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Driver's license War

ハジマリ_

学生時代の話である。せんむ、つちや、ごっちの3人は大学生ならではの長い長い夏休みを利用し、合宿で運転免許を取りに行くことにした。2週間ほど教習所に泊まり込み、一気に運転免許を獲得してしまおうというわけだ。言い出したのはごっちである。一人でチンタラ通っていては取れる自信が無かった様だ。自分のだらしなさをこの程度には自覚できていたようである。

初日。3人は駅に集合し、宿泊のための大きな荷物を鬱陶しく抱えながら、「ギター二週間さわれねえのか・・・」「旅行用のベース買えばよかった・・・」などと各々自由にしゃべっている。教習所の最寄り駅までは2時間ほど。14日間もの間、野郎3人でたった一部屋の狭い空間に押し込まれるストレスなどはろくすっぽ想像できないまま、彼らは電車に揺られていった。

最寄り駅に到着した。田舎だ。彼らがその地を見渡した時の感想は同じだった。緑鮮やかな山々に囲まれ、広いバス停が少しだけ印象的。出かけるときは横浜だの都内だのという環境に慣れ始めていた彼らにはそう思えた。周囲には彼らと同じように大きな荷物を持った人影がちらほらと見える。同様に免許合宿に参加する人達であろうか。それぞれは合宿案内のパンフレットをしきりに確認したり、バスの時刻表とにらめっこしたりといった様子でいる。すると、その中にいた一人の同い年ぐらいに見える男に声をかけられた。

「免許合宿ですか?」

彼らは一様に肯定の意を示し、話してみるとどうやら合宿所への行き方を教えてほしいらしい。送迎のバスがもうすぐ来ることを伝え、その場は短いやり取りで終わった。細身の体系で理知的な眼鏡姿が印象に残り、これから始まる免許合宿でも同じ時間を過ごすであろう予感がしていた。

ほどなくして、3人を含む免許合宿に参加する面々は教習所への送迎バスに乗り込んでいった。車内は空いていて、同じ目的を持った人たちがバラバラに間隔をあけて座っている。無論3人は近くで固まっていたのだが。

まずは宿泊施設に案内された。部屋のカギを受け取り、彼らはこれから合宿期間中の生活を共にする部屋へと向かう。外観はごく普通のアパート。部屋に入ると、そこには二段ベッドとシングルベッドが部屋の両サイドにそれぞれ堂々たる佇まいで鎮座していた。部屋自体もとても狭く六畳ぐらいであろうか。「(この部屋で3人か・・・)」という共通の落胆を含んだ数秒の沈黙の後、せんむは「じゃあ俺はここで」と真っ先にシングルベッドに荷物を置いて陣取る。ごっちは高いところは嫌いじゃない、と言わんばかりに少し頼りない梯子を登り始め、つちやは「俺もそっちがいいよ」とせんむに文句を言いながら二段ベッドの下に荷物を置く。ごっちは「天井近ぇよ」とかブーたれている。自ら登ったくせに。

ミヤオイ_

免許合宿は講義室で行われるガイダンスから始まる。講義室といっても、さながら小中学校の教室のようだった。懐かしさを感じる机と椅子。黒板。かなり年季が入ってるようで、正直ボロい、と彼らは思った。教習所の第一印象からしてそうだったのだが、とにかく値段が安い免許合宿を探して辿り着いた結果なので、3人のみならず、その場にいた受講生全員が同じような感覚だったのではないだろうか。そのメンツに目を向けてみると、キャッキャしている女子大生グループやイカついピアスをしたヤンキー、おしゃれなパーマが印象的な若者など、やはり夏休みらしい客層である。その夏休みらしい客層の一部である彼らといえば、夏なのに(一年中着ている)赤いダボダボのパーカーを羽織っていたり、目の下に深いクマを作って虚ろな顔(薬はやっていない)をしていたり、なんとなくロックだと思って無造作に伸ばしたボサボサのロン毛野郎(親が泣いた)といった、何とも冴えないグループ。そんな彼らと、ごくごく自然に席を近くに座ったのは先ほど駅でやりとりをした男。彼はミヤオイというらしい。初対面らしい探り合いの会話の中から互いに同い年の大学生であることがわかり、今後の講義や教習に関する情報共有などを行った。そして夕食を共にする約束をとりつけた。教習所が提携している食堂があり、ガイダンス終了後にその食堂でのみ使える食券が配布されたのである。

約束した時間に宿泊施設の前で待ち合わせ。お互いちょうど同じくらいのタイミングで来たようで、自然に合流して歩き出す。ミヤオイはガイダンスで配布された資料の一つである、食堂への地図を手にして彼らを先導してくれた。少し歩くらしい。せんむはミヤオイと一緒に地図を見ながら歩き、つちやとごっちは後をついて歩く。後ろの二人は超が付くほどの方向音痴で、はなから地図を持たずにくっついて行くだけの腹づもりだったようだ。あさましい。

街の大衆食堂、といった印象のお店だった。夫婦で切り盛りしている様子。配布された食券で選べるメニューは3種類に絞られていて、中華そば、焼き魚定食、コロッケ定食という面々。食券では選べないメニューを見てみると、ハンバーグやトンカツ、生姜焼きなど、食券のメニューよりかは値段が上に設定されているであろう品々。ちなみに食券のメニューには値段表記が無かった。各々注文を済ませてテーブル席へ。そして免許合宿で出会った珍しい知人との会話を弾ませた。ミヤオイは千葉県の出身のようで、地方あるあるトークをしていると、落花生をピーナッツと呼ぶことを邪道としていたり、トイレットペーパーはトレぺと略すなどと言っていたが、これは千葉特有のものなのかは定かではない。またバンドを好んで聴いているということも判明し、SUPER BUTTER DOGやMONKEY MAJIK、アジカンなどの話題でも話が合った。

夕食を終え、狭苦しい共同部屋へと戻ることにした。女子大生グループがちょっとかわいかっただとか、ピアスのヤンキーにビビっているだとか、くだらない話をしながら歩く。2週間の仮住まいに到着すると、ミヤオイは少し離れた部屋だったらしく、3人の部屋の前で別れた。ミヤオイは1人部屋。全員が羨ましいと思ったのは想像に易い。部屋に入り、それぞれの持ち場で思い思いの時間を過ごす。隣部屋が少しうるさい気がするが、仕方なしと我慢しながら消灯時間を迎え、彼らは浅い眠りについていった。

続く


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