ジジとチビ(初稿)

 ※ラストは手直し予定ですがとりあえず公開します※
 
 おれがいだうちは、小屋の下さ母ちゃんがまていに掘って、あったかくした穴だった。
 おれは母ちゃんの乳ば兄弟と争って吸っでたもんだった。だんだんおれだちおがって、母ちゃんの茶わんの飯も食うようになったけ、兄弟はみんなよその家さ連れで行かれでしまった。母ちゃんはそのたんび、泣いで泣いでしっとかった。とうとう最後におれの番が来て、おれも悲しぐて泣いたもんだ。
「おめ、新しい家さ行ったら、ちゃんと人さ仕えで、お利口さんにするんだよ。やんや、こったら小さいのに、おれは何も教えてやれねで。」そう言っで母ちゃんは目からぽろりと涙流したもんだった。
 
 おれがもらわれた家には、大した体の大きいジジが一人で住んでらった。ジジは声も大きぐて、おれはこわぐてしかたなかったども、母ちゃんの教えを守って、お利口になろうど思った。したから、おれはジジを見で尾っぽば振って挨拶しだったんだ。
 ジジはおっきぐて恐ろしいように見えてだったども、おれば抱っこしてくれて、でっけえ手えで、ばっふばっふ撫でてくれで、「やんや、ちゃんこくてめんこいな。いっぱい食っておっきぐおがれよ。」て言ってくれたんだ。おれのために立派な家もこしらえで、たいしたおっきい茶わんもおいでくれた。
 そんなに良ぐしでくれて、飯もいっぺ食わしでくれて、おれは本当にありがたかった。こっこながらもおれはジジに一生懸命仕えようど心に決めたんだ。
 

 ジジは朝起きると、まんずおもてさ出てきで、タバコば吸うんだ。したからおれは、尾っぽばったばった振ってあいさつすんだ。したらジジは、「おう、チビよ。今日は良い天気だな。」って頭がしゃがしゃ撫でてくれんだ。タバコば吸い終わったら、畑の横の便所さ行くんだ。おれは便所が何だか最初は知らねがったども、ジジはおれと違って、しょんべんもうんちもそこさ入ってしでたんだ。おれだら全部おもてで済ますども、ジジはたいした尊い人間だから、しょんべんするにも立派な家ば立てたんだべなあ。

 
 おれの飯は、ジジが白いままに魚の汁とかこまい野菜とか、たまあにこまい肉も入れてこさえでくれたもんだ。しょっぺえと思ったこどもあったけんど、贅沢は言われね。したけどおれがまんだ小さぐて、いっぺんに食われねがった時に、きつねの婆っこが来で、「ほい、ちゃんこい犬っころ。美味そうな飯だな。おれにも食べらしてみれ。」って言っで来だんだ。おれは婆っこも同じ犬だと思って、「んだ。たいしたうめんだ。ばっちゃんも食いてのかい?ちょこっとだら食ってもいいよ。」と、大事な茶わんを婆っこに譲った。婆っこががっつがっつ食いはじめたけ、
 家の戸がガラリと開いで、ジジがほうきば持って飛び出して来た。「こらあ!このきつね!うちさ来るんでねえじゃ!ぶっころすど!」婆っこはあっという間に走りさっで行った。おれもジジの剣幕にどってんこいで、尾っぽがきゅうっと股ぐらに巻かさった。したけジジはおれに「やんや、おめだらまんだちゃんこくて、番犬にはならねなあ。」ど、困っだように言ったんだ。おれは何だか悲しぐなった。したけど、おれはジジのために頑張るこどに決めたんだもの、いつまでもしょんぼりしてらんね。おれはその時、婆っこは犬でなぐきつねという生き物だっちゅこと、きつねは追っ払うっちゅことを覚えたんだ。

 
 ジジは毎日、おれを浜さ連れでってくれだ。浜っちゅのは、ざあざざあざ、だぶーんだぶーんと大きな音がずっと鳴っでいて、白い水やら青い水やらが、こっちさ来だり戻ったりする海っちゅもんがあって、なんとも恐ろしい場所だんだけども、おれはジジと一緒だから何も恐ぐねがったんだ。お日様が出てる時だら、海はぴかぴかど光って、それはそれはきれいなもんだった。おれのジジは立派だから、そのような光がよく似合うとおれは思っで見とれてらった。ジジは毎日、浜で黒い石をひらってだ。袋さしょえるだけ詰めてタバコ吸ってひと休みだ。
「チビよ。海はいいど。ここはタコもアキアンジもシシャモも、うんめえ魚いっぺとれんだ。宝の海だんだ。おれも船がかしがるぐれ、魚ばとってらったんだ。」ジジは浜さ行くたんび、おれに言って聞かしてくれだ。おれはありがてえ気持ちで聞いでたもんだ。船がなんだかわからねけど、ジジにふさわしい立派なものだんだろうと心に思い浮かべてた。

 
 黒い石ばしょって、ジジはまたおれの紐ば引いて家さ帰んだ。ジジの片方の手えは、なしたもんだか力が入らね。したから時たま紐をおどしてしまうけんど、おれは絶対にジジから離れねんだ。途中で、国道っちゅって車があっちからもこっちからも走っでくる恐ろしい場所があるども、ジジが守っでくれるがら、毎日なにごともなぐ渡れんだ。ジジは車も止められるすごい力を持ってんだ。
 
 
 家さ帰る途中に、魚のいい匂いがぷんぷんする家があんだ。ジジとおれが通りかかると、ジジよりちゃんこい人間が二人出てぎて、「ほい、ミツオ。寄っでけ。茶っこ飲んでけ。」と声をかけてくんだ。「おおう。あんちゃん、ねっちゃん。」ジジは嬉しそうに、そこの家さ寄んだ。ちゃんこい二人はジジより年寄りだども、あんちゃんは毎朝はやぐから船さ乗って魚ばとって、ねっちゃんは目えがあんまり見えねけど、畑やって台所であんちゃんの飯も作るんだと。
 ジジはでっけ窓さ腰がけて、茶っこと菓子、おれはジジの足元で牛乳ばごっつぉになんだ。
「ミツオよ。おめ、まんだ晩酌してらか?気いつけねば、また倒れるど?」と、あんちゃんが言えば、「そんだあ。先生にいわれたべ?タバコもいくねんだよ?」と、ねっちゃんも言う。何の話かわからねけど、おれは二人の様子を見で、なんだか恐ろしいごとだろかと心配になった。したけジジは、「なんもよ。焼酎ばちびっとしか飲んでね。タバコもほんどほんどよ。なんも気い揉むことねんだ。」と言って大ぎな声で笑った。おれはそれで一安心しだったんだ。やっぱしおれのジジは誰よりも強い人間だんだ。
 
 
 黒い石は物置さごっそり溜まっで、ジジはにっこらにっこら笑って、たいした機嫌いがった。「これだけあれば、春が来るまで足りるべ。チビよ。しばらく浜さ行ぐのは休むべな。」と言われたども、おれはちょびっと寂しがったなあ。春とは何だかわからねけど、早ぐ来で欲しいど思ったんだ。
 
 
 空から白い、雪ちゅうもんが落ちてきたころ、ジジはでっけかばんば持って、あんちゃんと一緒におれの小屋の前さ来だ。「チビ。ジジはこれがらしばらぐ泊まっでくるがら、ちゃんっと留守番すれよ。あんちゃんに、おめのごとはくれぐれも頼んであるから、なあんも心配いらねがらな。」そう語っで、おれの頭ば、いつもよりまていに撫でてくれた。「ジジ、大丈夫だも。おれはお利口だから留守番する。だからジジ早ぐ帰ってきてけろ。」おれはジジにそう言ったけ、ジジはわかったんだかわかんねんだか、黙って頷くばかりだった。あんちゃんは物置ば見ながら、「やいや、おめだら大したもんだな。そったら不自由な体で、石炭ばこんなあづめでなあ。浮いだ銭コで毎年帯広の妹さ会いにいぐとは、なかなかできることでね。」と、ジジをほめてらった。なんのことかわからねけど、おれはあんちゃんにも「ジジえらいべ?あんちゃん、おらのジジは大した立派だんだよ!」と、尾っぽ振って愛想しだったんだ。
 ジジはあんちゃんに「あれだら子どもらに金かがるから、さっぱり遊びに来れねべ。したから俺から行ってやんねばなんねもな。子どもらにお年玉もやんねばなんねしな。」と、なんだか嬉しそうに語ってだ。ジジはあんちゃんからもらった昆布やら魚やら大したお宝さたなえて妹という人さ持ってくんだと。
 
 
 ジジはあんちゃんの車で行っでしまった。おれは暗ぐなればジジ帰ってくるど思ってたけ、飯を持ってきてくれたのはあんちゃんだった。「チビ、ほれ、ババこしらえだ飯だ。うめど。」ど、おれの茶わんさ入れでくれだ。おれはばぐばぐ食ってらけ、あんちゃんは家さ帰っでしまった。ジジに早く家さ帰れってつだえて欲しがったども、文句は言われね。おれはお利口に留守番すれば、ジジ早ぐ帰ると思っで、寂しいけど、我慢しだったんだ。
 
 
 待っで待っで、待ちくたびれたころ、やーっとジジは家さ帰ってきだった。おれは嬉しぐて嬉しぐて、しょんべんちびりながらジジにすがったけ、ジジは「これ、チビ。落ちづけ。落ちづけてば。よしよし、ちゃんと留守番してだか?よしよし。」とおれの頭ど言わず背中ど言わず撫でてくれたけさ。おれはほんどに幸せな気もぢになったもんだ。
 
 
 あったかぐなれば、ジジとフキだのコゴミだのとりに行ぎ、あっつぐなれば浜さ黒い石ばひろいに行ぎ、すんずしくなれば、きのこばとりにいぐ。ジジはあっちこっちにお宝を持ってんだ。さむぐなれば妹に会いに行ぎ、おれが一番つれえ留守番があるども、それが済んだら、またあったかぐなるのをジジとおとなしぐ待ってんだわ。
 
 そんなしで、ジジとおれは暮らしてらった。
 
 
 あれは、ジジとおれが黒い石とりに忙しく働いてたころだった。おれはもう、立派な若い衆になって、カラスもきつねも、畑ば荒らすシカも追っ払えるようになってらった。
 お月さんがこうこうと明るぐて、なんともきれいな夜だったもな。がらりと戸が開いて、ジジがおもてに出てきだった。おれは嬉しぐて尾っぽふってたけさ。ジジは「よしよし、まんだ起きてたが。」そう言って頭ば撫でてくれだ。それがらジジは便所さ入ったけ、おれはジジが出てくるのを今が今がと待っでらった。したけ扉がばんと開いてジジが出てきでくれた。お月さんがジジをぱーっと照らしたもんだから、それはそれは立派な姿で、おれはジジに見とれたもんだ。ジジのような素晴らしい人さ仕えで、おれは本当に幸せだと、つくづく思った。「チビよ。いいお月さんだなあ。」とジジが言ったけ、おれは尾っぽふって返事しだったんだ。したけ、ジジは急におれの前さ、どうっと倒れたさ。おれはどってんこいたけんど、ジジはいびきかいて寝でいたんだ。おれは鼻でつっついで、「ジジ、ジジ、なした?なあ、ジジ。」起こそうどしたけんど、ジジは起きながった。そこでおれは、はたと思った。ジジは今晩、おれど寝んねこしてけるんだ。おれは嬉しぐて、ジジの脇の下に鼻先つけで、初めてジジと一緒に寝んねこしたっけさ。大好きなジジの匂いば嗅いで、あったがくて、おれは何とも言われねえ気持ちになった。母ちゃんの懐にいた時と同じだ。ずっとこうだらどんなに良いべかなあ。
 
 
 朝になったけ、ジジはいびきしなぐなってらった。朝露で、ジジもおれもびっしょりだ。おれはぶるぶると露を飛ばした。「ジジ、ジジ、朝だよ?さむぐねが?」おれはジジのほっぺたば舐めた。ひげがザリザリした。手えも舐めてみだけど、ジジはぴくりとも動かね。「ジジ、まんだ眠てだな?」おれはそう言っで、ジジにまたくっついて寝た。したけど、お日さんが高ーぐ上がってくるど、だんだん腹が減っできだ。「ジジ、起きでけろ。おれ、腹へっだ。ジジ、ジジ。浜さ行くんだべ?石ばとるんだべ?」おれはクンクンと鼻ば鳴らしたども、ジジはやっぱり起きる様子がねがった。お日さんにじりじりとあっためられでいたけども、ジジは汗もかかずに眠ってる。いつもだら、「あづい、あづい。」ど手ぬぐいで拭いてるのに。きっとジジは何か病気かもわからね。おれはそう思っで、ひもじいのもこらえで、ジジに寄り添ったんだ。早ぐなおってもらいてと、心からねがった。
 
 
 お日さんが沈んで、お月さんが出てきたころ、きつねの婆っこがひょっこり現れだ。「ほい、犬っころ。ジジはなしたのよ。なんでそこさ寝てるのよ。」と聞いできた。いつもだら追っ払うどこだけど、おれは心細ぐて、婆っこだら年寄りだから、ジジの病気の治し方ば知ってるがと思っだ。したから、「婆っこ、ジジはゆんべから寝たまんまだ。病気かもわからね。おれはどうしたらいんだべ?」と聞いでみた。婆っこは、ちっと考えてから、そっとジジのそばさ来で、匂いを嗅いだ。
「犬っころ。もうこれはジジでねえ。これは、肉だ。ジジはありがてえ肉になってくれたんだわ。」と、おれさ向かって、恐ろしいこどを語った。「婆っこ、なに語ってんだ!肉なんかでね!おれのジジだ!」おれは頭さ来で、婆っこにどやしつけた。「やいやいや、犬ど言うのは哀れなもんだわ。おめのおっかあは、大事なこどを教える前にお前ば手放したんだな。」婆っこはおれの鎖が届かね場所まで下がって言った。「おめも、ひもじいべ?ジジはもう、おめさ飯も水もやれね。したけど、おめが死んだら、きっとジジも悲しいがら、おれと一緒にありがてえ肉ばいただくべ。」おれはまんだ怒って「馬鹿こくな!ジジはまた元気になって、おれさ飯と水ばくれるんだ!」て怒鳴ってだ。「はんかくさいわらし!いいからおれに食わせれ!」婆っこも怒り出した。おれは唸って婆っこをジジに近づけなかった。腹は減って喉も乾いていだけど、婆っこに負けるおれでねえ。
 婆っこも根負けして、「やいや…馬鹿な
 犬っころよ。おれだら大事にありがたく頂くのによ。お日さんが登れば、こんだカラスどもがつつきにくるど。おめもつつかれるかも知れねど。」と疲れた様子で帰って行った。おれはほっとしたけんど、ますます心細ぐなった。
 
 
 寝たり起ぎたりしながら、おれはジジに寄り添っでいた。したけお日さんが上ってきたころ、山からカラスだちがわいのわいの騒ぎながら飛んできた。おれはがばりと起きで身構えだ。
「あぁあ、肉う。あぁあ、ごっつぉ。」カラスだちは口々に言いながらジジに向かって降りてくる。おれは怒って「肉でね!ジジばつつくな!あっちゃ行け!あっちゃいけ!」とカラスを追っ払った。したけど、次から次とあれらは飛んでくる。「じゃまな犬っころ!おめもつっついで食ってやるじゃあ!」おれは腹が減った上に、ゆんべは婆っこと争ってらったから、体もふらふらだ。したけどカラスにジジをつつかすわけにいかね。「やめれ!あっちゃいけ!」なんぼ追っ払っても追っ払っても、きりがね。おれはついに大声で泣きだしてしまった。
「ジジ、ジジ、起きれ!起きでけろ!こいづらみんな、追っ払ってけろー起きでけろ!ジジ!起きでけろお!」
 おれはわいわいど泣き叫んでた。したけ、向かいから「なしたのよ。」と、あんちゃんが走ってきでくれた。カラスば追っ払ってから、あんちゃんはジジの姿を見て「ミツオぉ!」と大声で言って、恐る恐る触ってみだ。「ああ、ああ、なんとしたことだあ。」あんちゃんは泣ぎ泣ぎ、ジジの背中を叩いてらった。それから、「チビ、待ってれな。」と言って、ジジのうちさ入って行った。おれはあんちゃんが来でくれだから、もう安心だと思った。これで、ジジの病気もなおしでもらえる。おれもやあっと飯があたると思ったんだ。
 
 
 知らない人がたが来で、ジジを運ぼうとしたから、おれは心配で心配でついで行こうどしだんだ。したけ、ねっちゃんがおれの首輪もって、「チビ、やいや可哀想になあ。ジジのことはまかせれ。おめは飯ば食え。」と、泣きながら言っだ。あんちゃんがおれの茶わんさ飯と水ば入れでくれだ。そこさ知らねおじさんやおばさんも来で、大変な騒ぎになった。おれはまんず水ばがぶがぶ飲んだ。
 
 
 ジジは連れでいがれたきり、戻ってこね。たっくさん、知らね人がた集まっで、ジジのうちさ出たり入っだりしだ。ジジによぐ似だおばさんが来で、「やいやいや、チビかい?兄さんば守っでくれで、ありがとねえ。」と泣きながら撫でてくれだ。おばさんと一緒に来でた子どもらが、「わんちゃん、かわいいねえ。」と毛なみに逆らっで撫でてきたども、おれはお利口だから我慢しだったんだ。
 
 
 人がだんだん減っできて、最後はジジによぐ似だおんちゃんが残ったんだ。おんちゃんは「チビよ。これからは俺がここさ住むがらな。仲良くするべしな。」ど頭ば撫でながら語っでた。おれは、ジジが元気になって戻ってぐるまで、おんちゃんが留守番するのも悪ぐねと思ったんだ。
 
 
 おんちゃんも山さお宝とりにいぐけんど、浜さはいかね。おれは早ぐジジが帰っできて、黒い石ばとりに行かねがなあと思ってらった。
 
 近頃は、きつねの婆っこも姿見せなぐなった。ジジが連れで行がれた頃だら、ときだま恨めしそうにこっちさ見でたけな。
 おれもこの頃だら、すっかり目が薄ぐなった。おんちゃんが歩ぐ姿ば見たら、ジジが帰っできだかと思うどきもある。
 ジジはまだ帰ってこねけども、寝で起ぎたら、今度こそがらりと戸を開けで、おれとこさ来でくれると、おれはいつも思ってる。
 
 おれの話はこれでおしまい。


注:おんちゃん=弟

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?