【短編小説】インターネットの先輩
深夜の住宅街を撮影している動画。暗くて揺れているが人がいない住宅街らしいことだけ分かる。足音だけ聞こえる。途中で画面が真っ暗になる。カメラを地面に置いたらしい。人の呼吸音が大きくなって急に無音になる。遠くからエンジン音が近づいてきてカメラの所で一旦止まり、またすぐに走り去る。その後、カメラが持ち上げられ風景が少しだけ映る。暗い中、遠くに何かが光って見えて、そこで終了。
「ある夜の散歩」というタイトルの動画だ。アップロードは2009年1月で現在32万再生。アカウントの動画はこれだけ。コメントは2009年から定期的についている。最初の頃にあがっていた動画と中身が変わってるらしいというコメントがあり、それは何かの勘違いだというレスと、昔はそういうこともあったというレスでちょっとした議論になっている。
最近のコメントはこんな風だ。
「鮫島事件てきなやつですか?コメントが増えると真実みが増しますねw」
「垢BANされずにここまで長続きすると嘘でも本当でもなんだか怖い」
「よおくみると春頃にコメントが多いように見えるのは私だけですか?」
「マリさん、今年の新入生、なかなかするどいですね。」
「SNSネイティブ世代はなれてるね。養生のやり方も考えないと。」
うちのサークルはインターネットのサービスや企画の勉強会をしている。将来そういった企業に就職を考えていたり、起業したいと思う人間の集まりだ。年に一度、温泉旅館でインターネット企画のプレゼン会をやる合宿もある。
この都市伝説風動画も昔サークルにいた先輩が考えた企画で、素性を伏せて今も運営されている。マイナーな怖い話系サイトにも取り上げられ、今でも少しずつ再生数が増えている。
新入生にはリテラシーチェックと称して詳しいことを知らせずコメントさせるしきたりになっていて、捨て垢を取って思ったことをコメントする。考察しても、貶してもかまわない。サークル内ではこれを養生と呼んでいて、コメントすると上級生から動画の種明かしがされる。
「先輩はこれを高1の頃に思いついて始めたそうよ。新入生で参加した合宿のプレゼンではすでにちょっとした都市伝説くらいの状態で、ダントツの優勝だったみたい。適当な動画と思わせぶりなコメントだけなのにね。」
「それで、その先輩は今なにをされてるんですか?」
「政治家の名前をツイートしては捕捉されるアカウント作ってるそうよ。」
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