見出し画像

未発売映画劇場「サント対暗黒女王」

サント映画完全チェックもいよいよファイナルカウントダウン。本作を含めて、残り3本(くらい)なのだ。

ところで、前回の最後でサントがちゃんと主演した映画はこれで最後かもとか書いたが、どうやら資料の間違いだったようで、今回の作品も間違いなくサントの主演映画ではあった。

ただし、だ。本欄はメキシコでの公開順に従っているのだが、必ずしもそれが製作順と一致するとは限らないし、諸事情によりメキシコ本国で公開しないまま海外での公開が先行した例もある。まあ順番がどうこう言うほど重大な問題ではないので、かまわないが。

さて、通算で第52弾にあたる今回の作品は、1982年12月にメキシコで公開された「El puño de la muerte」 英語題では「The Fist of Death」 つまり「死の拳」

次回作のタイトルが「La furia de los karatecas」つまり「空手家の怒り」なのと考えあわせると、世界中を席巻した香港のカンフーアクションがついにサント映画に取り入れられたのかと思う。「サント対ドラゴン」! おお、これは燃えるね!

なのだが、残念ながら、これはまったくの期待外れ。

たしかに中国らしき帝国からの使節団が出てきて重要な役割を果たすし、彼らのアクションはカンフーファイトめいた動きになっている。サントの戦いのリズムとは明らかに異質、キックを主体としたファイトなのだ。

ただブルース・リーやジャッキー・チェン、ジェット・リーらのカンフーを見慣れた目から見れば、まったくのヘナチョコカンフー。演じているのは東洋人系のようだが、ファイトの振りつけも、それを撮るカメラワークもまるでなってない。香港から武術指導者のひとりも呼べばよかったのに。

考えてみたら、「燃えよドラゴン」が大ヒットして世界中にカンフーアクション映画が溢れたのは、これよりも10年ほど前のこと。1982年にはもういいかげん使い古しのネタになっていたはずだが。

まぁそのへんにこだわらないのも、さすがはサント映画ってことか。

「サント対ドラゴン」こそ実現していないが、それでもこの作品は、サント映画の中ではけっこうな異色作になっている。

どこか遠方の異境の帝国、全宇宙のパワーをつかさどるパワーストーンをめぐり、双子姉妹の「白の女王」と「黒の女王」が対立している。白の女王の手からパワーストーンを奪った黒の女王は、続いてパワーストーンとともに生まれた神の子・ジャングルガールの誘拐を狙う。折からジャングルガールは東方の帝国の王子との婚約が調い、まもなく婚礼がおこなわれる予定だ。その前に彼女を手に入れたい黒の女王は魔術を駆使し、巨漢の子分を中心に攻め立ててくる。暗黒パワーを有する黒の女王の野望を止められるのは、唯一、銀色の仮面・サントだけだ……

これまでのサント映画は、いろいろツッコミどころはあるものの、それでも現実のメキシコと繋がっていた。そりゃそうだろう、なにしろサントは現実のメキシコに実在するプロレスラーなんだから。だからメキシコを離れた舞台が設定されても、そこは現実のメキシコとは地続きだった。

まぁ西部劇になったり中世の時代劇になっているものもあるにはあったが、それらは逆に現実のサントとは別物に設定されていた。

ところが今回のこの作品、舞台は明らかに異世界。なのにサントは現実のサントなのだ。こんな設定はこれまでのサント映画にはなかった、ような気がする。

右奥にフィッシュマンの雄姿が

映画の冒頭、現実世界のサントは何も知らずに、いつものように試合に臨んでいる(タッグのパートナーは、藤波や初代タイガーマスクとも対戦したフィッシュマンだったりする) ところが試合後、とつぜん何者かのテレパシーを受けたサントは、そのメッセージに従って、いつもの相棒マネージャーのクリフ(カルロス・スアレス)を引き連れて旅立つのである。行く先もよくわからぬまま、飛行機や車、ボートを次々と乗り継いで何処へか。サイコロこそ振らないが、これじゃまるで「水曜どうでしょう?」じゃないか……辿り着いた先が、白の女王の宮殿なのだ。

おお、これってまるで「異世界転生」じゃないか。サント映画の最終盤にきて、こんな手が使われるとは!

というわけで、サントが異界で奮闘するのが今回のメインなんだが、いやいやその舞台にたどり着くまでの道のりが長い、長すぎる。

その間に、ジャングルガール誘拐をめぐる両陣営の攻防が挟まるので、サントの影が必然的に薄くなる。急げサント、映画はどんどん進んじゃうぞ

で、ようやくサントが主舞台に立ったときには、もう映画の尺は半分以上消費しちゃってる。どうすんだよ。

当然のように、さっさと敵と対決してジャングルガールの誘拐を阻止し、事件はあっさりと決着がついちゃう。忙しいことこのうえないが、まぁそれでもこれで一件落着だ……

ところが最後の最後、敗北目前の黒の女王が気合い一発入れると、子分もろともパッと消えちゃうんである。

ええっ、逃げちゃった?

かくして、敵とのケリはつかず、中途半端のまま映画は終わる。おいおい、ちょっと待てよ。

この女王は、白黒どっちなんでしょう

タネを明かせば、じつは今回の作品は前後編の「前篇」なんである。

もちろん、次回作「La furia de los karatecas」が後編になるのだが、白黒の女王の両方を演じたグレース・レナト(Grace Renat)をはじめキャストも、監督のお馴染みアルフレド・クレベンナ(Alfredo B. Crevenna)らスタッフも、ずべてキャリーオーバーされている。実をいうと、公開日も2週間足らずしか違わない。最初から正続編というよりは、前後編だったんだろうな。

これまた新趣向。これまでのコンパクトなサント映画では考えられないボリュームになる。なにしろ両作あわせると3時間余もあるのだから。

なるほど、これなら長く続いたサント映画の最後を飾るにふさわしいと製作側が意気込んだのかどうかはわからないが、まぁ画期的ではあるよな。

というわけで、なんと本欄も、次回に続くのだ!

【前回】サント対死の商人

未発売映画劇場 目次

映画つれづれ 目次


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?