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はちみつ入り珈琲を医学で考える


日本人の嗜好飲料でトップを走る珈琲飲料


今朝起きてから珈琲を飲みましたか?またそれはどのような珈琲でしたか。お砂糖と牛乳たっぷりの甘めのカフェラテや豆乳で作ったソイラテ、街角の珈琲屋でたまにみかけるスパークリングコーヒーやはちみつ入りのコーヒー。珈琲ならびにその飲料は数多くの種類が存在し、日本人が年間に消費する珈琲の量は、平成30年に約47万トン、令和元年に約45万トンに至り、約10杯/週/人に相当します[1]。別の調査結果によると日本人の約半数以上の方に嗜好品として楽しまれているようです[2]。今回はそんな珈琲の、特にはちみつ入りの効能を医学の観点から紐解きます。


慢性咳嗽にはちみつ入りコーヒーが有用

感冒即ちカゼをひいた後に長引く咳(咳嗽)の症状に対して、はちみつ入りコーヒーの“内服”がプレドニゾロン入りコーヒーの内服よりも有意に咳嗽頻度を軽減したいう報告があります[3]。
はちみつの機序は明らかではないものの、作用部位でプロスタグランジンの産生を減らすことで血液中のプロスタグランジン濃度を下げる効果があること、一酸化窒素の合成を増やすことで抗酸化作用や抗炎症作用があること、そして、そもそもが甘く高浸透圧であり唾液の分泌を促すことで気道粘膜の潤いにつながり、結果気道全体のクリアランスがうまく働くことが指摘されています。
同論文によると、慢性咳嗽の治療に対して年間数十億ドルが投じられているものの、その治療効果は乏しいといいます。


一般に、長引く咳嗽は体力を奪い、嘔気症状や気管支喘息等を誘因します。咳が続くことで少なからずQOLも低下します。
何かと人前では咳をしたくない今日この頃、コーヒーを楽しむ際に蜂蜜を入れて飲んでみるのも手かもしれません。
ただし、慢性咳嗽の原因は多岐に亘ります。医療機関を受診して診断を受ける必要があることに注意してください。

こどもの咳にもはちみつが有用


1歳から18歳のこどもの急性咳嗽に対して、はちみつの内服がデキストロメトルファン内服やプラセボと効果に差がなく、さらに最大3日間はちみつを摂取した場合は、プラセボおよびサルブタモールよりも咳嗽症状を軽減する可能性があるという報告もあります[4]。
こちらでは明らかな有意差は報告されていませんが、無治療よりも症状の改善を期待できるようです。
また別の報告では、カゼなどの上気道感染症での症状を改善させるには抗菌薬よりもはちみつの方がよいというメタ分析もあります[5]。
これらも、先の報告[3]と同様に、はちみつの抗炎症作用などが原因に考えられています。


小児の咳嗽では、親子ともに夜間の睡眠が困難になったり、親の不安が募ったりしてしまいます。
急な咳に備えて家にはちみつを常備する日が来るかもしれません。
ただし、乳児ボツリヌス症の危険性があるため1歳未満のこどもには、はちみつならびにはちみつを含む飲食物を与えないようにしましょう[6]。

東洋医学で考えたははちみつ入りコーヒーとはちみつ


これまでは西洋医学で報告されたはちみつ入りコーヒーならびにはちみつの報告例をご紹介しましたが、せっかくなので別の視点からコーヒーとはちみつについて考えてみたいと思います。
東洋医学の、特に中国医学を用いた一つの解釈を中医師(中国の医師免許所持者)に教わった内容を交えてご紹介します。

誤解を恐れずに言うと、コーヒーについての基本的な効能は①発散や覚醒といった陽の作用と、②利湿や利尿といった陰の作用の2種類に大別できます。


① についてはよくご存じではないでしょうか。
眠い時に飲むとか、寝る前に飲むと寝れなくなってしまうとかいうコーヒーの作用です。
② については分かりやすく述べると珈琲には利尿作用が期待できるということです。

そして淹れ方、もとより珈琲を淹れるお湯の沸かし方で、その効能をざっくりと調整することができます。
元々、漢方薬を煎じる際にはⒶ「強火で短時間で」沸騰させる、Ⓑ「やかんに火が届くかどうか位の弱火で時間をかけて」沸騰させる、という2パターンがあります。Ⓐの火の使い方を専門用語として「武火」、Ⓑを「文火」と言います。電気ケトル等でさっと沸かしたお湯もⒶに相当するでしょう。
ⒶかⒷかで効能を調整することができます。ここでは詳細を割愛して、Ⓐだと①の作用が強まり、Ⓑだと②が強まることに留めます。

また、沸騰後の水の量もポイントになります。
沸騰させて、元の水の量の2/3以上あれば胴体の上の方の部位に効かせることができ、元の水の半分ほどであれば胴体の真ん中の辺りの部位、元の1/3ほどまで煮詰めると下の方の部位に作用させることができると伝えられています。

総合すると、Ⓐで沸騰させたお湯ですぐ淹れる場合には、お湯の量も煮詰まって減る分も少ないでしょうから、①の効能を身体の上部を中心に作用させる珈琲が出来上がります。


さらに、はちみつについて考えてみましょう。
専門用語を交えると、はちみつは補脾による補気、補血作用があり、五臓を養い潤すために心身の安定が期待できます。特に肺経に帰経することから、肺の粛降作用が強まりカゼ等をひきにくくなることが期待できます。故に、便の緩い場合や膨満感のある方、湿熱痰滞には禁忌とされます。
特に消化器全体の機能を補って心身に必要なエネルギーや栄養分みたいなものをよく取り出せるようになる、自身の免疫機能を強めて体内に侵入したカゼの原因を体外に出してくれる、といったイメージでしょうか。

冒頭の2報の論文[3][4]に戻ります。
多くの方が手短にお湯を沸かして、沸騰したらすぐに珈琲を淹れるでしょう。Ⓐで①を胴体上部に効かせる珈琲を飲んでいると推測します。
ここにはちみつが加わると。
胴体上部である肺やそれにまつわる連絡器官である肺の経絡といったものに、珈琲とともにはちみつの効能も発揮されます。
感冒で消耗した肺の機能が補われ、体内に入りカゼを引き起こすと考えられている外邪を体外へ排出するという作用を期待できます。感冒後の慢性咳嗽やこどもの急性咳嗽にも有効なのでしょう。

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医学というパラダイムをみつめる


さて、中国医学での考え方を紹介しました。
多くの方にとっては馴染みのないものだったのではないでしょうか。


現代医学といえば西洋医学であり、日本の医療従事者は皆これを大学や専門学校等で修め、国家試験を合格して初めて医療従事者となります。
西洋医学という一つの学問的観点が今の医療の基礎や基本的な考え方を構築し、土台となっていると考えると、中国医学はそれとは異なる「パラダイム」を提起するものと考えられます。

西洋医学では、解剖学、生理学、病理学、薬理学などといった科学的枠組みを通して、人体の生理現象、病理、薬理作用や作用機序を把握しており、中国医学ではそのような科学的枠組みとは根本から異なる人体の捉え方をしているのです。

異なるパラダイムについて、別の言語や理論では到底理解し難いこともあるかもしれません。しっかりと違えているからこそ相容れないとも考えられます。
しかし、中国医学という別のパラダイムもまた、人のより良い営みのために有用であるという可能性についても、西洋医学というパラダイムの中にいる私たちは考えるべきではないでしょうか。

人と医療の研究室では、人の営みと医療の在り方について、別の医学のパラダイムや哲学などの観点からも議論しており、私はその一環として中国医学をテーマに据えて研究しています。


小学生の頃に初めて飲んだ珈琲飲料は、牛乳と多めの砂糖にほんのちょっぴりの珈琲を親にせがんで加えて貰ったものでした。
あれから20年ほど経ちましたが、珈琲の違いがわかるようになるにはまだまだ時間がかかりそうです。

参考文献


最終閲覧日:2021/02/01

[1]全日本コーヒー協会統計資料http://coffee.ajca.or.jp/data
[2]公益財団法人たばこ総合研究センター、一般財団法人 日本総合研究所 「嗜好品利用実態調査(追加分析)」結果https://www.jri.or.jp/wp/wp-content/uploads/2016/05/tasc150602.pdf
[3]Honey plus coffee versus systemic steroid in the treatment of persistent post-infectious cough: a randomised controlled trial
Primary Care Respiratory Journal volume 22, pages325–330(2013)
PMID: 23966217 PMCID: PMC6442828 DOI: 10.4104/pcrj.2013.00072
[4]Honey for acute cough in children
Cochrane Database of Systematic Reviews
DOI: 10.1002/14651858.CD007094.pub5.
[5]Effectiveness of honey for symptomatic relief in upper respiratory tract infections: a systematic review and meta-analysis
BMJ Evid Based Med.2020 Aug 18;bmjebm-2020-111336.
DOI: 10.1136/bmjebm-2020-111336
[6]厚生労働省HPhttps://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000161461.html

文責:秤谷 有紗

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