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【実話怪談】死道具の市

八代さんが住む市の産業会館では、二か月に一度、偶数月の第三土曜日にフリーマーケットが開かれる。骨董屋さんなどの業者が大きく出展したり、キッチンカーの出店があったりとお祭り感があって盛況だという。八代さんも毎回、楽しみにしていたそうだ。

その日も、特に当てもなくぶらぶら見て回っていると、一軒の店が目に留まった。
棚やらハンガーラックやら持ち込んでディスプレイにもこだわった「ガチ勢」の出展者が多い中で、ゴザを敷いて無造作に商品を置いているだけのその店は、かえって目立っていたという。
その「商品」も、いくらフリーマーケットと言っても……というモノばかりで、錆びた果物ナイフ、止まった腕時計、薄汚い小さなぬいぐるみ、片方だけのハイヒール、レンズが片方ない老眼鏡――ゴミ捨て場から拾ってきたようなガラクタが、値札もつけずに並んでいた。
出展者らしい老人が一人、パイプ椅子に腰かけて洋書を読んでいた。
八代さんは意外に思った。店はこんななのに、仕立ての良さそうなスーツを着て、髪に綺麗に櫛を通した上品な紳士だった。
老人は本を閉じ、八代さんに笑いかけた。
「何か、気になるものはありましたか?」
見られているのに気づいたらしい。八代さんは曖昧に首をかしげてみせた。
「これって、どういうお店なんですか?」
尋ねると、老人は薄く笑みを浮かべたまま、
「これはね、全部『人が自殺するのに使った道具』なんですよ」
からかわれているのかと思った。ナイフはともかく、腕時計やぬいぐるみや老眼鏡で死ねるものだろうか?
老人は、八代さんの疑問に先回りするように言った。
「相性が良いとね、道具が使い方を教えてくれるんです」
「……道具が、ですか?」
「ええ。それがその人にとって一番、気持ちが良い死に方なんですよ」
老人は目を細めた。どうも、身なりは良いが少しおかしい人らしい。
頭を下げて立ち去ろうとした……だが、なぜかゴザの上の赤いハイヒールが目についた。妙に気になって、手を伸ばしたいような気になる。
その瞬間、八代さんの頭の中に妙に鮮明な映像が流れ込んできたという。
ハイヒールを両手で掲げるように持ち、10センチはある尖ったカカトを左目に思いきり突き刺す。卵の黄身みたいに眼球が潰れ、そのままずぶずぶと脳を掻き回す。
目の奥に焼けるような痛みを覚え、八代さんはその場にうずくまった。

「お客様、大丈夫ですか?」
声をかけられ、八代さんは顔を上げた。会館の職員らしい女性が、心配そうに見下ろしている。
「ごめんなさい、ちょっと頭痛がして……」
手を借りて立ち上がり、そこで気づいた。店がない。目の前には白い壁があるだけだった。
どうやら立ち眩みを起こして、変な白昼夢を見ていたらしい。八代さんは苦笑した。
今日はもう帰ろう。女性に礼を言って会場を出ようとすると、呼び止められた。
「あの、こちらお客様のですよね?」

その手には、赤いハイヒールが握られていた。

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