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原作『攻殻機動隊』全話解説 [第一話]

みなさんは『攻殻機動隊』と聞いてどれを思い浮かべるでしょうか。押井守の最初の劇場版でしょうか、それとも神山健治のSACシリーズでしょうか。ハリウッドの実写版を思い出す方もおられるかもしれません。

しかしながら、私にとっての”攻殻”は士郎正宗による漫画『攻殻機動隊』なのです。はじめてこの漫画を読んだときは、世にこれほどまでに面白い漫画が存在するのかと震えました。未だに私にとっての漫画の最高傑作です。しかし、この原作漫画はアニメシリーズと比較して、残念ながら知名度が高いとはいえません。

その理由の一つに、非常に難解なストーリー展開があると思います。一読しただけでは物語の把握は困難で、注釈が無数にあって、そして理解を読者に求めます。
この作品は、画に描いてあることを解説してくれない漫画なのです。読者は画とセリフから能動的に意味を読み取り、物語を自分で組み立てなければなりません。
もちろんそういった解釈をすっ飛ばしても、十分に楽しめる作品なのですが、作品に1ページ毎に込められた意味や小ネタは、ファンであってもすべて理解するのは困難です。
読み飛ばしたある一コマに重要な伏線があったことに再読10回目にして気づくことも珍しくありません。


本記事は、攻殻機動隊の読者に向けての、さらに攻殻機動隊を理解し楽しむための一助になればと執筆しました。漫画『攻殻機動隊』を全話・1pごと、そして1コマ単位で解説をしていきたいと思います。

私もまだ理解の浅いところがありますので、追記して欲しいことや誤りなどありましたら、コメントを頂けると幸いです。また、「解釈」はあくまで私の理解・憶測であって、それ以外のものを阻む意図はないことご理解下さい。

なお、ページ数は紙の単行本に準拠します。電子書籍とはズレがあります(4pプラスすると一致します)。

第一話 PROLOGUE

p2・3

ときは2029年。
新浜県にある高層ビルの一室*1にて、密談が行われているシーンから『攻殻機動隊』の物語は始まります。この話は公安9課設立前の物語です。
密談の人物は「極東通商代表部」「商務省の伊東次官」そしてその他は「組合幹部」たちです。

新浜県については、以前の世界大戦で東京が核で壊滅的被害を受けたため、一時的に新浜県が暫定首都となったという設定があります。*2
新浜県というのがどこにあるのか原作では明言されていませんが、SACでは神戸近辺と設定され、以降アニメシリーズでは関西が舞台モデルなっています。神戸出身者の原作者に気を使ったのかもしれません。

「極東通商代表部」はどこかの国の外交官であることがのちに分かります。組合幹部の「社会主義からいささか外れますがね」というセリフから、社会主義国の外交官であることが察せられます。*3

p3・1~3コマ目
3コマ目の表現に注目

伊東次官と極東通商代表部が「シリコン鉱床」を巡ってなにやらきな臭い会話を交わしています。伊東次官は”極東本国”にあるシリコン鉱床を求めてるようですが、どうも”極東本国”と日本政府はある国の「分離独立」を巡って仲が悪いことが伺えます。

独立問題というのは、現実で例えれば中国と台湾の関係みたいなものでしょうか。ある地域の独立を巡って”本国”と日本で相違があるようです。

しかしながら、「第三国」を経由して秘密裏に「シリコン鉱床」を日本に融通して貰えるなら、”極東本国”のその「分離独立を認めない方針」を日本は黙認しても構わない、という伊東次官と某国外交官の裏取引がp3のわずか3コマのうちに描かれているのです。

(*1.「海上都市」はポセイドン社が建造しているという設定があるので、新浜県のニューポートシティも『アップルシード』で暗躍するポセイドンが作り上げたのかもしれない。攻殻機動隊の世界とアップルシードの世界が地続きであることは作者も明言してます。)

(*2. 第七話で『九州庁首都福岡』という台詞があり、福岡が現在の国の首都になっているようです。九州庁という不可解な単位ですが、おそらく戦後に道州制が導入され都道府県より広範の”州”が誕生したのだと推察されます。)

(*3.『攻殻機動隊』『アップルシード』の年表が記されている『アップルシード イラスト&データブック』によると、中国は99年に北京に隕石落下し首脳陣を失い民主化、ソ連はアメリカの一部と同盟を組みリベラルな米ソ連合を形成しているという設定がある。)


p4・5

p4・2コマ目

そこに荒巻率いる公安が突入の準備をしています。
彼の持つモニターには密談の様子がハッキリと映し出されています。モニターを見てみると、画角がp3の3コマ目(ビルの一室が円状に透けて人物が見える)と同じです。実は前ページの3コマ目は、公安が盗聴・透視していることを示す表現だったのです。

公安警察が標的にさとられないようビルの住人を外に追い出しています。

p4・4コマ目

「HEROが起きそーだぁ助けてェ!!」という手描きセリフがあります。HEROとは[Hazards from Electromagnetic Radiation to Ordnance]のことで、電磁波が多過ぎて軍用機器が障害を起こすことを指します。キムタクではありません。「この辺はノイズだらけ」というセリフが前フリになっています。

p4・6コマ目

そしてその公安警察の無線を傍受している謎の女がこの漫画の主人公・草薙素子です。「ノイズだらけ」なのはそばで素子が傍聴しているからかも。


p6・7

そしてついに公安が突入。戦闘が始まりますが「やめんか! 誰が撃てと命じた!?」という極東通商代表部の叱責により戦闘が終わります。

「外交官!免責特権だ!責任者をここに呼べ!!」極東通商代表部は外交特権をたてにこの騒動を不問にしようとしています。
「やっとで貴様を本国に送還できるだけの証拠を手に入れたというわけだ」という荒巻のセリフから、この男は以前から問題のあった人物だとわかります。
「その前に召還状が届くだろう 外交問題に配慮して」と極東通商代表部。つまり、送還されるまえに、”本国”の要請で国に帰るということです。日本を追い出されるのには違いありませんが、国の面子は保たれます。

p6・6コマ目

荒巻は伊東次官にこう詰め寄ります
「商務省の伊東次官には審問に出ていただこうか」「前首相爆殺の件で会談場所の情報が漏れたルートについて詳しく供述してもらう為にな」

このセリフで、日本の前首相がテロで爆死したこと*4、そして情報を漏洩してその手助けをした者がいたことがわかります。
伊東次官・”極東本国”がそのテロに関わり、政変のドサクサに、「シリコンの鉱床」といった利権を押し通そうとしていたことがこのコマから推察されます。

ちなみに、この首相爆殺事件は公安9課設立の遠因となった重要事件なのですが、この漫画で触れられるのはこの一コマのみです。読者の皆さんは頑張ってこの1セリフから背景を読み取ってください…!(そんな無茶な)


なお、現日本には商務省は存在しませんが、日本の経済産業省にあたる組織と思われます。
一応解説しますと、(事務)次官というのは、国家公務員のキャリアのトップで、各省庁で大臣・副大臣に次ぐ偉い人です。

(*4. 前首相の爆殺事件はARISEシリーズの『攻殻機動隊 新劇場版』にて描かれています。商務省イトウも登場。ただしパラレル。)


p7・8

しかし、極東通商代表部は
「彼は亡命を希望し受諾され宣誓書にもサインしとる」
とし伊東次官を彼の国へ連れて帰ると主張します。
荒巻は「いつ!?」と聞き返しますが、「答える義務はない」と一蹴されます。さらに荒巻は食い下がり、

p11・3コマ目

荒牧「では国際テロ防止法に基づき伊東元次官の身柄引き渡しを要求する!」
極東通商代表部「書面が送付されたら中央と検討し返答する」「ちなみに亡命の書類は大使館にある…後日コピーを転送してやろう」

実際は、伊東次官は亡命を希望していないし、大使館に書類もありません。しかし、こう言い張ることで、一時的に伊東次官を”極東本国”に連れ帰ることができます。汚職やテロ事件のことが伊東次官の口から証言されることを恐れているのです。
しかし、「いいのか伊東元次官 暗殺されるぞ」という荒巻のセリフ通り、そのような危険な人物を保有し続けるメリットはないので、”極東本国”に亡命したあと伊東次官は暗殺されてしまうでしょう。

極東通商代表部が自虐的に「我国は平和主義の文明国だぞ」と反論した次の瞬間、どこからか「あらそう!?」という言葉とともに、極東通商代表部に炸裂弾が撃ち込まれます! 一寸後、それが炸裂し極東通商代表部は散り散りになって死亡します。


p9

p12/4・5コマ目

襲撃者が窓の外にいることに気づく荒牧。公安警官たちが窓にマシンガンを打ち込みます。そこには光学迷彩によって摩天楼の狭間に融けていく女の姿があったのでした。

荒牧「2902熱光学迷彩!?」
注釈で2029年型の光学迷彩とあります。この回の日付は2029年の3月5日。つまり、特殊装備のそれも最新型を、襲撃者が装備していることに荒巻は驚いています。明らかにただのならず者ではありません。

p12 8コマ目

「翌日その女(女型のサイボーグ)は内務省のオフィスに座っていた 前首相発行の暗殺命令書を持って‥‥」

このナレーションでプロローグは締めくくられます。実は彼女は爆殺された前首相から依頼を受けた内務省所属の暗殺者だったのです。前首相はこの策謀を予知していたのでしょうか。

ちなみに内務省は内政や治安維持を司る行政機関ですが、現日本にはない架空の組織です。したがってこの世界の「公安部」は警察庁ではなく内務省にあります。
(上司の内務大臣から暗殺のことを教えてもらえなかった荒巻は嫌われてるのでしょうか…)

彼女が公安9課に所属し、荒巻の部下になるのは先の話ですが、押井守の劇場版ではこのアバンは公安9課の任務として描かれていました。シチュエーションもそれに合わせて変わっていて、外交官は、(人形使いの)機密をもつプログラマーを引き抜こうとしています。原作と比べると、それだけで爆殺されたのはちょっと気の毒ですね…。

それから、女性(型サイボーグ)の名前が「草薙素子少佐」であることが明らかになりました。かつては軍隊にいたようです。
パラレルではありますが、軍人時代の素子は『攻殻機動隊 ARISE』シリーズで鑑賞することが出来ます。


ところで、「前首相発行の暗殺命令書」があるということは、前首相は自分が暗殺される前から暗殺指令を出していたことになります。ということは、普段から国益のために暗殺を(ゲフンゲフン

改めて考えてみると、国家元首が直々に暗殺指令を発行できる国、その実行部隊がある国、というのは近代国家としてちょっと問題があります(隣国がいくつか思い浮かびますね…)。

公安9課が設立してからも、冷静に考えたら相当に無茶苦茶な捜査をやっています。

世界大戦の直後で世界政治や治安が崩壊しているという事情があるとはいえ、この漫画世界における公安は実は恐ろしいことをやっているぞ、という意識はしっかりと読むにあたり必要に感じます。(それが終盤の展開にも繋がります)

某警察漫画に「俺たち(警察)の仕事は本質的にいつも手遅れなんだ」という台詞がありました。「犯罪の芽を摘む攻性の組織」である公安9課は、近代国家としてあるまじき組織であるといえます。

綺麗事をいえない崩壊寸前の社会で、その社会でも褒められたものではないヤクザな組織で、何者にも縛られない草薙素子はどう正義を成すのか、それもこの漫画のひとつのテーマだと思います。

続く

いかがでしたでしょうか。たった8pのプロローグながら、ものすごい密度の哲学・政治・ストーリーがあったと思います。前に原作を読んだことあるよ、という方も、新しい発見があったのではないでしょうか。読めば読むほど味が出る、これが漫画『攻殻機動隊』の魅力なのです。

次回は第二話 「SUPER SPARTAN」です。
(たぶん更新頻度遅いです。気長にお待ちいただけると幸いです)


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