未発売映画劇場「暴風仮面ウラカン・ラミレス」
先に「ミル・マスカラス/千の顔をもつ男」のDVDを入手した際、同じディスクにおさまっていたのが「El Misterio de Huracán Ramírez」と「El Hijo de Huracán Ramírez」という2本のルチャ映画(メキシコのプロレスラー〔ルチャドール〕を主人公にした映画)
ほお、ウラカン・ラミレスも、エル・サントやマスカラスと同じように映画に主演していたのか。あの華麗なる必殺技ウラカンラナ(超角度回転エビ固め)の開発者にして、かつて新日本プロレスに来日して藤波辰巳にも勝った、あの伝説的覆面レスラー、ウラカン・ラミレスの映画か、今度見てみよう……などと思っていたが、ちょっと調べてみて、それどころではないことがわかった。
この2本の映画は、いずれも1952年に作られた「Huracán Ramírez」という映画の続編だったのだ。ウラカン・ラミレスを主人公にしたシリーズは6本ほどあり、そのうちのシリーズ第2作と3作なのだ(それぞれ1962年と1966年の製作)
そして資料によると、この「Huracán Ramírez」こそが、その後陸続として作られたルチャ映画の第1号なのだそうだ。
へえ、そうなると見逃せない。
たしかに、私がずっとルチャ映画の開祖だと思っていたエル・サントの主演映画第1作は1958年の製作なのだから、間違いなくこちらが先だ。
では、その第1号とは、どんな映画なのか。さっそく見てみることにした。ただしスペイン語(字幕なし)なので、毎度のように、かなり推測が入っているのはご容赦。
タイトルからもおわかりのとおり、ずばり「ウラカン・ラミレス」そのものがテーマの映画だった(ちなみに「ウラカンHuracán」はハリケーンのこと)
映画が始まると、いきなり怪しげな賭博場(だか酒場だか) そこへ、窓ガラスをぶち破って飛びこんでくるのが、マントをひるがえした、マスク姿も凛々しいウラカン・ラミレスその人。寄ってたかってくる悪人ども(たぶん)をバッタバッタとなぎ倒す大立ち回りがタイトルバック。
その後、場面は一転して、ナイトクラブで歌う若者。どうやら歌手らしい。
さらに場面は変わって、えらく日常的なメキシコのご家庭へ。どう見てもデブ系の親父が、10歳くらいのこましゃくれた少女、その姉らしいティーンエイジャーの娘二人と丁々発止。そこへ帰宅したのは、さっきクラブで歌っていた長男くん。どうも父と息子は親子仲がうまくいってないらしく、末っ子の少女が仲をとりもったりして……なんだ、ほんわかファミリードラマじゃないか。
そう、この「Huracán Ramírez」は、のちの世のルチャ映画とはまったく趣きが違うのだ。
エル・サントやマスカラスのそれは、スーパーヒーローさながらに、人気レスラーがコスチュームのまま妖怪変化や極悪人と闘うというシロモノ。それに対して、この映画、まったくフツーの映画なのだ。
で、この父親がじつは人気レスラー。体型的にはそうは見えないが、古いプロレスファンはメキシコのブラソ・デ・プラタあたりを、最近のファンはDDTの伊橋剛太あたりを思い浮かべてほしい。
一家の家計は苦しく(けっこう立派な家に住んでいるのだが)、くだんの歌手の長男くんが秘かに覆面レスラーのウラカン・ラミレスになって家計を助けているのだが、父親はその正体が自分の息子とは知らずに、新興勢力のウラカン・ラミレスを嫌っていて……といったドラマがあり、最後にはいちおう悪徳プロモーターなどもからんだアクションシーンもある。
意外なまでに、フツーの映画だったルチャ映画第1号だが、じつはこの作品は映画史だけでなくプロレス史にも残るものだった。
ひとつは、この映画に登場した時点で、ウラカン・ラミレスなるレスラーは実在していなかったということ。
後発のエル・サント映画などは、先にリングで活躍していた人気レスラーのサントがいて、そのサントを映画に「移植」している。マスカラスなど後輩たちも同じだ。ところが、ウラカン・ラミレスは、まず映画のキャラクターとして生みだされたのだ。
映画では、ウラカン・ラミレスの正体である一家の長男くんをデヴィッド・シルヴァという俳優が演じているが、彼はレスラーでも何でもないメキシコ人の二枚目俳優。なので、映画のファイトシーンではエドゥアルド・ボナダという本職のプロレスラーがマスクをつけてウラカン・ラミレスを演じた。
めでたくこの映画は大ヒットし、そのため、じゃあウラカン・ラミレスを実際のリングに登場させようとしたわけで、ボナダがそのままウラカン・ラミレスに変身してファイトしたのだ。
フィクションの世界の人気キャラクターを、そのままリングに「移植」する。この手法はその後世界中のリングで行なわれてきた。日本でもコミックやアニメからタイガーマスクが登場し、またいまでは原作は忘れられつつあるが獣神サンダー・ライガーも健在である。彼らはある意味、ウラカン・ラミレスの後輩といえよう。
ところで、当初はウラカン・ラミレスに変身していたエドゥアルド・ボナダだが、覆面レスラーに嫌気がさしたのか、じきにウラカン・ラミレスを辞めてしまう。
そこで、ダニエル・ガルシア(兄弟や甥もレスラーというルチャ一族出身)が二代目ウラカン・ラミレスに起用される。
1962年の「El Misterio de Huracán Ramírez」以降の映画に主演し、芸術的必殺技ウラカンラナを開発し、日本にもやってきたウラカン・ラミレスは、このガルシアが変身した二代目なのである。
同じキャラクターの覆面レスラーを、代替わりして継続する。これもまた、タイガーマスクをはじめとする多くのレスラーが継承してきた手法だ。タイガーマスクも初代の佐山サトルが身を退いたあと、三沢光晴が引き継ぐなどし、現在新日本プロレスにいるタイガーマスクは4代目、タイガーマスクWは5代目に当たる。
というように、映画に、そしてプロレスそのものにも多くの大いなる遺産を残した伝説のルチャ映画「Huracán Ramírez」なのだが、ほかのルチャ映画同様、日本ではほとんど見られないまま今日に至っている。まあ今さら見たからといって、そうビックリするような映画でもないのだが。
しかし、この映画が作られた1952年というのは日本では昭和27年。開祖・力道山が日本で初のプロレス興行を行なうのは、これから2年後のことなのだ。まこと、ルチャリブレの歴史は奥が深い。
【関連項目】 未発売映画劇場「ミル・マスカラス/千の顔をもつ男」
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