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史上最強の実業団横綱

前回「令和5年・初場所雑記」では時期尚早論を唱えましたが、もちろんそんなこととは関係なく、幕下全勝優勝を遂げた19歳の落合(宮城野部屋)は1月25日の番付編成会議でめでたく新十両への昇進が決まりました。

まずはおめでとう。でもここはゴールではないので、今後のさらなる活躍に期待します。とりあえずは、春場所の十両全勝優勝を目指してください。

その落合が、初土俵から所要1場所での十両昇進という史上初の快挙を実現できたのは、デビューが幕下15枚目格付け出しだったからですが、それもこれも彼が実業団横綱のタイトルを獲得したからですね。

落合は高校時代に高校横綱を2年連続獲得という大変な実績もあるのですが、現在の制度では、それだけでは付け出し資格にならないです。

以前にも書いたように、幕下15枚目格付け出しの資格を得るには、日本相撲選手権大会優勝(アマチュア横綱)、全国学生相撲選手権大会優勝(学生横綱)、全日本実業団相撲選手権大会優勝(実業団横綱)、国民体育大会相撲競技の成年男子優勝(国体横綱)のアマチュア相撲4大タイトルのどれかを獲得するのが必要なのです(アマチュア横綱にくわえて上記タイトルを一つ以上取れば幕下10枚目格付け出し、上記大会で8強以上に進出すれば三段目90枚目格付出の資格が得られます)

さて、そんな重要なタイトルである実業団横綱ですが、その実体は意外に知られていないようですね。

名称からもわかるように実業団横綱というのは、日本実業団相撲連盟が主催する全日本実業団相撲選手権大会の優勝者に贈られる称号のこと。平たくいえば、社会人の相撲選手権。

制定は意外と古くなくて1959年(昭和34年)から。関係ないけど、私と同い年。

初代の実業団横綱は住友金属小倉所属の坂元政美でした。大会は以後毎年開催されてきましたが、新型コロナ感染拡大の影響で2021年と2022年の大会は中止されたので、落合哲也は3年ぶりに誕生した第62代実業団横綱ということになるのです。

そうなると、過去の実業団横綱にはさぞ錚々たる名力士たちが名を連ねているかと思いきや、じつはこのタイトルを獲得して大相撲入りした例は非常に希少なのであります。

これまでに大相撲入りした実業団横綱が何人いたかというと……昭和の時代には、なんとゼロ。平成に入ってから、ようやく2003年(平成15年)の横山英希(高見藤)、2013年(平成25年)のアルタンホヤグ・イチンノロブ(逸ノ城)、2015年(平成27年)の坂元元規(大奄美)が大相撲入り。そして今回の落合が4人め。

なんと64年間で、たったの4人なのです。同じ時期の学生横綱が34人もプロ入りしているのとの差は歴然ですね。

考えてみれば、それも道理です。

そもそも実業団横綱は社会人の相撲大会の優勝者。つまり大会参加者は全員社会人で、すでに就職して給金を得ているのですから、学生さんとは違って裸一貫で大相撲の世界に飛び込むのはためらわれるでしょう。

さらに言えば、今でこそ高校卒、大学卒がめずらしくなくなった大相撲入りですが、かつてはそのほとんどが中学卒、中学在学中からの入門だったことを思えば、いくら実業団横綱を獲得したとはいえ、年齢的に躊躇するのも当然ですね。

そんななか、敢えて実業団横綱コースを選んだ落合のセンパイ3力士は、どんなメンツだったのでしょう。

史上初めて実業団横綱からプロ入りした高見藤は、東洋大学に在学時の2002年には学生横綱も獲得した逸材でしたが、大学卒業後すぐには入門せずに、岡山県和気町役場に就職(地元で開催される国体出場のためだったらしい)、しかしその翌年の2003年に実業団横綱を獲得したことでプロ入りに踏み切っています。いろいろあって残念ながら力士生活はわずかに3年、最高位は十両13枚目(1場所だけ)でした。

2010年にモンゴルから来日して鳥取城北高校に入学した逸ノ城は、日本語習得のため卒業後にすぐ入門はせず、母校のコーチをしながら鳥取県体育協会に所属し、2013年に実業団横綱を獲得して幕下15枚目格付け出しの資格を得てから入門。幕下付け出しからのスピード出世記録をことごとく塗り替えているのはご存じのとおり。昨年名古屋場所では幕内優勝して、実業団横綱出身としては初の優勝者となりました。

大奄美は日大相撲部に属して4年次には主将までつとめた逸材でしたが、膝の故障などもあって卒業後すぐの入門は見送り、母校・日大の職員として働いていました。2015年に実業団横綱を獲得して入門に踏み切り、幕下付け出しでデビューしています。順調に幕内まで上昇しましたが、ここのところやや成績下降気味。ガンバレ!

それぞれに事情があったようですね。

でも、いずれも高校や大学を卒業後、比較的すぐに実業団横綱を獲得してプロ入りしています。

実業団を経てのプロ入りは、やはり幕下15枚目格付け出しの資格を狙ってのものだったようです。前述したように、高校横綱などでは付け出し資格にはならないので、出世への早道になる付け出しを取りに行くのに実業団を選ぶのは、当然でしょう。これは今回の落合も選んだコース。

考えてみれば、ふつうに入門して前相撲から序ノ口、序二段、三段目、幕下とステップを踏めば、最速でも5場所を必要とします。約1年がかかるわけで、それを考えたら1、2年入門を遅らせても、エクスプレスウェイを選択するのもアリなのかも。

そのコースを狙う場合、大学生も参戦してきて争うアマチュア横綱よりも、社会人限定の実業団横綱のほうが狙いやすいのかもしれません。今後は実業団横綱コースが増えてくるのかもしれませんね。

ただしいうまでもないのですが、社会人相撲で揉まれてきた猛者たちを退けて実業団横綱(あるいは付け出し資格の取れる8強)まで進むのは、これはこれで非常にハードなミッションですがね。

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