今こそ意識革命!「マイク」との豊かなお付き合い。
声の仕事のパートナーである、マイク。
主な種類は「ダイナミックマイク」と「コンデンサーマイク」の2つ。その値段は数千円から百万円超えとかなり幅が広い。宅録業務の兼ね合いから自宅にマイクを備えているナレーターも多いだろう。
さて突然だが、ここで◯×クイズ。この中に○はいくつあるだろうか。
1)ダイナミックマイクよりコンデンサーマイクの方が上
2)マイク1本あれば宅録は事足りる
3)無線マイク・USBマイク・スマートフォンで録っても、音質に問題はない
4)梅雨の時期にマイクを出しっぱなしにしておくとカビて使えなくなる
5)コンデンサーマイクは、クローゼット等の狭い空間で使った方がいい
・・・なんと答えは、全て×。SNSではよく聞く通説でも、実は意外と間違っていることがある。中にはスタジオ収録にマイクを持参するナレーターもいるが、喋り手全体としてのマイクへの意識や理解度はあまり高くない。発信者側が気づかないうちに誤情報を拡散するケースもあるだろう。
しかしマイクの正しい知識があれば、普段からもっと良い音質で収録できるだけでなく、表現の幅を広げてくれるサポーターとして頼ることもできるのだ。
今回はマイク技術者の池田達也さんに、マイクの基本構造や扱う注意点、そして「表現」をより高めるための方法を伺った。中には専門単語が登場するが、読み飛ばしても大丈夫。最後まで読めば、マイクとの付き合い方が大きく変わるはずだ。
池田さんのプロフィールを教えてください
私がマイクに興味を持ったきっかけは、大学時代のアカペラサークルでした。ライブや練習でマイクを使って歌っていたので、マイクに親しみを覚え、卒業研究ではロボットが騒音環境下でも目的の話者の声だけを聴き取れるように、マイクの指向性をコントロールする技術を研究したくらいです。そこでさらにマイクへの興味がわき、音響機器メーカーである「オーディオテクニカ」に入社を決めました。
そもそも日本でマイクを中身から筐体(外側)まで全て丸ごと作っている会社はかなり限られており、恐らく国内で5、6社くらいだと思います。日本だけに限らず世界全体としても同じで、他社からカプセルを買ってきて乗せているだけだったり、逆にカプセルしか作れなかったり、丸ごと他社に設計&製造してもらいロゴだけ付けているところが案外多いです。だから技術者の数も多くはなく、一人で丸ごと新規設計して形にできる人は実は日本には10人もいないのではないでしょうか。
マイクの基本構造は100年くらい前から変化していません。音波という空気の振動をキャッチし、ダイアフラム(振動板)の機械振動に変え、さらに電気信号に変えるという、ただそれだけ。簡単な仕組みなので、有名マイクの模倣品として粗雑な作りのマイクが市場に出ることもあります。逆に簡単な仕組みだからこそ奥が深く、ほんの少しの構造の差が音質に大きな差を生むという面もあります。シンプルな構造の中でいかに工夫して高い性能を出せるかは設計者の腕次第です。
オーディオテクニカには13年間在籍し、2021年5月に独立して「横浜マイクロホン」を立ち上げました。独立してからはマイクを使う人たちに寄り添い、特に歌う人が気持ちよく歌えるマイク作りを心がけています。自分が歌う人間だったので、歌いやすいかどうかをメインに作りたかったんです。そんな自分の願望をカタチにできるのは、1人で作る強みかもしれません。
基本的なマイクの種類を教えてください
代表的なのは「ダイナミックマイク」「コンデンサーマイク」の2種類ですが、この二つは全く別の動作方式なだけで上下関係はありません。電磁誘導を使っているのか、静電容量変化を使っているのかという原理の違いですね。マイクは製品ごとの設計や収録環境や使い方、声質との相性によってかなり音が変わってくるので、買うだけで便利な「家電」というよりは、使う人によってパフォーマンスに差が出る「楽器」と思って扱ってほしいです。
また最近ではワイヤレス(無線)のマイクがかなり増えてきて、プロのライブでも使われるようになりました。しかしワイヤード(有線)のマイクは、時代を経てもなくならないでしょう。比較したら一瞬で全員が気づくほど、性能が全然違いますから。ワイヤレスマイクは、音を無線で伝送するときに帯域を狭くしたり、圧縮したり、電波に変調・復調したりする必要があるのですが、その過程で音がどうしても劣化してしまうからです。
ワイヤードマイクでもXLR接続ではなくUSB接続のものもありますが、USBでは電源がたった5Vしか貰えないため、性能に制限があります。なおXLR接続なら最大48V貰えますので、その差は歴然です。
他にも、スマホ内蔵マイクで収録するナレーターさんもいらっしゃるかもしれません。しかし、当然スマホには小さいサイズのマイクしか入れられないので、高い音や低い音が録りづらくなってしまいます。S/Nやダイナミックレンジも不利です。聞く人が聞いたらすぐに音質の違いに気づくはず。
(S/Nについて詳しくは池田さんの記事へ↓)
ダイナミックマイク(SHURE SM58)
ここではシュアーの「SM58」(通称ゴッパー、ゴッパチ)という、業界で最も有名なマイクの一つを例に挙げます。
ハンドヘルド(手で持って使うマイク)の場合は、金網や中のスポンジの部分は外せますし、洗うこともできます。
写真の丸く透明な樹脂の部分全てを「ダイアフラム」と言います。「振動板」とも呼ばれる、0.01~0.02mmくらいの薄い樹脂フィルムです。まるで人間の鼓膜のように、音を拾う役目を果たします。
ダイアフラムの下には導線を巻いた「ボイスコイル」が接着されており、これが磁石で作られた磁界の中を振動して発電します。ダイアフラムの直径や厚みや形状、ボイスコイルの直径や材質や巻数、磁石の強さなど、このカプセルをどう設計するかでメーカーごとに音の傾向に差が出ます。
コンデンサーマイク(audio-technica AT4040)
続いてはナレーターさんに愛用者が多い、オーディオテクニカの「AT4040」。コンデンサーマイクはダイナミックマイクに比べると感度が高いためS/N高く録音しやすいのですが、遠くの音も拾いやすい性質があり、狭い空間で使うと反響音が入るので注意が必要です。
また原理上、ダイナミックよりも低い周波数まで拾えるため、ポップノイズが入りやすいことにも注意してください。
左側の上部にある金色の丸い膜が「ダイアフラム」です。先ほどのダイナミックマイクとは全く違うことがお分かりいただけるかと思います。コンデンサーマイクのダイアフラムは、0.001~0.006mmくらいの薄い樹脂フィルムの表面に金を真空蒸着したものがほとんどです。(計測用など一部除く)
一番左にある「バックプレート」は音を通すために穴が空いた金属の板で、ここに成極電圧がかかります。中央の「スペーサー」はバックプレートと右の「ダイアフラム」の間に隙間を作るためのパーツ。ダイアフラムとバックプレートの絶縁も兼ねています。0.1~0.05mmくらいの薄さですが、その隙間でダイアフラムは振動します。かなり狭い隙間なので、ちょっとダイアフラムがたるむだけでバックプレートに接触してしまって、音が変わったり感度が変わってしまったりするんです。
先ほどのダイナミックでは「ダイアフラム」に「ボイスコイル(導線)」がくっついていました。たった数mgでも重りのようになるので、高い周波数だとダイアフラムが動きづらくなってしまいます。一方でこちらのコンデンサーは「ダイアフラム」に何も重りとなるものがくっついていません。そのため高域でもダイアフラムが動きやすく、また制御方式の違い(カーディオイドのダイナミックは抵抗制御+質量制御、カーディオイドのコンデンサーは弾性制御+抵抗制御だから)が、「コンデンサーは高域が綺麗」と言われる所以になります。
下部にある緑の基板には、「FET」「トランジスタ」「ダイオード」「抵抗」「アルミ電解コンデンサー」「タンタルコンデンサー」「フィルムコンデンサー」「セラミックコンデンサー」などが乗っています。“コンデンサー” というのは別にマイクの種類の名前ではなく、2枚の金属の間に静電容量を生み出す仕組み自体のことを指します。コンデンサーマイクの中にある回路基板は音質調整のためではなく、主にインピーダンス変換(出力インピーダンスを、受けの入力インピーダンスよりも十分下げること)のためにあります。
番外編:リボンマイク
他に「リボンマイク」という種類もあります。ダイナミックやコンデンサーと比べると少しだけ歴史が古いマイクです。
下部中央の「リボン」と呼ばれるアルミ箔が、ダイナミックでの「ダイアフラム」「ボイスコイル」両方の役目を果たし、音波を受けつつ電気も流します。リボンは約0.001~0.002mmという薄さなので、風に吹かれるとすぐに伸びてしまい、取り扱いに注意が必要なマイクです。
リボンマイクは需要や生産数が少ない分だけ価格帯が高めのものが多いですが、原理的に高域がフラットに録れる、低域が太くなる、などのメリットがあります。ダイナミックともコンデンサーとも違った音で録ることができます。
マイクの価格差は何が原因ですか
1番大きい要因は、生産数量の違いです。カレーも1人前作るのと4人前作るのとだったら、手間はほぼ一緒だからまとめて4人前作りたいじゃないですか。1人分だけ野菜を買うのはなかなか難しいけど、4人分野菜を買うのは簡単だし値段も割安になる。それと一緒です。マイクを100個作るのと1000個作るのって、結局同じような手間暇がかかるし、金型費のような初期投資は1台あたりの割り算になる。だから生産数が多いものほど安くなる傾向にあります。あとは特殊な材質や部品を使ったり、複雑な形状にしたり、マイクの直径が大きかったり全体の長さがあったりすると、価格差に影響します。
高いマイクと安いマイクは、大雑把に言えばほとんど同じ構造です。でも、細かい気配りが全然違っていて。目に見えるか見えないかの小さな穴や溝でも音質には意外と大きな影響があります。平らな面を平らに、丸いところを丸く、そんな当たり前なことも実は高い精度で加工しようと思うと難しいのでコストがかかるのです。材質や表面処理も案外音質に与える影響があります。なので高いマイクにはそれなりにこだわりが詰まっていることが多いです。
マイクにはウレタンスポンジがよく使われていますが、2〜3年で加水分解してダメになるものもあります。でも例えばそれが1万円のマイクだったら、買い換える前提で購入してもいいかもしれない。逆にウレタンスポンジの代わりに劣化しない材質で設計された30万円のマイクなら、30年使えて単純計算で年間1万円相当になるかもしれない。
「高いマイクを買っても劣化したら嫌だから買わないでおこう」というのは、あまり意味がない気が私はしていて。気に入ったマイクがあれば購入して使い倒すのがお得だと思うんです。大抵のマイクは余裕で20~30年持つと思いますから。もちろん高いマイクを買えという話ではなく、コストパフォーマンスは「パフォーマンス÷コスト」なので、安価な割に性能が高いマイクだけでなく、高価だけど性能も抜群に高いマイクもコスパが高いマイクだよ、という話です。
でも前提として、30万円のマイクを買ったからって、何も考えずにいい音で取れるわけじゃありません。ちゃんとセッティングする位置とか、距離とか、角度とか、繋ぐ機材をどうするかとか。そういうのも含めて全体で、自分が使いこなせるところまでセットできて初めて「いい音で録れる」状態になります。
マイクはあくまでも道具。声を録るための楽器です。だから安いマイクでも上手く使いこなすことができれば、ある程度のレベルまでは問題なくパフォーマンスを発揮できると思います。逆に高いマイクでも使い方が悪ければ、宝の持ち腐れになる可能性もあります。
マイク取扱時の注意点を教えてください
SNS等で「梅雨の湿気のせいでマイクが壊れた」などのコメントを目にすることがあります。確かにコンデンサーマイクだとダイアフラムとバックプレートの隙間がとても狭いので、そこに水分が入るとショートしてしまい、漏れている電流分だけノイズとして聞こえることはあります。また基板上の電子部品でも同様のことが起きる可能性はあります。
ですが、乾燥すれば元に戻るはずです。別に壊れるわけではなく、一時的な現象です。もし完全にショートして電子部品が壊れるほど濡れるのであれば、マイク以外の機材は大丈夫なんでしょうか?マイクがカビるのであれば、同じ空間にある機材や部屋自体もカビてしまうのではないでしょうか?
同じ理屈で、結露もマイクの自己雑音上昇の原因になりがちです。冬場寒いところに保管していたマイクを温かい部屋の中に入れたりすると、結露が発生してカプセルや基板で一部ショートが起こってノイズになります。これも一時的なものですが、10~20℃くらい温度差が発生してしまう場合は少し時間を置いてから使うと良いと思います。
それから、筐体などが錆びて、ブツブツと錆びが出てくることはあります。唾や汗などの目に見える水分だけでなく、室内に置いているだけでも空気中の水分が原因で錆びることもありますが、マイクは金属製品なのである程度の錆びは避けて通れません。先ほどの水分による自己雑音の上昇とは違い、一度錆びたら戻りません。
なので使わないときはデシケーター(防湿庫)に入れた方が色々な面から考えて無難ですが、入れないとすぐ壊れるというものでもないと考えています。
あとは、ファントム電源はOFFの状態でケーブルの着脱を行なってください。ファントム電源ONのままケーブルを着脱しても100%壊れるわけではありませんが、100%壊れないというわけでもありません。OFFにできるならOFFにするのが安全です。
マイクは落とすと壊れます。音が出るか出ないかとは別で、多かれ少なかれ壊れます。絶対に落とさないでください。ダイナミックでもコンデンサーでもリボンでも。
ナレーター向けのマイクはありますか
1本だけ持つなら個人的には、あまりピークディップ(周波数応答の山や谷)がない方がいいと思います。どこか特定の帯域が盛り上がっていると、喋ったときに癖が出るというか。「ちょっとキンキンしてる/モコモコしてるな」みたいなのが、聞いていると気になることがあります。
だからやっぱり、癖の少ないマイクがいいかも。そういった意味ではAT4040が宅録ナレーターさんに人気なのは納得です。なるべく癖なくスッキリさせて録って、あとはいかようにでも後段で色付けできるようにしてあげた方が表現の幅が広がると思います。
また宅録で使うのであれば、コンデンサーだと部屋の反響音が入りやすいので、ダイナミックの方が扱いやすいと思います。周りの余計な雑音も入りづらいですし。ただダイナミックを使うなら、マイクと口の位置を数cmまで近づけたい。でもそれだとナレーターさんとしてはマイクが邪魔になってちょっと原稿が読みづらいので、コンデンサーを使う方が多いのでしょうね。
どんなマイクにもメリットデメリットがあるので、ご自分の声質や環境によって、相性の良いマイクを見極める必要があります。
ナレーターは、マイクとの付き合い方をどんな風に考えれば良いでしょうか
声色だけを使って求められる表現に到達できればベストだとは思いますが、「さっぱりした声」「前に出た声」などはマイクの性能でサポートできる部分です。大工さんが大工道具をたくさん持って使い分けるように、マイクをその場その場で選択するならば出来る表現が増えるはず。マイク1個あればなんでも出来るんだ、と思ってしまうと、案外限界がある気がします。
手元に2つ3つ種類があって、「今日はこういうナレーションだからこのマイクにしよう」と使い分けられる方が、クオリティが上がりやすいんじゃないかなと思います。マイクごとに特性が全然違いますから。マイクを差し替えて試すことはそれほど手間にならないはずなので、目的に合ったマイクを選んで使えばいいのではないでしょうか。
せめてダイナミックを1個、コンデンサーを1個それぞれ持っていると幅が広がっておもしろいんじゃないかなと、勝手に思っています。万が一どちらかが故障したときのバックアップにもなりますし。
マイクの技術者が1人前になるまでには10年かかると言われています。ナレーターさんがマイクについて10年勉強する必要はないと思うのですが、分からない状態を放置していたらずっとそのままになってしまうので、ちょっとした音響工学の知識を一つずつでも知ることで、次のステップへ進めるのではないかと思います。
マイクへの理解が深まれば、ナレーションのクオリティもきっと上がるはずです。
「マイクは私の声を表現するための楽器だ!」と思って、上手く使ってもらえるとマイク設計者としては嬉しい限りです。
「横浜マイクロホン」代表・池田達也(いけだ・たつや)
1985年生まれ。2008年に株式会社オーディオテクニカに入社後、マイクロホンの設計開発に従事。13年間で約250機種を試作し、約60機種を商品化。2021年に健康上の理由で退職し、横浜マイクロホンを開業。音響設計・電気設計・機械設計という3分野にまたがる設計ができる、日本では数少ないマイクロホン設計者。Twitterではマイク利用者の疑問や課題を解決する簡単なアドバイスを発信。何かあればメーカー問わず、まずは気軽にご相談を!
○公式note:「横浜マイクロホン」
○公式HP:「Yokohama Microphone 横浜マイクロホン」
○Twitter:@1keda_ta2ya
ライター・日良方かな(ひらかた・かな)
都内FMラジオ局&Voicy「毎日新聞ニュース」パーソナリティー。ナレーターとして自宅に「だんぼっち」改造の録音ブースを完備し宅録にも対応。だんぼっち組立の様子をブログにしたところGoogle検索「だんぼっち 照明」で1位を連続獲得。「ハンドメイド」に特化したポッドキャストを毎月配信中!
○ホームページ:「ナレーター 日良方かな」
○Twitter:@hirakata_kana
○ポッドキャスト:「日良方かなのハンドメイド工房」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?