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未発売映画劇場「オーロラの向こう側」

今回の作品は「Solstorm」 北欧・スウェーデンの映画。2007年の作品でスウェーデンなどでは同年11月に公開されているが、海外ではスペインなど一部で公開されたのみのようである。アメリカでは2008年春にニューポート・ビーチ映画祭で、イギリスでは2021年になってから限定的に、公開されている。

タイトルは英語でいうと「Sunstorm」 太陽フレアからの大規模な磁気嵐のことで、さまざまな影響を地球上にも与えるという。そういえばSFの巨匠アーサー・C・クラークの小説にも同タイトルの作品がある(『太陽の盾』スティーヴン・バクスターと共著/中村融訳/早川書房刊)が、本作はこれとは関係ない。SFではなくミステリ作品である。

こちらは英語題

ストックホルムの法律事務所で働く弁護士のレベッカ・マーティンソンのもとに、ある夜ショッキングな電話が入る。彼女の故郷キールナに住むかつての親友サンナからで、サンナの弟で新興宗教教団の教祖をつとめるヴィクトール・ストランドゴードが殺害されたとの一報だった。サンナの懇願を受けて、レベッカは長年戻っていなかった故郷、北極圏の町キールナへ飛ぶ。だが親友と再会したのもつかのま、サンナはヴィクトール殺害の容疑で逮捕されてしまった。じつは自身も少女時代に教団に入信し、ヴィクトールと関係を持っていたレベッカは、事件から距離をおきたかったが、成り行きからやむなく、サンナの2人の娘の面倒を見つつ、彼女の弁護にあたる羽目になる。どうやら事件の背景には教団の内部事情がからむようだ。やがて、レベッカの調査が進むにつれ、彼女と2人の少女の身辺に危険が迫ってくる……。

舞台となるキールナは、北極圏に100キロ近く入った極北の町。なんでもオーロラがよく見られる地域とのことだが、とにかく極寒の地である。本作のほとんどの屋外シーンは雪と氷に閉ざされた白一色の背景であり、その厳しさがヒシヒシと伝わってくる。寒いのが苦手な人は心してみる必要があるかも。

この映画にはきちんとした原作小説がある。スウェーデンの女性作家オ―サ・ラーソンのデビュー作で、2003年に発表されるや高く評価されてスウェーデン推理作家アカデミーの最優秀新人賞を獲得し、英米など外国でも広く翻訳紹介された。日本でも2008年に早川書房から『オーロラの向こう側』の邦題で刊行されている(松下祥子訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)

日本でもゼロ年代後半にブームとなった北欧ミステリだが、この作品はその契機となった世界的ベストセラー『ミレニアム』(スティーグ・ラーソン)の邦訳刊行前に刊行されたために、残念ながらブームに乗りそこねた感がある。ちょうど日本での刊行時期にスウェーデンではこの映画が完成していたので、ちょっとタイミングが違えば日本でも人気作家となったかもしれない、惜しいことをしたものだ(同じファミリーネームだが、オ―サ・ラーソンとスティーグ・ラーソンは無関係だそうだ)

映画は原作を要領よくアダプトしており、小説のイメージを巧みに映像化することに成功している。事件を担当する妊娠中の女性警部など原作の傍役キャラクターもきちんと活かしている(演じるのはベテランのレナ・B・エリクソン) ベストセラー小説の映画化なので当然だろうが、あんがいこれが難しいのだ。

注目したいのは結末、つまり事件の真相が小説とは異なっていることだ。アガサ・クリスティーの作品などミステリ小説を映画化する際にはしばしば行なわれることで、映画屋さんの業みたいなものを感じるが、脚本には原作者のオ―サ・ラーソンの意見は反映されていたのだろうか(脚色はクラス・エイブラハムソン〔Klas Abrahamsson〕、監督はレイフ・リンドブロム〔Leif Lindblom〕ともに日本では未紹介のようだ)

ヒロインで探偵役のレベッカを演じたのはイザベラ・スコルプコ。上掲した写真をご覧いただければ、なんとなく見覚えのある人もあるだろう。

1970年ポーランド生まれで子供時代にスウェーデンに移住。17歳でデビューし、俳優、モデル、歌手として活躍。そして1995年に「007/ゴールデンアイ」で、ボンド役初登場のピアース・ブロスナンの相棒をつとめるボンドガールに抜擢されて、一気に国際的な脚光を浴びた。ロシアのコンピュータエンジニアを演じて好評を得、その後はハリウッドに進出し、「バーティカル・リミット」(2000年)や「エクソシスト/ビギニング」(2004年)などにも出演していたが、その彼女が故国に戻って出演した勝負作だったようだ。

なかなかの美形でしょ

原作でもそうだが、このヒロインのレベッカ、肉体的にも精神的にも、最後にはかなり酷い目に遭わされる。スコルプコ嬢、ボンドガールの際もけっこうハードなアクションに挑んでいたが、そうした役が得意なのかもしれない。

ちなみに、原作小説のほうはシリーズ化されて、現在までに5作が発表され、最初の3作までは邦訳もされている。原作シリーズのレベッカは、その後もどんどん酷い目に遭わされていくのだが、幸いにも(?)その後のシリーズ作品は引き続いて映画化されることはなかったようで、スコルプコ嬢も胸を撫で下ろしたことだろう。

と、思ったが今回調べてみると、このシリーズは10年後にTVシリーズになって復活していた。

2017年3月8日から、「Rebecka Martinsson」のタイトルで、スウェーデンのTV4で全8エピソードが放送されている。最初の2エピソードでは「Solstorm」を原作とし、イーダ・エングヴォル(Ida Engvoll)がレベッカを演じた。好評だったのだろう、2020年には第2シーズンが製作され、10エピソードが放送されているのだが、レベッカ役はサッシャ・ツァハリアス(Sascha Zacharias)に交代している。

シーズン1のエングヴォル嬢の他の作品は日本でもちょこっと見られるようだ

このシリーズは、アメリカはじめ各国でネット配信されているようなので、いずれ彼女たちの奮戦ぶりを日本でも見られる日が来るかもしれない。

北欧ミステリの魅力もミステリファンにはすっかり定着したようだし、ここらでオ―サ・ラーソンとレベッカ・マーティンソンにも再評価の光を当ててやりたいものだと、ちょっとばかり責任を感じている私は思うのだが。

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