
 何だその、私が遊んでいると決めつけた言い方は。結構、軽はずみな発言が多い奴だが、遊んでばかりいるわけではない。私は私でいろいろと悩んでいるのだ。なのに、その言われようは気に食わない。でも、あまり真面目に悩んでいる「私」を、コイツに認識されたくなかったので適当にあしらった。
「ま、応援してるから、就活頑張ってねぇ~」
 健司の返事を聞かずに、私は自分の席に戻った。
 さて、プロゲートの続きしよう。結局レッスン9までやり遂げて、今日の学習を終えることにした。明日もやれば三日坊主じゃないな。そしたら、「偉いぞ、私」と褒めて上げよう。

私、エンジニアとして内定取ると誓いました

翌日、授業が終わると、友達と少し雑談した後、図書館に向かった。理由はもちろんプロゲートをやるためだ。レッスン10に取り組もうと思って、スライドを見ていたら早くも思考停止しそうになった。
 え、何よコレ!? HTMLのバージョンって何よ! <head>要素? ヤバいヤバい、マジで意味わかんないし。いいや、一旦進めよう。よく分からないけど、スライドの内容を『プログラミングコード表』に書いていった。ほとんどコピペだ。内容は1mmたりとも分かってない。問題もコピペだけでどうにかなった。
 次はさらに難しいのではないかと思い、続くレッスン11に挑む。やっぱり、意味が分からなさ過ぎて思考停止してしまった。
 文字コードって何よ!? ページのタイトルはまだわかる。でも、CSSの読み込みとか言われても、さっぱりイメージがつかなかった。でも、定型文みたいなものだから、覚える必要はないと書かれていて少し救われた。もう少しなら頑張れるぞ。
 次のスライドで、文字コードを指定すれば文字化けを防げることは分かった。でも、「UTF-8」とは何だ? 「ユーティーエフ-ハチ」と読むのか。よく分からない。謎過ぎる……。CSSの宣言も言ってる意味が分からないけど、herf属性とかいうのはレッスン3の「リンク」でやったので覚えていた。多分、どっかにCSSのファイルがあって、そことリンクさせているのだろう。そう思って、プラグラミングコード表に分からないなりに自分の解釈を書いてみた。

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今回のレッスンもコピペすればどうにかなった。分からなくても、どうにかなるのだと都合の良いように解釈しておく。
 次のレッスンでは、昨日苦戦を強いられたclassが出てきやがった。それに加えて<div>とかいうものもいる。何だそれは? 要素をグループ化などと言われてもさっぱりだ。
 とりあえず問題に移ると、これもスライドを移すだけでどうにかなった。ついでにCSSの「background-color」の復習にもなった。クラスというのは、自分がCSSでデザインしたいものだけを指定できるのだろうか。まだ理解は曖昧だが、headerやfooterによって色を変えられたので、そういうことだと思う。今日中にその辺、はっきりさせたいので凜に教えてもらうことにした。

「ねぇ、classとか、divとかあんましよく分かんないんだけど、これって要は自分がデザインしたい部分を指定してる感じなの?」

 凜にLINEを送って、返信を待つことにした。とりあえず、今日もそれなりにプログラミングの学習ができた。「偉いぞ、実幸」と、3日坊主にならなかった自分を褒めておく。休憩がてら、伸びをしていると、「実幸」と後ろから声を掛けられた。声の主は健司だった。
「お前、何やってんだ?」
 今日もエントリーシートを書きに来ただろうか。それにしても、プロゲートのエディタを開いているこの状況では、私が真面目にプログラミングを始めたことが一目瞭然だ。「やらかした」と思いながら、どうせ騙せないならと隠さずに言った。
「プログラミング。最近始めたの」
「マジで? 何でこのタイミングで。謎すぎるだろ」
 ほらやっぱり。こういう小馬鹿にするようなこと言ってくるから、コイツにはバレたくなかったのだ。
「友達がプログラミングで内定先決めたって言うから、私も初めてみただけ」
「いや、今さらやっても間に合わねぇだろ。もう就活解禁まで半年とかだぜ? 一年とかならまだしも、もうおせぇだろ」
 相変わらずこの軽はずみな発言と、「無理だ」と決めつけるところがムカつく。
「就活するなら大人しくインターンの選考出しとけって。たくさん出しゃ、俺らでもどっか拾ってくれんだろ」
 「俺ら」とは何だ? 何勝手に同類にしてるんだ。確かに、数か月前はバカみたいにつるんで遊んでたけど。人が新しいことにチャレンジしようとしてるのに「無理」と決めつけ、モチベを下げに来る人間と一緒にされたくない。
 ふつふつと怒りの感情が湧き出てきている。次の発言が、私の行動を肯定するものでなければ、私がブチ切れない保証はない。
「それに、文系の俺らがプログラミングとか意味わかんねぇだろ。どうせ工学部とか高専の奴らには勝てねぇって。それくらいなら、無難なとこ行って、さっさと就活終えて遊んだ方が……」
 もう、我慢の限界だった。人生で初めてと言えるくらい、真面目に挑戦しようとしていたのに。就活だからとか、あまり動機としては褒められたもんじゃないけれども、真面目に続けてやろうと思ってたのに。何故そんなやる気に水を差すようなことしか言えないんだ、コイツは。健司へのイラつきは、言葉となって発声された。
「うるさいわね! やったこともないクセに決めつけてんじゃないわよ。アンタじゃ無理でも、私ならできんのよ! もう、やると決めたことだから、いちいち水差してくんじゃないわよ!」
 健司の顔が一瞬引きつった。図書館にいた周りの人間の視線が集中した。私は、健司を終始睨み付け、「さっさと私の前から消えろ」と言わんばかりの眼光を向けていた。
「大人しく就活しときゃ良かったって、後で後悔してもおせぇからな。俺はちゃんと言ってやったからな」
 悔し紛れの言葉を残し、バツの悪そうな顔をして健司はその場を立ち去った。
 フンッ! 何が「言ってやった」よ。遊ぶことしか能がないクセに、偉そうにマウント取ってんじゃないわよ。こんな奴に舐められたまま大学生活終わらせてたまるか!
 引くに引けなかったとはいえ、良い意味で退路が絶てた。あの男を見返すために、何としてもプラグラミングで内定取ってやる。実際にエンジニアになるかどうかは、内定取ってから決めればいいのだ。やっぱ違うと思ったら辞退すればいい。今はまず、アイツを黙らせる。そのためにプログラミングをやり遂げる。数を打てばどこか拾ってくれるとか、他力本願なダサい思考回路なんか、私は持ってねぇんだよ。私は私の力で、内定に繋げてやる! 今からでも遅くなかったって、私が証明してやる!
 そう決意すると同時に、机に置いていたスマホに、LINEの通知が届いた。凜からの返信だった。

『おお! 実幸、しっかりプロゲート続けてるんだね! 独学なのに凄いね。そうだね、divとかclassは、CSSでデザインをしたいものを指定してるって理解で今は良いと思う。厳密には、headerとかfooterとか、divで1つのブロックを作って、classはそのブロックに名前をつけてるって感じかな。名前を付けちゃえば、いろんなブロックがある中で、どれにCSSを反映させたいか分かるよね。でも、まだイメージ付かないと思うから一旦流しちゃっても良いよ。理解できることを1つずつ増やして行こう。実幸、頑張ってるね。私も、まだまだだから一緒に頑張ろうね!』

 今までほとんど話したこともないのに、こんなにも丁寧に教えてくれて、応援までしてくれるものなのか。健司に啖呵切った手前、本当に私にやり遂げられるものなのかと不安が募っていただけに、凜の存在は心強かった。なんか、遊び友達よりも濃い繋がりができた気がした。今まで、応援された経験がほとんどなかったから。感謝の気持ちを込めながら、私は凜のLINEに返信した。

「凛、ありがとう! 私、エンジニアとして、絶対内定もらえるようにするって決めた! これからめっちゃ頼ると思うけど、ダルがらないでね! 一緒に頑張ろうって言ってくれてありがとう! 私も頑張るね!」

現実は甘くなかった



でも、やっぱり私はエンジニアになりたい



諦めなければエンジニアになれると、私が証明します




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