インド人に汚染されるスポーツ新聞たち(あるいは加藤未唯を巡る報道について)
女子テニス・加藤未唯の全仏オープン失格騒動について、思うところがあってここ2週間ほどニュースを追っかけていた。この騒動を繰り返して報道してるのは主に東スポwebだったが、ずっと読み続けているとある違和感をおぼえるようになった。
次の引用文を読んでほしい。
気にしない人は気にしないかもしれない。ただ私は気になった。
「なに、インドメディア「スポーツキーダ」って…?」
CNNとかデイリー・メールとか、海外の有名メディアを引用するのなら分かる。なにキーダって…? そしてなんでインド…?
キーダに限らず、東スポwebの記事にはいつもこういった素性不明な聞いたことのない海外メディアが登場するのだ。
「スポーツキーダ」でググってみても、HPも情報も見当たらない。
”Sportskeeda”で検索してようやく情報にたどり着く。2009年に創設されたインドのスポーツメディアで、月間150万のユニークユーザーが訪れる人気サイトらしい。ちゃんと実在するようだ。
これがSportskeeda。サイトを見てみると、キッチリとしたスポーツサイトというよりは、ゴシップよりの記事が並んでいる。
ちなみにキーダを研究した恐らく日本唯一のこの記事によると、「記事投稿は善意のスポーツマニアによって支えられて」いるそうだ。
ではなぜもっと有名なメディアからの引用をしないんだ?と気になって、海外大手メディアで ”Miyu Kato”について調べてみた。そして納得した。
海外では” Miyu Kato”の失格騒動について、たいした興味を持たれていなかったのだ。海外の大手スポーツメディアのほとんどが、失格以降一度も続報を出していなかった。
続報を出した一部メディアでも、誰かを非難するような口調ではなく、ただ淡々と事実を報道してるだけの記事が多かった。世論としてはどれも同調的だったが、失格は仕方ないと結論づける記事もあった。
しかしこれでは日本国民を煽ってPVを稼ぎたい東スポのようなメディアには都合が悪い。そして世界中の記事を探し回って「加藤未唯を擁護し、全仏オープンを強く批判してくれる都合のいい記事」がインドのスポーツキーダだったのだ。
とキーダの記事を引用して東スポは非難を続けるが、「クリスチャン・ザハルカ」も「マーク・ペッチェイ」も知らんし。ペッチェイはググっても1000件しかヒットしないしザハルカに至っては100件だ。どうみても”その道の有名人”ですらない。
つまりインドのよく分からんサイトでよく分からんインド人が書いた、よく分からん人たちのコメントを私は読まされていたのである。
この仕組みに気付いて、ちょっと恐ろしくおもった。私が「海外の声」と思っていたものは実際にはどこぞのよくわからん「インド人の声」だったのだ。
ヤフコメを覗いてみると、記事の論調に合わせて、「このように世界中から猛批判が集中しているのに…」と意気軒昂と全仏を叩くコメントが連なっている。
コメント欄はまるで「風・・・なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、俺たちのほうに。」みたいな熱狂具合だが、残念ながらその風は吹いてないのである。それはインドのそよ風なのである。
さらに調べていくとこんな記事もあった。
と東スポwebは言っている。かなり強く全仏を非難する記事だ。やはり気になってみて「Friend At Court」を探してみる。なんとかして見つけ出した当サイトは、なんとテニス好きのテレサ・メルクリンという女性が一人で更新している個人サイトだった。たしかに「米国のテニス専門サイト」には違いないだろうが…。
ここまで来るとなんでもありではないだろうか。「海外メディア」という泊を使った、情報ロンダリングである。
日本メディアが「海外の◯◯という新聞で✕✕という人が△△と言っています」と書けば、多くの人は、◯◯がどんな新聞社か、✕✕がどのような人かも知らないのに「なにかよくわからないが偉い人なのだろう」と無意識に納得して読み進めてしまうだろう。メディアはその怠惰を突いてくるのである。
「加藤未唯選手を擁護する外国人の声をもっと聞きたい」「全仏オープンや相手選手を非難する外国人の声が聞きたい」という我々の欲望によって、これらの無理くりなこたつ記事*が今日も量産され続けているのである。
確かにそのように思う外国人は存在しているのだろう。Youtubeでは当該動画が数百万回再生されているし、対戦選手のインスタグラムが炎上するという事件も起きた。しかし、海外の大手のメディアでは、すでに「過ぎた事件」であって、今日も根強く騒いでいるのは我々日本人だけだったのである。
日本のスポーツ紙が引用する海外の声は、それは決して生の声ではなく、小さい声を拡張器で拾い上げ針小棒大に偽造してる声なのだ。
(*こたつ記事とは、独自の調査や取材を行わず、ウェブサイトやテレビ番組などで知り得た情報のみを基にして作り上げる記事のことを指します。また、有名人の発言や、ネット上の反応を拾い上げるだけの総合評論型の記事なども指します。)
メディアは我々の読みたいものを探し出す。我々は一々ソースや真偽なんか気にしない。そこに気持ちいいことが書いてあったら快感に酔いしれる。世界が自分に味方しているように感じる。心地よい記事だったから、きっと真実に違いない…。
スポーツ紙に限らず、そんな現象が日夜発生しているのではないだろうか。そして偏ったメディアの情報、バイアスの積み重ねで世界は歪み、いつしか陰謀論の世界に堕ちていくのではないか。
例えば、弁護士の北村晴男の発言を紹介したスポニチのこたつ記事はこう書いている。
これは単純に事実を誤っている。北村は「当然映像を確認しているはずで」と言っているが、実際は審判団は一切映像を確認していない。インプレーのジャッジ以外で映像を確認する権限がないからだ。最終的に、召喚されたレフェリーは状況だけをみて失格を言い渡している。この場合、映像を"見ること”がルール違反なのだ。
まさにそこが議論の中心になってることはちゃんとした記事の一つや二つを読んでいれば知っているはずである。
しかし北村はその誤りから持論を展開し、「加藤選手に関してマイナスの感情を持っている人間が判断したんじゃないか」とか「判断能力がめちゃめちゃ低い人間がふんぞり返って大会役員とかにいたりして…異常事態が起こっているとしか思えない」と語りだす。
全体的に全仏の審判団や相手プレイヤーを強く非難する発言だったが、その根拠の大元が勘違いなのだ。まさに「心地よい言葉」から「陰謀論」に接続する好例である。
これは持論だが、「ハンロンの剃刀」(無能で十分説明されることに悪意を見出すな)を認められない人に陰謀論的な認識をする傾向が多い。
審判団やルールに不備があった(無能)のではないか、という単純な仮定を受け入れられないと、加藤選手を嫌ってる人間が陥れたのではないか、組織がおかしいのではないか、みたいな陰謀世界に容易に足を踏み入れてしまう。
ちなみに北村は「誰がどうみても“故意ではない”というものに対して、失格と判断したのは、判断能力がめちゃめちゃ」とも言ってるが、失格理由となった「危険な行為」は故意性を問わない。これも多くの記事で指摘されていることだ。
北村は最後に訴訟を勧めているが、少し恐ろしい光景だ。テニスのルールも知らない人がどうやって運営のルール違反(法律違反)を判断したのだろうか。もし普段からこのような調子なら依頼人はたまったものではない。
そしてはたしてここまでルールブックにも事件にも知見のない人のコメントをわざわざこ記事にする必要はあったのだろうか? だがそれは愚問だろう。スポニチには記事の真偽はどうでもいいのだ。まさに「心地よい言葉」を読者に贈るためだけの記事なのだから。
記事は最後にこう締められる。
閑話休題
お次は産経新聞から引用
またインドか。インド以外に引用できる国はないのか。なんだ「エッセンシャリー・スポーツ」って。と調べてみると、ツイッターのフォロワー数が2000人強のスポーツサイト。ツイッターで検索しても日の記事引用が10もなく、弱小サイトだろう。仮にも4大紙がこんなものを引用するなよと思ってしまう。
こんな僻地まで探しに来るのだからよっぽど「海外の声」が見つからないのだろう。
実際、”Miyu kato"の細かい最新情報を海外ソースで追おうとすると、報じてるのはほぼこの2メディアだけだ。例えば、加藤を擁護するPTPA(プロテニス選手協会)のコメントを英語圏で報じたのはキーダとエッセンシャリースポーツ、それからいくつかのテニス専門メディアだけだった。
理由は不明だが、インド人には”Miyu kato"が人気らしい。必然こたつ記事にはインドの文字が踊ることになる。
ちなみに東スポも同じ記事を引用している。
あれ、東スポは『米メディア』と言ってるぞ? だがエッセンシャリースポーツの事務所登録はインドにあるのでインドメディアである。産経が正しい。いよいよメディアの国籍すらもいい加減になってきた。PVがとれるならソース元の真贋なんかどうでもいいのだろう。
ちなみに東スポのこちらの記事では「スポーツキーダ」を”米メディア”と紹介していた。インドメディアといったり米メディアといったり、東スポは社内ですら統制が取れていない。情報元に興味のない証拠である。
他にもキーダを”米メディア”と紹介しているスポーツ紙を何社も見かけたが、大方英語で書いてるから米メディアだとでも判断しているのだろう。実にいい加減な界隈である。
最後になるが、本記事で一番最初に引用した東スポの記事を振り返る。
東スポが引用しているキーダの元記事がこちら(6/16)なのだが、そのなかの「凶悪な犯罪だ」の元の文がこれだ。
"They committed a heinous crime against you. So bad. Good luck for the rest of the season and hope you can put RG in the rear view mirror," a fan said.
「ファン曰く」
なんとファンのDivinity Modeさんのツイートだった。もちろんDivinity Modeさんはただの一般人である。ロンドンに住むたったフォロワー71人のアカウントだ。
彼はただ加藤未唯に慰めのリプライを送って、それがファン代表として勝手にスポーツキーダに引用されただけだった。
東スポwebは
『インドメディア「スポーツキーダ」は「凶悪な犯罪だ」と厳しい表現を用いて糾弾。』と書いたが、正確には
『ロンドン在住のDivinity Modeさんは「凶悪な犯罪だ」と厳しい表現を用いて糾弾。』と書くべきだっただろう。
インドのそよ風ですらなかった。真相はDivinity Modeさんの吐息だったのだ。
誰とも知らぬ無名の1ツイートを根拠に熱っぽく「海外」を語る我々はとんだピエロである。
よく読んでみると「クリスチャン・ザハルカ」も「マーク・ペッチェイ」も正式にコメントしたわけではなく、ただの加藤未唯へのリプライである。単にリプライ欄から”有名人ぽいひと”のツイートを集めただけの記事だった。どうりで誰も知らないわけだ。
というか、これはニュース記事というか、騒動に対する反応ツイートを集めただけのまとめに過ぎないから、これもこたつ記事ではないか。
なんと東スポのこたつ記事の元ネタもまたこたつ記事だったのだ。まるで己の尻尾を飲み込むウロボロス。こたつの永久機関。こたつインフィニティ。
キーダの記事は、はちまとか、まとめサイトのレベルなのに、それが海外ソースとして情報ロンダリングされるとYahooニュースで大見得を切って「海外の世論」として流布されるのだ。恐ろしい。
逆にいえば、はちまが「日本の声」と外国メディアで紹介されてるようなもんである。恐ろしい。
さらにこたつの恐怖はそれだけで終わらない。一匹こたつ記事を見つけたら10匹のこたつ記事がいるのだ。
CoCoKARAnext 6/17 より
The Digest 6/17 より
6/16の東スポの記事を皮切りに、数々のネットスポーツメディアが同記事をソースにこたつ記事を量産し始めた。一体いつから我々はこんなにインド人の反応を気にするようになったのか。おそらく元記事ではなく東スポのこたつ記事を参照にしているのだろう。こうしてこたつがこたつを産んでいくのである。まさにこたつパンデミック。
そして無数のこたつ記事により、「海外の世論はあれは凶悪な犯罪だと認識している」という、存在しないリアリティが創造される。怠惰の産物であるこたつが新たな世界を作り出す。そして存在しない世論を盾に、読者は”ご意見”を投稿し、議論に熱狂し、さらにバイアスは加速していく。膨大な賛同と怒りによって、出鱈目なこたつが真実になっていく。そこはこたつによって生み出されたもう一つの現実である。
私が言いたいのは、メディアが「都合のいい意見」を引っ張ってくることなど、赤子の手をひねるように簡単であるということだ。世界は広いので、必ず欲しい意見はどこかに存在している。その一つの例がインド人だらけになったスポーツ紙だ。そして、それが”気持ちいい”からといって、そのような意見や記事ばかりを見ていると、きっといつか”現実”を喪失するに違いない。これはスポーツ新聞に限った話ではない。すべてのメディアにいえることだ。
とりわけ国際ニュースになると、現実を喪失したコメントで溢れかえっている。中韓が嫌いな人は、中韓を悪く言う記事しか目に入らない。日米が嫌いな人は、やはりそのような記事しか目にうつらない。しかしそこにリアリティはないのである。
いろんな記事を見て、ソースを辿って、学んで、頑張って正気を保つのだ。それが情報が氾濫する現世で正気を保つ唯一の方法だ。
それにしても一番の被害者はDivinity Modeさんであろう。0RT、40いいね、vews数は5000に過ぎないツイートが、地球の裏側で日本語翻訳され、さらには無数のこたつ記事によって何万・何十万と拡散し議論のオカズに使われていることを彼はまだ知らないのである。
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