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【実話怪談】かりそめの家

『ちょっと様子を見てきてよ』

 電話で田舎の母から頼まれ、柊介さんは久しくたずねていない叔父――母の弟の武治さんの自宅を訪れた。

 二年前に妻子をいっぺんに亡くして以来、武治さんは経営していた設計事務所を畳み、家に籠りきりになっていた。柊介さんのお母さんは心配して月に一度は電話していたようだが、それもこの二か月ほど音信不通だったらしい。
 普通の死に方ではなかった。彼の奥さんは夫の暴力から逃れるため、ふたりの息子を連れて家を出て行き、その車がガードレールに突っ込んだのだ。「もう耐えられません」という書置きが遺されていたという。事故と処理されたが、心中を疑う声もあった。奥さんの遺族から「お前が殺したんだ」となじられ、葬儀にも参列できなかったと聞いた。

 だから正直、気が進まなかった。

 郊外の住宅地の一角。玄関先の立ち枯れた無残な花壇だけで、一目で住人の状況がわかる。
 にもかかわらず、門扉に手をかけたところで柊介さんは、庭の手入れに出ていたらしい隣家の中年女性からこんな風に訊ねられた。

「あら、**さんのお知り合い? ご主人、最近再婚されたの?」

 女性が言うには、一か月ほど前から武治さんの笑い声や、「おはよう」「行ってきます」「ただいま」といった明るい呼びかけの声が家から漏れ聞こえるようになったのだそうで、しかし同居している人間の姿は一度も見たことがないので気になっていたのだという。
「誰かと一緒に暮らしているような話は聞いてませんが……」
 柊介さんが答えると、女性は曖昧に笑って行ってしまった。

 ドアホンを鳴らしても武治さんの返事はなかったが、玄関の鍵は開いていた。
 一声かけて中に入る。生ゴミが腐ったような匂いが鼻についた。
 廊下にはゴミ袋や段ボール箱が積まれ、百貨店の内装などを手掛ける設計士だった武治さんこだわりの洒落た家だった面影はない。
 こわごわリビングに入り、柊介さんは絶句した。

 四人掛けのダイニングセット、食卓を囲むように三つの椅子にマネキンが座らされていた。
 大人の女性と、小学生くらいともっと小さい男の子がひとりずつ。

 女のマネキンが着ている服に見覚えがあった。何年か前の正月にこの家に来た時、武治さんの奥さんが着ていたものだ。
 ……死んだ家族に見立てて、その服を着せている?
 柊介さんはぞわっとした。彼のふたりの息子は確か、死んだとき十歳と四歳だったはず。そのくらいの年格好だ。
 食卓では三人分のステーキか何かの皿が腐敗していて、居間の白い壁には一面に、「おこらない」「なかよく」「わらってすごす」「たたかない」「こんどこそうまくやる」「いつもえがおで」……乱れたひらがなで、標語のようなものがマジックで殴り書きにされていた。
 いよいよまずいな。柊介さんは叔父を探すことにし、記憶を頼りに寝室に向かった。

 武治さんは居た。
 ベッドの手すりにかけた紐で首を吊り、床に伸びていた。

 寝室の壁には「まただめだった」と書いてあり、遺体はマジックを握りしめていた。死んでから、そう時間は経っていなさそうだった。
 驚きはなかった。当然の結果――そんな言葉が脳裏をよぎった。
 通報するためにポケットのスマホに手を伸ばした時だ。
 居間の方から女性と子供の――親子三人分の爆笑する声が響いたのを、柊介さんは聞いたという。

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