イシナガキクエを巡る35の謎(その1)

【注意】本稿は『イシナガキクエを探しています』全4話の視聴を前提で書いています。ネタバレにご注意ください。


【補足資料】
『イシナガキクエを探しています』年表
『イシナガキクエを探しています』語集


[Q.01] イシナガキクエとは何者だったのか?

[A.01] 米原実次のかつての恋人。

物語を考察する上で、最も要となる、しかし最も解釈が難しい要素の一つである。如何せん、本編にそれの正体を断定させてくれる情報が少ない。米原実次自身もキクエとの間柄について「家族のようなもの」としか発言しておらず、具体的な言及は避けている。それでも【恐らく、米原実次のかつての恋人だった】【彼女が心霊的な何かと関わっていた】の2点はふんわりと理解できるし、多くの考察者がそれを前提に論じている。
そもそも、何故【イシナガキクエ】という名前なのだろうか? 珍しいと姓される【イシナガ】だが、話中に関わりを匂わせるイシナガ姓の人間は、他に登場しない。彼女は本当にイシナガキクエという名前だったのだろうか? 
この姓名を一度分解し、組み直すと一つの見慣れた音が現れる。

【イナガキ】=稲垣。

キクエの《処置》に深く関与していたであろう霊能者、稲垣乙と同じ姓である。残った文字は【シ】【ク】【エ】。それを名前のような響きに組み合わせると【クシエ】。櫛恵。櫛江。櫛絵。あるいは奇恵という字かもしれない。

【稲垣クシエ】

それがイシナガキクエの本当の名前で、しかも乙と同じ血を引く稲垣姓の女性だとしたら、彼女に何らかの霊能力が備わっていたとしても不自然ではない。そして彼女が稲垣乙の血縁者……例えば姉妹だとしたら、米原実次と稲垣乙を繋ぐ線も引くことができる。

以下、イシナガキクエの生前=稲垣クシエと仮定した上で考察を進めていく。
では、稲垣クシエとはどんな霊能力者だったのだろうか?


[Q.02] 稲垣クシエとは何者だったのか?

[A.02] 霊能者の一族《稲垣家》のエクトプラズム使い。

これも解釈が難しい。Q.01と同様に本編中の判断材料が少ないのである。その数少ないヒントの中から、山奥の廃墟から発見された《不気味な写真0A~0E》に答えを求めよ6うと思う。

この連続写真、少しオカルトに詳しい視聴者なら既視感を憶えるはずだ。椅子に座る目隠しの女性、全身を覆うビロード様の黒服、口から放たれる白い靄……。エクトプラズムのアイコン的存在である霊能力者【ヘレン・ダンカン】の(露骨なほどの)オマージュであることは明白である。そして《不気味な写真0A~0E》が霊媒を実践する稲垣クシエ(=生前のイシナガキクエ)の姿だとしたら、彼女がエクトプラズムを使う霊能力者だった事は想像に難くない。稲垣クシエはヘレン・ダンカンと同様の(あるいは真似た)スタイルで、エクトプラズムを介した降霊術を行っていたのだろう。
エクトプラズムとは【霊を可視化、物質化する際に媒体として用いることの出来るエネルギー体】であると定義されている。エクトプラズム自体は万人が有しているが、体外への放出は霊能力を有した者しかできないとされる。そして放出されたエクトプラズムは強い光や予期せぬ接触に極めて敏感で、これらを受けることで使用者は重篤なダメージを被るとされる。事実、ヘレン・ダンカンも降霊会中に警察に押し入られ、その際のショックが引き金となって死亡したと一部では囁かれている(表向きには肥満による慢性的な健康不良が原因と見なされている)。

占術と祓術を扱う稲垣乙、エクトプラズムを操る稲垣クシエ。強力な霊能者を二人も抱えるのだから、稲垣家が代々霊媒を生業にしてきた一族であることは想像に難くない。しかし、乙の息子・義一が家業を継いでいる様子が全くないことから察するに、恐山のイタコや沖縄のユタのように女性にのみ霊能が発現、引き継がれる巫女の一族なのかもしれない。


[Q.03] 稲垣クシエは何故、死んだのか?

[A.03] エクトプラズムによる霊媒中のトラブルで死亡。その後、本体を失ったエクトプラズムが変異&独立。イシナガキクエと名付けられる怪異になる。

難問が続くが、とりあえずこれまでの考察に沿って答えを導き出すしかない。仮にその死が元ネタ(=ヘレン・ダンカン)になぞらえた物だとすれば、降霊中に何らかの事故が起こり、そのショックで死亡したと見るのが妥当だろう。その直後、放出されたエクトプラズムは予期せぬ中断から「稲垣クシエに酷似した容姿を持つ半物質の存在」に変異。還るべき本体(クシエ)を失ったそれは、後にアナグラムから《イシナガキクエ》と名付けられる霊的存在として独立、米原実次たちの手を離れて彷徨い始めた……そんなストーリー付けがしっくり来るので、この一連の流れを採用したいと思う。

なお、死の原因となったアクシデントの内容に関しては、ここでは一切考察しない。何らかの心霊的な要因、あるいは物理的な妨害、偶然な故意か……。考え得る全ての可能性がイエスでありノーでもあり、その判断材料が本編にはないからである。


[Q.04] イシナガキクエとはどんな怪異なのか?

[A.04] 以下参照。

【本編の情報のみに拠る、イシナガキクエの特徴】

①複数体存在する(少なくとも35体)。
②《代理人》を用いた《処置》という手段で《処理》する。
③写真で撮影することができるが、全身(特に貌)がぼやけて写る。
④死亡時の稲垣クシエと似た姿を取って出現する(ただし服装や出現場所はそれぞれ異なる)。
⑤喋ることができない。

この中で最も解釈が難しいのは①である。複数体(35体)のキクエが存在したとして、その性質は【分散】=稲垣クシエの死を起点に35体が同時に発生したのか、【増殖】=数体のキクエが増殖を繰り返して最終的に35体になったのか、それとも【再生】=倒される度に復活する1体のキクエを35回処理したのか。これに関しては、どれを取っても間違いはないように思える。しかし考察を進める以上、どれか一つに絞らなくてはならない。
年表を見ると、稲垣クシエ死亡→最初のキクエ発生(1969年)から、35体処理宣言(1987年)まで18年という長い歳月が費やされているのがわかる。もし、1969年を起点に【分散】or【増殖】していたら、稲垣乙が友好関係にある霊能者に声を掛けるなどして、手分けをしてキクエを《処置》する選択肢があった……つまり、もっと早く処理が完了していたのではないか。そう考えると、完全処理に18年もかかってしまったのは、約半年に1回【再生】を繰り返すキクエのペースに付き合った結果と見るのが理に適っているように思える。

以下、話中に登場する全35体のイシナガキクエを《キクエ【(発生順)】》と表記する。(例:キクエ【17】)

②に関しては[Q.5]参照。

③はエクトプラズムという半実体ゆえの性質か。他の幽霊と同様に、万人の目に視認できる状態にするにはフィルムに姿を焼き付けるより他ない。そして霊感の強い者は肉眼による視認も可能なのだろう。故に米原実次は不特定多数の目撃情報に頼り、それを募った(それは米原実次に霊感が無いことも意味している)。

④は空想が捗る要素ではある。稲垣クシエの記憶をトレースし、生前に召していた服を再生の度に着替えているのかもしれない。だとすれば、出現場所もかつて思い出のあった場所とも想像できる。

⑤は③と同じく。声帯が無く、意識も希薄(後述)なので自ら言葉を発することが無いのだろう。


[Q.05] イシナガキクエは危険な怪異だったのか?

[A.05] ほぼ無害な存在だったが、米原実次と稲垣乙にとっては見過ごせなかった。

もしキクエが怨霊のような存在だったら。18年にも渡って呪いと祟りを無差別に振り撒いていたとしたら。その害意が都市伝説や怪談という形になって物語の舞台に残っているべきではないだろうか。しかしその痕跡は無く、番組スタッフもそれらしい話題を回収していない。
キクエは現世に焼き付いてしまった稲垣クシエの残像のようなモノなのだろう。目的も意思もなく、誰に気に留められることもなく、ただ独り彷徨い佇むだけの孤独な魂。早い話が放置しても実害も無いし、何なら長い歳月を費やして鎮めるには割に合わないような存在だったのかもしれない。
しかし、稲垣クシエは米原実次にとっての恋人であり、稲垣乙にとっては血を分けた姉妹である。その魂が野晒しにされているのを、二人が放置する理由は無かったはずだ。


[Q.06] 何のためにイシナガキクエの捜索願を出したのか?

[A.06] 警察の力を利用して目撃情報を集めるため。

55年前のイシナガキクエ失踪(=稲垣クシエの死亡)直後、米原実次が警察に捜索願を出したことは本編でも明言されている。一体、何のためだろうか。
もしこれが受理されれば、警察の捜査が始まるだろう。脚と耳でイシナガキクエの目撃情報を募り、場合によってはビラやポスターなども貼り出され、それが市井の目に触れることで更なる情報が集まる。当時はインターネットなど存在せず、テレビに関してもカラーテレビの普及率が30%程度だった時代である。そんな折、米原実次は即時性と影響力のあるメディアとして警察(の捜査網)を選び、キクエ探しの片棒を担がせたのではないか。


[Q.07]  イシナガキクエの捜索願は受理されたのか?

[A.07]  稲垣クシエの捜索願を受理させたが、それによって稲垣クシエの死を隠蔽しなければならなくなった。

……とは言え、住所も無ければ戸籍も無いイシナガキクエは、言わば架空に等しい存在である。その失踪届を通すほど警察の目が節穴ではない事くらい、さすがに米原実次も判っていたはずだ。
恐らくキクエではなく、稲垣クシエの捜索願を出したのではないかと思われる。だが、死んだ人間の失踪届こそ通るはずがない。そこで米原たちは稲垣クシエの死を隠蔽し、失踪した事にしたのである。
かくして、彼女の遺体は秘かに荼毘に付された。存在してはならない遺骨を納めた骨壺は稲垣・米原どちらの家の墓に入ることもなかった。米原実次はかつての恋人の遺灰を生涯、ひた隠すしかなかったのである。


(その2)へ続く。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?