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【実話怪談】黒い家の扉

小学生の頃、通学路上にある廃墟で変な体験をした。

大通りがぶつかる四つ辻の一角、店でも出せば流行りそうな場所なのに、その廃墟はいつまでも取り壊しも改修もされないままだった。飾り気のない直方体の二階屋で、外壁は黒く塗られていた。
ある日の帰り道、なぜだか無性に、その黒い廃墟に入ってみたくなった。一階のドアは板で塞がれていたが、「二階から入れる」……なぜかそう確信していた。側面の外階段は、おざなりにロープが張られているだけだ。
階段を上った先のドアは、やはり封鎖も施錠もされていなかった。ノブを回すとキィ、と軋んで開いた。
かび臭い匂いが鼻をつく。そこは左右に伸びる通路で、目の前に二つ、黒いドアが並んでいた。それぞれ白いペンキのようなもので「右」「左」と大きく書かれている。
それだけでも変なのだが、なぜか「右」の字は左のドアに、「左」は右のドアに書かれていた。
間違ってるじゃん、と心の中で突っ込み、そして何の気なしに……本当にただなんとなく、左側の「右」のドアを開け、真っ暗な中を覗き込んだ。
――はずだったのに、気が付くと草がぼうぼうに茂った、廃墟の前庭に立っていた。振り返って初めて思い出した。この建物の外階段は、上半分が崩落してしまっていて上れなくなっていることに。
何が何だか分からなくなり、怖くなって家へ駆けだした。
それから、学校の行き帰りには廃墟の前を通らないようにしていたのだが、気づけばいつの間にか更地になっていた。

……という、ほぼ同じ筋の体験談を、Kさんは今まで四人から聞いたことがあるそうだ。
年齢も出身地も違うので同じ家のはずはないし、互いに面識があって誰かが言い始めた話を広めているとも思えない。
Kさんの地元は横浜だ。中学時代に最初にこの話をしてくれた同級生は新潟からの転校生で、高校の時に聞いた国語教師は北海道生まれ。大学時代には福岡出身のサークルの先輩と、生まれも育ちも東京だというバイト先の店長から聞いた。
だが、「交差点の黒い廃墟」「壊れているはずの外階段」「右に『左』、左に『右』と書かれたドア」といった細部まで一致している。三人目の先輩から聞いた時には、さすがに「有名な怪談なのか?」と思って後で検索してみたが、それらしい話は見つからなかった。
「色んな場所に現れては子供を誘う家……とかなんですかね?」Kさんはそんな風に締めくくった。

ところで、四人の体験者はみんな「右」のドアを選んでいて、まだ「左」のドアを開けたという話は聞いたことがないそうだ。

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