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サイレンサー××部隊

007が大ブームの時代、それに追随するスパイ映画シリーズが次々と作られたが、大半はかなりいい加減なものだった。それはそれで面白いのだが。

そんな中でも比較的質が高く、人気も得ていたシリーズが3つあった。先にも紹介した「ナポレオン・ソロ」「電撃フリント」と並んでこの一角を占めたのが、マット・ヘルムを主人公とした通称「サイレンサー・シリーズ」

この3シリーズ、いずれも早川書房のポケミスから小説版が出ていて、私はずいぶん探してコレクションしたものだが、「ナポレオン・ソロ」と「電撃フリント」が映画が先にあるノヴェライゼーションだったのに対し、この「マット・ヘルム」だけは小説が先にある原作だった。アメリカでもベストセラーになっていた小説だったのだ。通称「アメリカ版ジェイムズ・ボンド」

第2次世界大戦中に活躍したスパイのマット・ヘルムは、戦後はスパイ業界から足を洗い家庭も持っていたのだが、とある事件でその家族を誘拐されたのをきっかけに、業界へ戻ることになり、冷戦下の世界で戦うことになる。その経緯を描いた第1作『誘拐部隊』がヒットし、以後は順調にシリーズを書き続けた。『誘拐部隊』は1960年の作品だから、1962年以降の007ブームよりも前に開始されていたわけだ。

この第1作のシリアスな展開からもわかるように、007にあるような派手な仕掛けだけでなく、主人公の内面を描くことにも筆が費やされ、マット・ヘルムは「思索するスパイ」などとも呼ばれるようになった。

もっとも、そうした面はまったく映画には活かされていない

1966年からスタートした映画版マット・ヘルム・シリーズは、ずっとお気楽に、スパイ映画のパロディものといってもいいほどコメディ色を強め、「思索する」なんてことはまったくなかった。まあマット・ヘルムを演じていたのがディーン・マーチンだからね。

ちなみに、ポケミスの小説版マット・ヘルムは第2作『破壊部隊』以後も『抹殺部隊』『沈黙部隊』『殺人部隊』『待伏部隊』と続いて「部隊シリーズ」と銘打たれていたのだが、映画化は第4作の『沈黙部隊』から。映画の邦題も、原作を多少は意識したのか「サイレンサー沈黙部隊」となった。

今見ると、いや昔私が見たときもそう思ったが、金をかけているわりにはやることがセコイ印象で、楽屋オチも多く、なんかあんまり上等な映画ではなかった感じがしたなぁ。ただ、「ナポレオン・ソロ」のロバート・ヴォーン&デビッド・マッカラムや、「電撃フリント」のジェームズ・コバーンにくらべると、当時のディーン・マーチンはずっとビッグネームだったので、映画会社は本気だったんだろう。

実際、映画はヒットしたと見え、その後も『殺人部隊』『待伏部隊』『破壊部隊』が順調に映画化された。

映画第1作は原作が『沈黙部隊』(原題 THE SILENCERS )だったからこそ「サイレンサー沈黙部隊」だったのだが、その後も委細かまわず「サイレンサー」を冠して「サイレンサー殺人部隊」(1966年)「サイレンサー待伏部隊」(1967年)「サイレンサー破壊部隊」(1968年)と、よく意味がわからない邦題になってしまった。ま、これはこれでカッコいいけど。

スパイ映画ブームも去ったので、けっきょくこの4作で「サイレンサー・シリーズ」は打ち止め。(今回調べてみて、その後1975年にアンソニー・フランサシオがマット・ヘルムに扮したTVシリーズ13話があることを初めて知った。日本未放送だが、見てみたい気もする)

ところで、原作のマット・ヘルム・シリーズを書いたのはドナルド・ハミルトン。ずいぶん後年になって、この著者がウェスタン映画の名作「大いなる西部」(1958年)の原作者と同一人物だったと知って、ちょっと驚いたものだ。マット・ヘルムのイメージとはずいぶん違うもんね。ハミルトン先生、マット・ヘルム・シリーズの前はウェスタン作家だったのだ(「大いなる西部」の原作 The Big Country は残念ながら未訳)

マット・ヘルム・シリーズの映画は4作で終わったが、原作小説はその後も続き、ポケミスでは『待伏部隊』以降も『忍者部隊』『掠奪部隊』『蹂躪部隊』『裏切部隊』『脅迫部隊』『侵略部隊』と、計12作が翻訳刊行された。懐かしいね。私は全部持ってます。最後のほうはよく覚えてないけど。

著者のドナルド・ハミルトンは2006年に死去した。すでに完全に過去の人と思っていたが、その時に調べたら、マット・ヘルム・シリーズは、実はその後もずっと続いていて、1993年のThe Damagersまで、総計27作も書かれていたことを知った。なんだ邦訳されたのは半分にも満たないんじゃないか。

そこで遅まきながらではあるが、せめてもの供養(笑)で、未訳の作品に部隊シリーズとしての邦題をつけてみた。内容はよく知らないので、適当だが、まあこんな感じだろう。もしもこれがポケミスに全部そろっていたら……まあ別にどうってことはないかな。

 『毒殺部隊』The Poisoners (1971)

 『陰謀部隊』The Intriguers (1973)

 『威嚇部隊』The Intimidators (1974)

 『終結部隊』The Terminators (1975)

 『復讐部隊』The Retaliators (1976)

 『恐怖部隊』The Terrorizers (1977)

 『報復部隊』The Revengers (1982)

 『粉砕部隊』The Annihilators (1983)

 『浸透部隊』The Infiltrators (1984)

 『起爆部隊』The Detonators (1985)

 『消滅部隊』The Vanishers (1986)

 『壊滅部隊』The Demolishers (1987)

 『恐喝部隊』The Frighteners (1989)

 『恫喝部隊』The Threateners (1992)

 『打倒部隊』The Damagers (1993)

いちおうプロとして言わせてもらえば、こうした「パターンががっちり決まったタイトル」っていうのはどんどん苦しくなるもので、仮に第27作まで邦訳されていたとしたら、タイトル付けは相当苦しかっただろうね。それも邦訳刊行打ち切りの遠因だったのか。まさか(笑)

ちなみに2002年には第28作 The Dominators が予定されていたようなので(未刊)ハミルトン本人は、まだまだ続けるつもりだったのだろう。さしずめ、この幻の最終作は『支配部隊』といったところか。

2000年代には「ナポレオン・ソロ」や「電撃フリント」と同様に、何度かリメイクの噂は出ていたマット・ヘルム・シリーズだが、その後も実現の動きはないようだ。誰かやってみないかね?

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