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コロナ禍を解釈して、記録するということ

※本記事は4月初旬に執筆しましたので、感染が拡大する現在の最新の状況については言及しておりません。

 COVID-19(コロナ)という単語は当初は聞き慣れない非日常のものでしたが、今ではすっかり日常のものとなりました。しかし、社会や個人へのその影響は今も非常に大きなものであり、私たちが「非常事態」あるいは「常に非る時代」を生きているのは間違いないでしょう。私たちにとってはこのCOVID-19と共にある現代が目の前の現実ですが、遠い未来に、私たちのこの時代を歴史的事象として扱う研究者もあらわれてくると思います。
 そのような中、社会や個人がCOVID-19をどう解釈し、COVID-19と共にどのように生きる(生きた)のか言葉に残しておくこと、これは極めて重要なことだと思います。例えば、筆者の座右の書でもある「きけ わだつみのこえ-日本戦没学生の手記」[1]は第二次世界大戦末期の戦没学生の遺稿集ですが、これは歴史的資料として価値があるだけでなく、読む者に強い感動と自らの人生に対する問題提起、価値観の揺さぶり、このようなものを与える、非常に力のある文章の集まりです。しかし、執筆した本人たちはまさか自分の手記が後世に読み継がれるとは想像していなかったと思います。つまり、文章の価値とは書いた自分ではなく、社会が、そして場合によっては後世が決めるものだと思います。(COVID-19禍を戦時下と重ねることが妥当とは全く思いませんが、特殊な時代を生きた人々の記録の一例として「きけ わだつみのこえ」を挙げました。)
 
 このようなことから今回、COVID-19があらわれてから今まで、社会にどのようなことが起こったのか、当研究室メンバーの執筆記事や議論なども参考にしながら、筆者の一つの解釈としてまとめます。(扱う項目数が多いため、それぞれに深入りせず、視点を紹介するにとどめます。)


①COVID-19の台頭(2019年12月から2020年4月頃まで)


 COVID-19が2019年12月に武漢で初めて報告されてから[2]、翌月の2020年1月には日本国内の感染も確認され、大規模な感染拡大例としてはダイヤモンド・プリンセス号を皮切りに、次第に感染者数が増加していきました。当研究室ではすぐにCOVID-19関連のニュースや考察を細かに収集し、本稿のメインテーマである「記録に残すこと」の重要性にも当初から注目していましたので、2020年4月にはナラティブを集積するホームページも立ち上げました。(寄稿者が集まらず頓挫しましたが。)


 当時を振り返ってみて、社会的に特に重要な現象であったと筆者が感じるのは、infodemicと感染者へのバッシングの2点です。正体の分からない未知の脅威に対する恐怖心から人々は、主にインターネットを使って、不正確なものを含む数多の情報の洪水の中を泳ぎました。さらに、やはり自らが感染する恐怖から、感染者を批判する姿勢も稀ではなかったと思います。


1-1 infodemic
 infodemicとはinformation(情報)とepidemic(伝染)を組み合わせて、多くの不正確な情報が大規模に広がる現象をWHOが呼称したものです。中国の不衛生な食文化が原因である、人為的に作られたウイルスである、など様々な憶測が飛び交い、さらには「〇〇という食品がCOVID-19に効くらしい」という、その可能性を示唆する研究論文は実際にあるものの、ひととびにそのように結論付けることはできないでしょう、という類のかなり微妙な情報もありました。このような現象は、COVID-19以前から存在はしていて、それが加速されたものと思いますが、特にインターネット上の医療情報との付き合い方はよくよく検討されなければならないと考え、研究員の李と以下の記事を執筆しました。


(この記事は、形式的には「勧誘」でしたが、本質は、医学生に対して問題提起を行うことを意図したコラムでした。)


1-2 感染者へのバッシング
 COVID-19が出現してから筆者が個人的に最もはじめに問題視したのは、「こんな時にそんなところに行って感染して、自己責任だろう!」というような言葉でCOVID-19患者がインターネットや実社会で様々なバッシングを受けていたことでした。そのような自己責任論的考え方のスケープゴートにされやすい「社会的弱者」に焦点をあてて、記事も寄稿しました。


 恐怖に支配されて心ない態度を取ることのないよう、冷静に、今、目の前にある現象を分析して行動しよう、という趣旨で、以下の記事も寄稿しました。


 これらCOVID-19禍初期に見られた社会的動き、二つの現象の背景として共通していたのは、先述の通り、「自らを脅かす未知のものへの恐怖」であったと思います。


②COVID-19とともに(2020年4月頃から2021年3月頃までの1年弱)

 ①で触れたように、COVID-19が突如出現した当初は人々は恐怖し、その正体の究明や対応に社会全体が追われていました。そして、2020年度(4月)に入ってすぐ、一回目の緊急事態宣言が発令されました。その頃になると、社会や個人の動きを記録し、解釈しようとする試みにも着手する人々が次第に増えてきたように思います。また、感染拡大防止のため「三密」を避け、できるだけ外出を避けようとする中で、オンラインツールも大躍進しました。そのような中、鬼滅の刃が社会現象となり、経済的な打撃を抑えるためのGo Toキャンペーンも開始され、そして中止されました。


2-1 COVID-19時代を記録する
 2020年度初期(4月〜)にはすでに、COVID-19禍中の日々を記録して書籍にしたり、多くの学術誌で現状報告や解釈、検証を集める特集を組んだり、という取り組みが少しずつ行われるようになってきていた印象です。(一例を挙げると、看護師の方々のナラティブの記録である「新型コロナウイルス ナースたちの現場レポート」[3]など。)私たちが作成したHPも(非常に小さなものではありますが)そのような取り組みの一つでした。
 記録の方法には様々な形式があると思いますが、例えば当研究室の秤谷による以下の記事はアンケート調査による量的、質的解釈を踏まえてCOVID-19時代の価値観を探ろうとするものでした。

 文章だけでなく、美術館がCOVID-19関連の物品を収集するなど、文字以外の方法でも記録を残そうとする取り組みもあり、今後もCOVID-19時代のありとあらゆる記録を残すことの重要性は非常に高いものと思われます。


2-2 オンラインツールの躍進
 不要不急の外出や面会を避ける中で、必然の結果としてオンラインツールが躍進しました。当研究室も、2019年度は月に一回対面での定例会やその他不定期の打ち合わせなどを開催していましたが、そのような機能は今やslackとzoomに依存しています。
 しかし、身体性を失ったコミュニケーションはなんとも空虚なものです。本来人は、唾を飛ばし合いながら言葉を交換し、相手の目線や息遣い、はたまた匂い、微妙な気配まで伺いながら、コミュニケーションをとっていたのです。それがCOVID-19が登場する以前から次第にオンライン、SNSでのコミュニケーションに割く時間が増加し、COVID-19により一気にその流れが加速しました。コミュニケーションのあり方は人間存在の本質に深く影響を与えるものであり、オンラインコミュニケーションについて、社会における丁寧な議論が期待されます。


2-3 飲食店問題
 飲食店が苦しい立場に立たされていることが世間で大きな話題となりました。飲食の場での感染が多いことは事実であったとしても、飲食店経営者は生きるための営みとして飲食店を経営されていますので補助金が支払われるのは当然のことと思います。当研究室の主要メンバーにも、飲食店経営者がいます。ここではこの問題を深掘りせずに、詳しいレポートや議論は当該メンバーのレポートを待ちたいと思います。


2-4 鬼滅の刃ブーム
 「鬼滅の刃」が社会的現象となりました。筆者もアニメや映画を感動をもって鑑賞し、その作品の素晴らしさは重々承知していますが、かたや、COVID-19で暗い話題ばかりの現代に対する応援歌、共通の「深刻でない」「楽しく話せる」話題としての意味も、時代の巡り合わせで付されたという面があったのではないかと思います。
 ちなみに筆者が映画版を鑑賞した際に一番考えさせられるポイントだったのは、敵の使う「人がみたい夢をみさせて現実世界の実体を骨抜きにする」という技であった、ということは余談です。


 鬼滅の刃のキャラクター達は、大人からはCOVID-19と共に記憶される一方で、これからも世代を問わず人気者であることでしょう。


2-5 Go Toトラベルキャンペーン
 Go To トラベルについては、いくつか示唆的なことがあるように思います。私はGo Toトラベルは、政府からの「もうCOVID-19は安全だから自由に経済活動をしてね」というメッセージではなく、「COVID-19に気をつけて工夫しながら、このままだと大打撃を受けそうな経済活動もなんとか回してください」という、受け取り手側にそれなりの知的水準を要求する非常に微妙な政策だったと思います。結果としては中止を余儀なくさせられましたが、純粋に「愚策だった」というような良し悪しの二項対立で語られる性質のものではなかったのではないかと思います。この内容は、以下の記事にもう少し詳細に記載しました。


 今後も、同様の局面があらわれると思います。政策は基本的には政府が責任を持つものではありますが、実際には受け取り手側である私たち国民にも考えねばならない点が多々あるのではないでしょうか。


③COVID-19をどう縮小させるか(2021年4月初旬、新しい年度を迎えた今)


 さて、話題は今に移ります。2020年度はCOVID-19と共にあった一年でありました。提唱された当初は「新しい生活様式」や「withコロナ」という言葉に対して、非常に陳腐だと思っていたものの、今となっては、いや実はやはりかなり的を射た表現なのではないか、と思うようになってきました。


3-1 COVID-19ワクチン
 COVID-19ワクチンはmRNAワクチン及びウイルスベクターワクチンというこれまでになかったワクチンです。ワクチンとはそもそも集団免疫の獲得が原理であり、基本的には少しでも多くの人、できれば全員が接種しなければ効果は得られません。しかし、これまで長い接種の実績があり安全性も確立されている予防接種ならともかく、長期的作用は未知のCOVID-19ワクチンを接種することを拒否したからと言って、社会性を認めない、というのも非常に乱暴な議論だと思います。私たちはワクチンを接種しない選択をする人たちにワクチンを接種してくださいとお願いすることはなんとかできても、その選択を批判し、さらには人権まで否定することは決してあってはならず、ワクチンを巡って社会の分断が深まることは避けねばなりません。


3-2 選択集中的な対策
 2021年2月に設立された「まん延防止重点措置」が話題です。実際に、増減の傾向は類似しているとしても、感染者数の地域間の偏りはやはりそれなりであるようです。これからは、日本一律に行動指針を決めるのではなくて、感染者数が多い地域で集中的に対策をして感染を予防しようという方向へ向かっていくようです。この点においても、居住地域による分断が発生する可能性があり、十分に注意する必要があると思います。


 以上、これまでのCOVID-19禍中の社会をある程度概観し、トピックの一部を取り上げました。当研究室では、今後もCOVID-19が浮き彫りにした社会や価値観のあり方を検証していきたいと思います。

                              文責:池尻達紀

謝辞:ヘッダー画像は「みんなのフォトギャラリー」を利用し、「Sumiko K @アルゼンチン⇔北海道」様の画像を使用させていただきました。ここに感謝の意を表します。

参考文献(URL最終閲覧2021年4月25日):
[1] きけ わだつみのこえ-日本戦没学生の手記-, 日本戦没学生記念会編, 岩波文庫, 1995
[2] Timeline:WHO’s COVID-19 response, World Health Organization https://www.who.int/emergencies/diseases/novel-coronavirus-2019/interactive-timeline#event-0
[3] 新型コロナウイルス ナースたちの現場レポート, 日本看護協会出版会編集部 編, 日本看護協会出版会, 2021


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