夏を待っている

冬になってしまった。

昔から冬は嫌いだ。静電気はひどいしお気に入りの服もない。それに暗いし、今まで経験してきた嫌な事は大抵寒い時に起こった。

今年の冬もどうやら同じらしい。来年、家族がみんなバラバラになってしまう事が決まった。夏までには皆が遠くに行って第二の人生を模索するらしい。日本に残るのは私と、消息不明の父だけだ。

それを知らされたのは姉と大戸屋に行った時である。私は家族が別々に生きることを一度に知らされて、箸でつまんだ魚のほぐし身を一度置いた。

「なんか、みんなどっか行っちゃうね」

姉がなんでもないように明るい声で言った。私はそうだね、とだけ返して、胸中に渦巻く感情を務めて平静に整理していた。

私は今年転職を決めた。夢をあっという間に切り捨てて別の道を歩む事に決めた。現状維持を選択し続けていた姉も母も、そしてフリーターだった弟も潔いと認めてくれた。私はてっきり、家族の中で一番早いスピードで人生を変えていく力があるような気がしていた。けれど、私以外の家族はこんなにもあっさりと大きな決断を下せる人間だった。さっきまで後ろに感じていた彼らの存在が、今では遠くに彼らの背中が見える。それがなんだか悔しくて、恐ろしかった。彼らの進む一歩は大きすぎる。

私は家族が好きでも嫌いでもない。いや、どちらかといえば母は苦手だ。私の自信を根こそぎ奪って踏みにじったからだ。けれども、母含めて家族はいつもそこにあるような気がしていた。それが私にとっての心の支えの一つだったと、今になってようやく気づいた。

「あのさ」

「なに?」

「……留学先の写真、送ってね」

とろろを啜る姉に言えたのはこれだけだった。姉はいいよ、でもLINEでね、と言って醤油をとろろに追加した。そんな姉に私の今感じている事を説明する事などしなかった。姉の人生をカケラたりとも邪魔したくなかったからだ。

正直本当に寂しい。けれど、彼らがどんな経験をするのか楽しみでもある。そして、彼らよりは小さいけれど新しい方向へ向かっている自分の人生がどうなっていくのか、それも楽しみだ。

彼らと別れて過ごしてもう一度夏が来る頃、私達は何処にいるのだろう。

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