テレビ整音のプロに聞く、一流ナレーターの流儀と覚悟。
テレビ番組の「音」を、普段どれだけ注意して聴いているだろう。バラエティ、ドキュメンタリー、ニュース、ドラマ・・・その全ての映像に、セリフやBGMなどの音全般を調整する「MA(マルチオーディオ)ミキサー」が存在する。そんな整音のプロは、テレビの構成要素の一つである「ナレーション」と、それを提供するナレーターのことをどんな風に捉えているのだろうか。
今回は主に地上波バラエティ番組を手掛けるMAミキサー・阿部雄太さんに「一流ナレーターの一流たる所以」、そして「一流を目指すナレーターの心構え」を伺った。
阿部さんのお仕事について教えてください
動画に入っているすべての音を整える”MA(マルチオーディオ)ミキサー”という仕事です。例えば演者さんのセリフのボリューム調整、聞こえなくてもいいノイズの除去、あとは効果音やBGMを加えて全体のバランスを調整したりもします。映像に音を補完し、作品として成立させる役割ですね。
整音時には自分の好みよりも、視聴者がどういう感情で見るか。そして撮った側がどう見てもらいたいかを一番に考えます。喋りが聞きたいのか?BGMで感情をブーストさせたいのか?ディレクターの想いも汲み取りつつ、音を通じて映像がいかに面白くなるかを考えてますね。
コロナが流行した2020年5~6月くらいから、Twitterでよく視聴者さんとコミュニケーションをとるようになりました。「MAミキサー」という職業を知ってもらいたかったし、直接視聴者の方の意見を吸い上げてみたかったんです。頂いた意見は結構選曲に反映されてますね。ちょっとした呟きをヒントにBGMの選曲に取り入れています。
普段ナレーターさんとはどんな関わりがありますか
ナレーション収録時にミキサーとしてレベル(ボリューム)調整をしたり、ナレーションを演者さんの声と一緒に編集したりします。自分の中で、ナレーターさんは芸能人と同じ立ち位置なんですよ。一線引いた外の世界にいるというか。そういうリスペクトもあって、基本的に喋るのは収録の前後くらいですね。
レギュラー番組でよく一緒になるのは「モニタリング」の垂木勉さん、平野義和さん、それから真地勇志さんです。平均して50~60代の方が多くて、若い世代だと有名で人気のある声優さんがバラエティのナレーターとして起用されるパターンが多いですね。比較的お付き合いの長いナレーターさんとはお食事に行ったり、プライベートな関わりが増えることもあります。
テレビのナレーターさんはどんな方が多い印象ですか
売れっ子ナレーターさんはみんな人当たりが良い、とにかく「いい人」です。スタッフにも声をかけて気にしてくれてますね。録り直しが増えても淡々とオーダーに応えて下さいます。一緒に映像を良くしようとしてくれる人柄が素晴らしくて、だからずっと売れ続けられるんだろうなと。
レギュラーのテレビ番組の収録とクライアントのいるCM収録とでは緊張感が全然違うんですけど、レギュラー収録でも毎回ちょっとした差し入れを持ってきてくれるナレーターさんもいますね。駅ビルに入ってるお店のシュークリームとかどら焼きとか、甘くて個包装のちょっといいお菓子が9割。残り1割は栄養ドリンクで、正直自分は食べるのに時間取られたくないのと徹夜が多いんで、こっちの方が嬉しいです(笑)
僕が会社員を辞めてからも大きいテレビ番組が続けられたのは、正直に仕事をしていたからだと思ってて。当たり前のことですけど間違ったら謝るとか、道理を通してたんです。ミキサーもナレーターさんも技術職とはいえ人間同士の仕事だから、客商売と一緒ですよね。お互いにいかに気持ちよく仕事できるかは大事だと思います。
「売れっ子」ナレーターさんたちはどうして売れ続けていると思いますか
人柄以外だと使われる理由としては「速さ」ですかね。番組作りにおいては速さが一番大事。
ナレーション原稿は大体当日渡し。読む前の下読みをするナレーターさんもいるんですけど、それがめちゃくちゃ早い!なのに重複表現の指摘や言い回しの提案なんかもして下さって。そのあと「じゃテスト本番でーす」で録って、一発テイクでOK。しかも尺ピッタリにハマってる、みたいな。で早く巻いた分、丁寧に読みたい箇所はちゃんと時間を使って「ここは大事なところなんで感情込めて読みます」とか提案してくれる。全ての作業に無駄がないんですよ。
あと映像を見ながらディレクターと話す中で、ナレーションで狙いたいキーとかテンポの帯域があるんです。プロはそこにドンピシャで当ててくる。声が有名だからスタッフ側に共通認識が出来てるっていうのもあるかもですけど、欲しい場所にストライクを投げてくれるんですよね。イメージ通りにバツっとくる。
漢字の読み方やイントネーションに詳しい、滑舌が良いとか、ベースのスキルが高いのは大前提ですよね。収録してるこっち側は正直ずっと集中してナレーションを聴けるわけじゃないので、言い間違いが無いのはめちゃくちゃ助かりますね。ミスが続くと「またかい!」とどうしても思っちゃうので(笑)
Webメディア制作ではどんなナレーターさんと関わりますか
テレビの制作会社がWebコンテンツを作るパターンって結構あるんですが、その時もいつも関わってる有名ナレーターさんや事務所さんにお願いすることが多い印象ですね。若い人を起用する時も事務所のつながりで依頼することはよくあります。例えば有名ナレーターのマネージャーさんに「〇〇さんみたいな若手いないですか?」とか。
忙しい制作側は探すことに注力する時間がないので、ボイスサンプルを一個一個聴くのは珍しいことだと思います。大体が顔見知りのマネージャーさんに聞いてみてるんじゃないかな。なので大きい番組をやってるベテランがいる事務所の若手ナレーターさんはチャンスが多いはずです。
どうしたら制作側から選ばれるナレーターになれますか
よっぽど自分を見つけてもらう作業に専念するしかないと思いますね。スキルはもちろん、どうコネクションや繋がりを作れるか。SNSをチェックしてる制作会社さんは多いので、動画や1つのコンテンツとして目立つしかないんじゃないですか。
具体的には、ナレーターのおかけんさん(岡田健志さん)なんかは本当に読んでる瞬間とかを見せてもらえたりするのでリアルですよね。ライブ感のある動画だと、しっかり読めるのか、尺に収められるのか、声が聞きやすいのかをイメージしやすいんです。ボイスサンプルだと誤魔化せたりするからどこまで能力があるのか分かりづらいんですよ。
知り合いのバイクが趣味のナレーターさんはバイク関連の投稿や仲間をSNSにアップしてて、それを使ってバイク映像の制作会社に営業かけてましたね。好きなものに取り組むほうが絶対ナレーターさんも制作側も楽しいじゃないですか。好きなジャンルを絞ってターゲットを決めて、発信したり営業かけたりしたら展開が広がると思います。
「宅録ナレーター」が納品時に注意すべきことはありますか
まずディレクターがいる場合は、一切手を加えないこと。ファイルのタイトルやトラックを分かりやすくするだけで良いです。リップ音やブレスなどのノイズを切らない。ノイズを消すのは簡単だけど戻せないので。
ディレクターやミキサーがいない場合は、整音を全部やったほうがいいですよね!ちゃんとノイズ処理やイコライザー、コンプレッサー機材を駆使する。「やり方わかんない」のまま自信なく提出する状態が一番ダメですよ。コンテンツに一番合って視聴者が聞きやすいナレーションを作るべきで、そこに行く過程をサボるな!と。強めに言うと(笑)宅録やるなら、ちゃんと勉強すべき。出来ることから手放していくのは簡単ですから。
聞きやすいナレーションは世に出ると自分の商品になります。消費者は聞き流しても、クライアント目線だとナレーションに気が付く。自分の実績を全部大事にして、次の仕事を呼び込んでくる手段になるよう最大限活かすべきです。納品した時、ディレクターやクライアントが一番楽な状態にしてあげるといいんじゃないですかね。
阿部さんがボイスサンプルを収録される際は、どんな点をアドバイスされますか
南麻布に僕の運営するスタジオ「MAスタジオMal」があります。ボイスサンプル収録時は大きい事務所だと担当ディレクターがついて来て指示を出すんですけど、そうじゃないナレーターさんの場合は僕がアドバイスすることもあります。
若いナレーターさんによく感じるのは、読みのバリエーションが少ないことですかね。例えば、CM、ドキュメンタリー、アフレコと3つ読んでも違いがない。声を張ってる、張ってないの差とかは若干あっても、全部喋ってるのが同じ人というか。
なので色んな声色を出して幅を見せてもらうようアドバイスしますね。「もっと感情込めてみて」「キーを一個あげてみて」「ささやいてみて」とか。今までないような読み方をしてから、一緒に聴き比べてみてベストを見つけます。
最後に、阿部さんがナレーターへ伝えたいことを教えて下さい
僕にとってナレーターさんはみんな芸能人なんですよ!唯一無二なんです。数ある職業のほとんどって代わりがいますけど、ナレーターさんはその人がいないと作品が成立しないじゃないですか。だからどのナレーターさんも、実績に関係なくもっと自信持ってほしいんですよね!
レッスンや収録でダメ出しされることや、他の人と比べて落ち込むこともあると思うんですよ。でも、それはその世界のことでしかない。あなたの声は他の誰にも真似できない声。比べる必要って無いです。目標や憧れはあってもいいと思うんですけど、健康的に仕事をしてほしいんですよね。
努力してる人に限りますけど、結果が出ない場合は市場が違うだけだと思うんです。例えば国内じゃなくて、海外のサイトでニーズがあるのかもしれない。知識がなければ世界が狭まります。情報収集力や発信力があればいろんな場所を見つけられて、その中には居心地の良い場所が絶対あります。もしかしたら整音やSNSとセットにしたナレーションが求められるかもしれないけど、見つけてもらえる表面積が増えるようもっと発信してほしいです!
あと個人的には、SNSで繋がってるけどまだ対面してない人と会ってみたいですね。スタジオに遊びに来てほしいし、一緒に仕事してみたいな。僕を含めSNSに業種や職業を書いてる人は業界を盛り上げたいと思ってるはずなので、ガンガン聞いて絡んでほしいです。
MA(マルチオーディオ)ミキサー・阿部雄太(あべ・ゆうた)
1983年9月25日生。MAL(マル)代表取締役社長。2004年ポストプロダクション(制作会社が音や映像の編集を委託する会社)「IMAGICA」入社。フジテレビ「IPPONグランプリ」等を手掛け、2012年独立。2021年8月に法人「MAL」を立ち上げ、現在はTBS「人間観察モニタリング」フジテレビ「VS魂」など数多くのテレビ番組を手掛ける。人生のモテ期はファンクラブが結成された中学一年生の時。
○note:yuta
○スタジオ:MaスタジオMal
○Twitter:@abeyuta_mal
※毎週土曜10時からTwitterスペースにて渡邊雅文さんと「音屋の話」開催中
ライター・日良方かな(ひらかたかな)
FMラジオ局の現役社員兼パーソナリティー。毎週生放送番組を担当するほか、自宅に「だんぼっち」を完備し宅録ナレーションにも対応。だんぼっち組立の様子をブログにしたところGoogle検索「だんぼっち 照明」で1位を獲得。「ナレーターライター」として文字を読んだり書いたりして活動中。
○ホームページ:「宅録ナレーター 日良方かな」
○Youtubeチャンネル:「ひらがな?カタカナ?ひらかたカナ!チャンネル」
○Twitter:@hirakata_kana
これからも「HITOCOE」ではナレーターに特化した読み応えのある記事を連載予定です。刺さった記事があれば、ぜひスキやフォローのご登録を頂けるとうれしいです。サポートを頂ければ編集チーム一同スタンディングオベーションで喜びます!