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【実話怪談】想い出のボールペン

河村さんには中学生の頃、大切にしているボールペンがあったという。

それは従姉の美咲さんから入学記念に贈られたものだった。中坊には不似合いな数万円もするブランド品で、母親が恐縮していたことを覚えている。
「もう大人なんだから、こういうものも持ってないとね」と言って頭を撫でられ、照れくさいような誇らしいような気分になったものだ。
美咲さんは隣町に住んでいて、よく河村さんの家に遊びに来ていた。宿題を教えてくれたり映画に連れて行ってもらったり……大好きなお姉さんだった。
彼女も同じ年に高校を卒業し、親元を離れて東京の大学へ進学した。忙しいのか実家にも戻っていないらしく、河村さんももう二年ほど会っていなかった。

ある日、そんな贈り物のボールペンを河村さんは失くしてしまった。塾で模試の申込書を書く時に使ったところまでは覚えていたが、どこで落としたのか記憶がなかった。
帰宅してからペンがないと気づき、塾と警察に電話したが落とし物の届けはないと言われてしまった。
翌日、消沈しながら塾に行くと、隣の席の男子生徒がよく似たボールペンを使っていた。
いや……同じブランド、同じ色どころか、落としてつけてしまった傷の場所まで同じ気がする。もしかして、こいつに盗まれたのか?
「ねえ、そのペンどうしたの?」内心、憤りを感じながら河村さんは声をかけた。
隣の生徒はきょとんとした顔をして言った。
「これ? 従姉のねえちゃんから入学祝いでもらって、もう二年も使ってるやつだけど」
従姉。入学祝い。まるきり、河村さんと同じだった。
からかわれているのかと思ったが、相手は本当に戸惑っているように見えた。それ以上何も言えず、「そっか」と頷いて取り繕った。
モヤモヤした思いのまま帰宅すると、母親から尋ねられた。
「落し物は見つかった? ていうか、何を失くしたの?」
美咲ねえちゃんからもらったボールペンがさ、と言いかけた河村さんを、母は不思議そうに見やる。
「美咲ねえちゃん、ってだあれ?」
それで本当に訳が分からなくなった。
「何言ってんだよ、美咲ねえちゃんだよ。○○おじさんとこの娘の、よくウチに遊びに来てた」
「やあね、○○さんちに娘さんなんていないじゃない」
夜になって帰ってきた父も、美咲さんのことを覚えていなかった。それどころか、家じゅうを探しても、あんなに一緒にあちこちに遊びに行った美咲さんの写真は一枚もなかった。
ふと、河村さんは数か月前にクラスの女子から「そのペン、私のじゃない?」と声をかけられたことを思い出した。

……本当は僕はいつから、あのボールペンを持っていたんだ?

河村さんは、ペンを探すのをやめたという。

「今でもあのボールペンは、『優しい従姉』の記憶とともに色んな人の手を渡ってるんじゃないかな、って思うんですよね」
河村さんはそう結んだ。

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