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横浜の未来へを見据える


フェイスブックからの転載。
10:16投稿。
また長くなります。
亡き祖父の故伊藤正夫と亡き母中村(伊藤)妙子は戦争前から神奈川県板金工業組合、横浜市板金組合連合会の支部、会員さんをまとめあげて支部設立にも奔走して戦争中の物資のない時代の横浜市を発展させるためにリアカーでトタン板のはんだ付けの材料の塩酸を配りに組合員さんたちの元に行っています。
その行動でも組合員たちの顧客の取りまとめの「宮崎トタン店の取りまとめ役の顧客のリーダー格」や神奈川県知事、横浜市長からの功労者としての功労者表彰状、そして
労働大臣などからの功労表彰状が祖父の自宅にも飾ってあって昭和天皇からも叙勲の勲章と表彰状があって叙勲を受けた後にその勲章と表彰状を片手に亡き母も二重橋前で笑顔で写真に収まっているのを幼こごろに不思議に思っておりました。
ようやくこの歳で亡き祖父、亡き母の偉大さにもわかりました。
組合員たちを自腹でも助けて貧乏も厭わずに名前さえ自ら出そうとしなかった家系だったのは、私にとっては負担ところか今が楽しくて仕方がないですねwww
亡き祖父はお金は自分で持たずに「家族でもある組合員たち」に「横浜の未来への発展のため、投資の為に使った」からなので。
今の私と近いところもありますからね。
嫌ですが血の性格は繋がりますね。
おさん伝説と言え、全て「横浜を愛する事」からでしょう。
私は知りません。
何も知りません。
必死でこの横浜で生きて行くだけです。
2021/10/22 10:34JST日本時間
磯子通信企画-映像製作技術・地域活性プロデュース、障がい者支援
中村瞳

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