見出し画像

宇宙太陽光発電の現状と未来~「日本を守る」ワイヤレス電力伝送技術

産業革命以降、石油や石炭といった化石燃料が急速に消費される社会となりました。得られる莫大なエネルギーをもとに繁栄した一方、20世紀には化石燃料の枯渇が問題視され、代替燃料や代替エネルギーの研究が始まりました。

その中でも早期から注目を浴びていた太陽光発電の開発研究は、ソーラーパネルのような形ですでに普及は進んでいます。しかし、天候による日照時間の不安定さなどもあり、電力の安定的な供給というよりは補助的な役割で使用されていることが多いと思います。そこで、右されない安定的な太陽光発電として研究が進められているのが「宇宙太陽光発電システム(SSPS:Space Solar Power Systems)」です。

SSPSとは宇宙空間において、太陽光エネルギーをマイクロ波またはレーザー光に変換して地球に伝送し、電力として利用するシステムです。「宇宙に浮かぶ発電所」とも呼ばれ、再生可能エネルギーの1つとして、エネルギー、気候変動、環境等の人類が直面する地球規模の課題解決の可能性のあるシステムと期待されています。

世界のSSPSの開発の歴史は意外に古く、1968年アメリカのPeter. Glaser博士が提唱したのが最初だとされています。それから実に56年が経とうとしている2024年になり、世界各国が宇宙太陽光発電の研究開発を加速させています。そこには長年解決できなかった問題が近年になり徐々に解決されつつある現状があります。

1. ロケット打ち上げの低コスト化
宇宙空間に、巨大な太陽光発電所を建設するためには、大量の資材を宇宙に運ばねばなりません。打ち上げコストの削減は、SSPS開発にとって追い風になります。イーロン・マスク氏が2002年に創業した宇宙開発企業、スペースXの誕生でロケット開発の流れが変わったといえます。同社がロケットの打ち上げの低コスト化を実現したことで、以降、様々な低コストのロケット開発が世に出てきました。

2. ワイヤレス給電技術の発達
SSPSでは、宇宙で集めた太陽光エネルギーを地表に送る必要があります。アニメのように宇宙から地表までの送電タワーなどが現実に作れればいいのですが、物理的に不可能であるため、ワイヤレス送電が必要になるのです。太陽光発電で得た電力をマイクロ波やレーザー光に変換し、地表へ照射、地表で再度電力に変換して利用するというものですが、これは容易な技術ではありません。ジョット旅客機が飛んでいる高度が10km(地表から10km上空)、大気圏が高度100km、国際宇宙ステーションやスペースシャトルが巡行する軌道で高度400kmなのに対して、宇宙太陽発電衛星は高度36,000kmといわれています。この途方もない距離を送信しないといけないのです。エネルギー変換効率が100%でない限り変換ロスは存在しますから、これだけの距離を送信するのに膨大なエネルギーが必要になります。そもそもワイヤレス給電もスマホなどのQiのように近距離での給電であれば電磁誘導のように比較的容易かもしれませんが、たった1mを送信することも難しいのが現状です。

ところが、不可能ともいえる技術を可能にしつつある国があります。それは日本です。実は、日本はワイヤレス給電技術で他国をリードしているのです。今から15年前の2009年に策定された「宇宙基本計画」に、すでにSSPSが盛り込まれており、その後、経済産業省が主導してプロジェクトが進行しており、2050年ごろの実用化を目指しています。2019年5月には、マイクロ波送電用「フェーズドアレイアンテナ」によるワイヤレス電力伝送を世界で初めて成功させました。この実験では上空30mに停滞しているドローンにマイクロ波によるワイヤレス給電が成功しています。

このシステムの開発を中心に、長距離マイクロ波送電の技術実証や、ドローンへのワイヤレス給電等のスピンオフビジネスの推進など、多角的に研究開発をおこなっているのが今の日本なのです。実際、京都大学発のベンチャー「Space Power Technologies社」らが、空間伝送型WPT(Wireless Power Transfer/Transmission : ワイヤレス給電)のビジネスを開始しています。この背景には、日本が2022年5月、世界に先駆けてマイクロ波(920MHz、2.4GHz、5.7GHz)のワイヤレス給電を制度整備したことがあります。これにより、マイクロ波を利用できる環境が整い、開発も進んだというわけです。

空間伝送型WPTが実用化すれば、部屋の中からコンセントがなくなる日がくるかもしれません。2024年5月には、ワイヤレス給電に関する世界最大の国際学会である「IEEE Wireless Power Technology Conference & Expo 2024(IEEE WPTCE2024)」が京都大学で開催され、WPTやSSPSの研究が発表されました。空間伝送型WPTで10m程度、「フェーズドアレイアンテナ」による電力伝送でも30mと短い距離ではありますが、ワイヤレス電力伝送が可能になったことは非常に大きな一歩だといえます。「フェーズドアレイアンテナ」による電力伝送を成功させた研究チームでは、2025年度に無線送電実証実験衛星OHISAMA(On-orbit experiment of HIgh-precision beam control using small SAtellite for MicrowAve power transmission)を打ち上げ、世界初となる宇宙空間から地上へ方向を制御されたマイクロ波ビームで電力を伝送する実験の実施を予定しています。驚くべき開発速度で実証実験が進められようとしている点に開発チームの熱量を感じます。

徐々に現実味を帯びてきたSSPSですが、まだ課題も残っています。例えば、宇宙に浮かぶソーラーパネルの構築です。1GW(100万kW)級のSSPSを想定した場合、高度36,000kmの静止軌道上に数kmに及ぶ宇宙構造物を構築する必要があります。これまで、人類が構築した最大の宇宙構造物(2021年現在)は、高度約400kmで運用されている国際宇宙ステーション(ISS)で、その大きさ(幅)は約100m、質量は約340tです。ISSは、ロシアのプロトンロケット又はアメリカのスペースシャトルによる複数回の打上げで軌道投入されたモジュールを、宇宙飛行士によるロボットアームの操作などにより、軌道上において有人で組み立てることで構築されました。

1GW級のSSPSを実現するには、複数回の打上げでモジュールを軌道投入し、軌道上で構築するという基本的な方針はISSと共通ですが、コストや安全性の面から有人で組み立てることが困難なため、完全無人での構築技術が必要と考えられます。ISSと比較してサイズが一桁大きいこと、軽量化の要求が一層厳しく、宇宙機の剛性を確保しにくいことなどから、大きな技術的チャレンジが必要です。

展開型軽量平面アンテナの軌道上実証DELIGHT(DELIGHT: DEployable LIGHtweight planar antenna Technology demonstration)では、新型宇宙ステーション補給機HTV-Xの1号機を軌道上プラットフォームとして利用し、将来の大型宇宙構造物構築を見据えた展開型軽量平面アンテナに関する実証実験を行う予定です。そのために、30m級大型平面アンテナの構築と軽量化に向けての研究開発が進められています。この実験が成功すれば、段階的にパネルを拡大しながらの軌道上実験を積み重ね、SSPSが必要とする数百m~数kmの大型宇宙構造物の構築実現に向かうと期待されます。

まだまだ課題の多いSSPSですが、21世紀になり、各分野の技術革新が実を結びそうな所まで研究開発が進んでいるように感じます。何より、核となるワイヤレス電力伝送技術において日本が先進していることにお退きました。JAXAだけでなくベンチャー企業など多くの民間事業としてSSPSの研究が進んでいる点は「モノづくりの日本」を見たような気がします。

新しい内閣が生まれ、政治がどのように変わるのかが気になりますが、石破総理は記者会見で、5つの「守る」を実行するという基本方針を表明されました。その中にある「日本を守る」は、「世界と戦い勝てる日本を作る」と解釈はできないでしょうか。もし、この解釈ができるのであれば、資源のない日本にとってSSPSは大きな資源となるはずですから、ぜひ頑張っている研究者に大きな支援を与えてほしいものだと切に願います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?