テレビディレクターが求めるナレーターの発信力と表現力
意外にも、テレビディレクターの小野寺誠さんはボイスサンプルを日常的に聴いている。「全然サンプルを聞かないディレクターもいますよ。でも僕はフリーなので、武器を多く持っていたいんです。相手がキャスティングで困っていたらすぐに提案をしたいので。」
こちらの記事にご登場頂いた阿部雄太さんのようなMAミキサー、照明、演者、カメラマンなど、多くのプロフェッショナルで成り立つのがテレビ番組。その全てを束ね指示を出すのが「ディレクター」だ。今回はフリーディレクターとして数多の番組に携わる小野寺さんに、ナレーターに求める発信力と表現力を率直にお話し頂いた。
これまでのご経歴を教えて下さい
岩手県盛岡市出身です。高3の時に「夕やけニャンニャン」を見て、秋元康さんになりたいと思いました。高校卒業後仙台市の専門学校へ進学し、そのまま仙台のケーブルテレビに就職。ちょうど開局の時期だったので映像制作だけでなく営業もすることになり「やりたいことと違うなあ」と感じ辞めました。
24歳頃、上京してフリーのままADを経験。その時「これこれ、これがやりたかった!目指す方向は合ってたな」と確信しました。初仕事はテレビ東京の競馬番組。学びは多かったんですが「この番組だけ作っていても微妙だな」と思いまた辞めて。そこから仙台で鍛えた営業力でしばらくADとして仕事を探しました。が、全然経験がなかったのでスポーツからバラエティから、すぐクビになりましたね(笑)
それで26歳頃に企業系CMやVP(ビデオパッケージ)を作る小さい会社にADとして就職。そこで認められTV番組のコーナーディレクターを任されるまでになりました。28歳頃に社長と折り合いが悪くなり独立。そこから今まで25年間くらいフリーのディレクター”野良D”として、テレビやモーターショー、イベント映像のディレクションをしています。
30歳になり、NHK「ぴかいち倶楽部」(現「土曜スタジオパーク」)で初めてレギュラー番組を担当。広報系の生放送なのですが、これがめちゃくちゃ楽しかった!あとこの番組きっかけで頻繁に仕事が来るようになり、生活は安定しました。
フリーでお仕事をされていく中で、意識されることはありますか
何より数字(視聴率)。テレビ番組は毎分視聴率が分かるんですよ。フリーの人間は数字を取るために呼ばれてる。数字を取らないとディレクターとして生き残れないんですが、自分は制作会社の人より数字が取れるから使われ続けているんだと思います。
でも数字のために焦るという感覚はありません。その覚悟って当たり前のことなので。それよりも、高い視聴率は見た人が多いということなので「伝えたかったメッセージを少しでも受けとってくれたのかな」と喜ばしく思います。
ナレーターの方とはどんな場面で交流されますか
生放送や報道系は基本的にアナウンサーさんが読むので、ナレーターさんとは収録番組で関わることが多いです。AD時代には窪田等さんに可愛がってもらいました。NHKの生放送番組では鈴木麻里子さんともご一緒しました。
ドキュメンタリーはナレーター次第で視聴率が変わります。ニッチな世界で活躍する方を追う場合、ナレーターが誰なのかは数字に大きく影響する。なので最近はよく水樹奈々さんにお願いしています。知名度があると関係者みんながキャスティングに納得するから。もちろん声の印象は吟味しますが、番組が大きければ大きいほど知名度は重要です。
知名度のないナレーターが番組に関わる方法はありますか
キャスティングの最終判断はプロデューサーです。ですが稀にプロデューサーの繋がりで良いナレーターさんが見つからないと、ディレクターが声をかけた方に決まることもあります。僕の場合はお付き合いの深い順にお声がけしますね。
ただ、スタジオ収録で演者さんが映像を見てコメントするような番組ってありますよね。その段取りって、
出演者が見るための映像を作る
1を見た出演者のリアクションを収録する
1と2の映像を合わせて、番組の尺(放送時間)に収まるよう編集する
再編集した映像に合わせてナレーションを収録。最終的な整音後、完成
という流れです。この1の映像にもナレーションが必要で。ただし放送では使われないので、ある程度自由に若いAP(アシスタントプロデューサー)さんがキャスティングしています。本番ナレーターさんの事務所の若手や、APと付き合いのあるナレーターさんとか。そこで引っかかるとレギュラー番組のナレーターに昇進しすることも。なので、フリーとか知名度のない段階だったらそこが狙い目かな。
こっちはいい番組を作るために演者さんからいいリアクションを引き出したいんですよ。だからスタジオでしか流れない映像でも真剣につくる。でも本番を読むナレーターさんを何度も呼ぶお金はない。そういう場合に、スタジオでしか流れない映像でも良い仕上がりであれば助かります。
ナレーターのSNS発信についてどう思われますか
僕がフリーのディレクターやアイドルに伝えるのは「拡散までが仕事」。演者も制作も、ギャラをもらって終わりではありません。どんどん発信して拡散できる人が次の仕事に繋がっていく。
あの水樹奈々さんですら放送までに何回も番組のことを発信してくれました。オンエア日までブログで2回、ツイッターで4~5回くらい。発信をクセにしてると、担当した仕事を拡散するのが当たり前になってきます。そういう発信は制作の人はもちろんスポンサーや広告代理店も絶対チェックする。だからスタッフさんから何も言われなくても、
「ぜひたくさんの方に知って欲しいので、写真を撮ってもいいですか」
「情報解禁いつからですか」
「私でよかったら拡散させて下さい!」
など、積極的に声をかけてください。これを厚かましいとか生意気とか思う人はいません!うやむやになっちゃって言えずに時が経ち、次が来なかったら後悔しますよ。
今はSNSの時代です。ナレーターさんを含め、エンタメ業界でカメラより前の仕事をしてる人は自分を知ってもらわないと永久に仕事が来ません。知ってもらう努力を絶対サボっちゃダメ!僕もSNSきっかけでお仕事をもらったことはたくさんあります。SNSは自分を知ってもらうチャンスなんです。
僕がナレーションを聞いたとき大切にしてるのは、熱が声を通して伝わってくるかどうか。ほんとは内容を一番知っているディレクターがナレーションをするのが一番良いんですよ。だけど、声を使って届ける技術がない。だからナレーターさんに依存するんです。僕達の想いを感じて技術的に具現化してほしい。プラスその人のセンスが伝わると仲間にしたくなりますね。
現場で困る行動はありますか
収録番組のナレーションをお願いするときには事前に映像をお配りすることが多いです。が、たまに全く目を通さない方がいらっしゃるんですよね…。原因はネット環境が整ってなかったり、携帯の通信量が制限を超えて原稿のダウンロードが難しかったり。仕事をリスペクトしてないんじゃなくてITリテラシーが低いのが理由。それなら「先に言ってくれよ!」です(笑)
あっという間に修正するならば全く文句はないんですよ、でも、基本的に出来ないことは無理しない、取り繕わないで欲しい。チャンスを潰すことになりますから。収録の拘束時間やギャラ、原稿の形式、内容や映像確認のタイミング…自信のない人ほど条件を確認するべきです。スタジオは1秒単価でお金が発生します。とにかく現場で早く正確に録りたいので。
一方で「ありがたいな」と感じる行動はありますか
新人ディレクターはベテランのナレーターさんとペアになることが多いです。それはベテランの方が、正しい日本語を分かっているから。僕の場合は窪田等さんにものすごく助けられて。窪田さんは「僕は言葉のプロですから。間違った表現や伝わらない文章だと思えば指摘します」と言って下さいました。
今の時代テレビ以外でナレーションを収録する現場が増えましたよね。その時ディレクターが、経験が少なくノウハウを知らない場合や、原稿を推敲する時間がなくベストな言い回しを思いついていない場合も。
だからナレーターさんから日本語として正しい表現を提案してもらえると助かりますね。出来ればミスを指摘するだけでなく「こうしたらどうでしょう?」という代案までワンパックにして頂きたいです。
「売れるな」と感じるナレーターさんはどんな方でしょう
センスがあるな、すごいな、と感じるのは引き出しの多いナレーターさん。たくさん持ってると「売れるなあ」と思いますね。一言で言えば、表現力でしょうか。
ナレーターはあくまでフラットなポジション。個性を消すべきと思うかもしれませんが、僕からするとそれは古い。案件に寄せることは必要かもしれないけど、長く生き残るのであれば自分らしい個性やセンスをしっかり出して、視聴者へ我々の伝えたいメッセージを届けて欲しいです。
だからと言って変わったことをやってほしいわけじゃないんですよ。奇抜なナレーションが欲しければ芸人さんをお呼びするので。例えば悲しい内容だったら、悲しく、優しく、明るく落ち着いて、その中からどのトーンで読む?とか。トライした結果ナレーションは変わらなくても、読み手の情熱や感情をどう乗せるか試行錯誤する。映ってる人やモノに寄り添える読解力が個性だと思います。
最後にナレーターに伝えたいことを教えて下さい
伝えたいことはいっぱいあるんですけど、とにかく「続けられるのは才能」です!自信を持ってほしいな。あとはとにかく色々なことをやって、自分の「好き」をたくさん増やすといい。好きな人の声や表現を知って、その番組に関わってる人を調べ、情報を溜めていく。そうすると引き出しが増えます。それが自分のストロングポイントや専門性になって、未来につながる。
あとは家族を大切にして欲しい。空気に値段をつけて売るようなヤクザな商売だから、エンタメ業界にはつらくて大変なことがたくさんある。そこを無条件で応援してくれるのは家族です。だから頑張ってたら放っておかないし損得関係なく手を差し伸べてくれる。そんな自分の居場所や安心材料を持っておくことが余裕につながり、冒険ができるんだと思います。
僕はやりたいことをするまでに遠回りしてきた意識があるんです。遠回りしたおかげで得たものは多いけど、失ったものも多い。だから後進にはテレビ業界の見えないルールなんかをできるだけ伝えています。不安定なエンタメ業界を志望する人が減っている中で、目指してくれる人がいれば本当にありがたい。お金じゃなくやりがいを選んできた人たちにこそ、日々楽しく生きてほしいです。
映像ディレクター兼演劇プロデューサー・小野寺誠(おのでら・まこと)
1968年3月25日生。フリーのディレクター”野良D”としてNHK「最速に挑む!ホンダF1はなぜ勝てたのか」TBS『放送60周年記念特別番組 ものづくり 日本の奇跡 第2夜「和食」』を始めとしたテレビ番組のほか、YOUTUBE LIVE「職人徹底解剖」などを数多く担当。特にバラエティー、スポーツ、ライブ等の生放送番組やスタジオ収録番組のディレクションに定評がある。また、企業イベントやVP、CMなども数多く手がけているほか、アイドルのマネジメントも行う。
○Twitter:@media_mac
○ブログ:「モノづくりっていいね!」
ライター・日良方かな(ひらかたかな)
都内FMラジオ局&Voicy「毎日新聞ニュース」パーソナリティー。ナレーターとして自宅に「だんぼっち」改造の録音ブースを完備し宅録にも対応。だんぼっち組立の様子をブログにしたところGoogle検索「だんぼっち 照明」で1位を連続獲得中。「ハンドメイド」に特化したポッドキャストを開始予定。
○ホームページ:「宅録ナレーター 日良方かな」
○Youtubeチャンネル:「ひらがな?カタカナ?ひらかたカナ!チャンネル」
○Twitter:@hirakata_kana