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ハイライン戦術:2022 J2 第21節 大分トリニータ×アルビレックス新潟

ボール保持をスタイルとする両チームの戦い。結果はボールポゼッション大分59%の新潟41%という、新潟サポーター視点ではなかなか見たことのない数字を提示されたが結果は勝利。保持率の高さは勝利に直結しないということを勝利する側で実感した試合でもあった。昨シーズン終盤は逆の立場だったことを思うと感慨深い。

さて、この試合の特徴としては、大分のハイラインになるだろう。

残念ながら大分のハイラインは効果的に機能していたとは言えず、むしろ大きな弱点としてクローズアップされる形に。そんなハイライン戦術について解説する。

ハイライン戦術とは

ハイライン戦術は最終ラインを高く保って戦うのでハイラインと呼ばれるし、ハイラインにする意図は自陣にボールを置かせずに相手陣内にボールと人を押し込むことでずっと攻め続けるというのがコンセプトになる。ボールを奪われることがなければ失点することもない。

加えて、サッカーにはオフサイドというルールがあるので最終ライン裏のスペースを狙われたとしてもオフサイドに引っ掛ければ相手は攻撃することができない。ボールを奪われることがなければ失点することもない。

ハイライン戦術、理論としては正しいし強そうだし観ている側もずっと俺たちのターンで楽しそうだが、それを完全に遂行するには高い練度と裏抜けのダッシュに負けない守備陣のフィジカルやフットボールコンタクトのテクニックが必要となるし、裏抜けに対してキーパーが飛び出してクリアするという対応なども必要になってくる。

ちなみに、モダンサッカーにおけるキーパーのパイオニアであるノイアーは一人で自陣ハーフコートを全部守ったりする。2022年の現在では足下の技術に長けた小島のようなキーパーはそこまで珍しくないが、当時のノイアーは本当に進化の最先端にいるキーパーだった。このようなキーパーを備えていないと難しいのがハイライン戦術でもある。

Jリーグの歴史におけるハイライン戦術はエスナイデル監督時代のジェフ千葉(2017年〜2019年)の代名詞だが、2017シーズンは昇格プレーオフ進出という結果を出すものの2018年シーズンは低迷して2019年にはシーズン開始早々にエスナイデル監督は解任される。

この時のジェフのハイラインは尖すぎを通り過ぎた尖りすぎのハイラインで、ジェフサポーターの当事者でなければエンターテイメントとして楽しめるがジェフサポーター当事者としては心臓が何個あっても足りない試合を繰り広げていた。そのくらいリスキーな戦術がハイライン戦術である。今思うと当時ジェフのコーチだった長谷部監督(現アビスパ福岡。Jリーグ屈指の屈強守備戦術が持ち味でJ1第16節を終えて失点数10は圧倒的な最小失点)とエスナイデルが一緒に戦っていたという事実が凄い。

このように、攻撃的で魅力的だがリスクの高い戦術がハイライン戦術となる。

ハイライン戦術に必要となる戦術

ハイライン戦術と言うものの、ハイライン戦術をファーストチョイスにしている訳ではなく、他の戦術を用いた結果としてハイラインになったというのが現代サッカーだったりする。

ゲーゲンプレス

その代名詞の一つとなっているのがユルゲン・クロップ(ドルトムント、リヴァプール)のゲーゲンプレス。

ゲーゲンプレスの特徴は、ボールを奪われたらにボールに対してプレッシャーを掛けて即時奪還し、相手陣内で攻撃し続けるというのが基本になってくる。相手陣内でボールを即時奪還している結果として最終ラインはハーフウェイライン上となり、チーム全体が必然的に高い位置でプレイすることになる。

この試合における大分はまさにこの形を狙っており、新潟がボールを持つと猛犬のごとくボールに目掛けてプレスし、さらにパスコースを消す形でもプレスを掛ける。守備陣形が崩れようがどうしようが、何がなんでも相手陣内高い位置でボールを奪ってショートカウンターを決めてやるという意志を感じることのできる圧巻のプレスだった。キーパーの小島にボールが渡るとギアを上げてプレス強度マシマシにする大分。

実際に大分は試合を通して高い位置でのボール奪取に成功しており、シュートも新潟より多く(大分10本、新潟6本)打つことができている。

プレスは新潟ゴールキック時の掛け方も徹底されており、小島がボールをセットすると千葉と田上にボールを出させないようにガッチリマークすることに加えてボールの引き出し先であるボランチの高(ヤン)にもマンマークを付けて緩いショートパスを出そうものなら即時奪取可能という状況を作り出す。

こうなると小島は大きく蹴る選択肢を選ばざるを得なくなるので、唯一のターゲットとなる鈴木孝司にピンポイントフィードを送るがフィジカルで優位を取れるペレイラが競り合ってボールを回収する。回収すればポゼッションサッカーをスタイルとする大分なので、ビルドアップを駆使してゴール前に押し込んで以下繰り返しという形に持ち込むのがプランだったのだろう。プレスでサイドやコーナーに追い込んで新潟に蹴飛ばさせて回収するという大分の狙い自体はうまくいっていた。

擬似カウンター

もう一つのハイライン戦術として紹介する擬似カウンターだが、これは自分達がハイラインを敷くのではなく、相手にハイラインを敷かせる戦術となる。

意図したハイラインではなく、ハイラインに「させられた」守備は比較的脆いので、そこを突くのが擬似カウンターとなる。片野坂監督時代の大分がJリーグで旋風を巻き起こした戦術でもある。

自陣でボールを回して相手にハイプレスを仕掛けさせて、相手全員のベクトルが前掛になった瞬間に縦パスを通して一気に抜け出すというのが擬似カウンターの仕組みで、片野坂監督時代の大分はこの戦術で選手の質が確保されていないというチーム事情をひっくり返して勝利を重ねていた。最終的には「大分に対してプレスを掛けてはいけない」がセオリーとなって、そのセオリーに大分は苦しむことになる。

この試合の大分も伝統の擬似カウンターを一部取り入れており、キーパーからボールを大事にするビルドアップで新潟のプレスを誘って新潟のフィールドプレイヤーを引き込ませておいてから屈強かつ爆速ターボな井上と藤本という両ウィングバックにボールを預けてライン裏を狙うということを繰り返し行なっていた。藤原と堀米(ゴメス)、さらには田上も加えた素晴らしい守備で大事には至らなかったものの、大分の狙いは非常に明確だった。

なお、アルベルト監督時代の新潟でも擬似カウンターという言葉こそ使われていなかったが似たようなことは一貫してやっていたし、それは現在も垣間見ることができるのでちょっとだけ触れておく。

相手を前掛にさせておいてからキーパーの低弾道フィードで擬似カウンターを当てる新潟。小島、阿部、藤田の誰もがこのキックを蹴れる。

新潟において擬似カウンターを遂行するために必須となるキーパーからの低弾道フィードとなるが、これに加えて地上戦では高木や伊藤のターンが欠かせないのは皆さんご存知のとおり。

最近ではバックパスをすると溜息ではなく拍手が起こるようになったビッグスワンだが、バックパスの後に何が起きるのかということをサポーター全体が共通認識として持ち、このサッカーが文化として定着してきた証拠でもある。

得点シーンの振り返り

以上を踏まえて新潟の先制点のシーンを再確認してみよう。

プレスも掛かっていなければ最終ラインには大きなギャップが生まれていてオフサイドを取ることもできない。加えて新潟の選手がいないところに守備が密集しておりボールを絡め取ることもできない。

このシーンの直前まではプレスをサボらずやっていたのに、どうしてこうなったと言うしかないゴール。試合を通じて大分は最終ラインのコントロールを放棄して押し込んだら決め切るというようなスタンスではあったが、さすがにこれはリスキーすぎるサッカー。ハイラインの脆さが露呈した結果となる。

このように大分の戦術的なミスとしか言いようのないゴールだが、この試合の新潟はボール保持率41%のシュート6本というスタイルとは真逆のスタッツが示す通り、新潟のストロングが前面に出た試合ではない。しかし、結果だけは新潟の勝利である。

フィジカル面、技術面、精神面の全てにおいて、こういった少ないチャンスを確実にモノにする強さやゴール前で絶対にやらせない強さが今シーズンの新潟の強さの根幹だと思うし、得意の戦術を封じられてもワンチャンスを決め切って勝利している俺たちの新潟。それを決め切るために3年間積み上げてきた新潟のサッカーだし、素晴らしいストーリーを共有できている俺たちの新潟。

前半戦を首位で折り返しハッピーターン。このまま昇格まで走り抜けてほしいですね。


「これでわかった!サッカーのしくみ」をコンセプトにアルビレックス新潟の試合雑感を中心に書いています。