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未発売映画劇場「サント対悪の頭脳」

ファンタスティック映画の底なし沼、メキシコ・ルチャ映画の最大勢力であるサント映画のその最初の一作「Santo contra cerebro del mal」である。日本では未ソフト化だが、今回見たメキシコ製のDVD(スペイン語のみ)を始め、海外ではいくらかのソフトが出ているようだ。

サント(SANTO)は1917年生まれ。1930年代にレスラーとしてデビューし、1942年から白覆面をかぶってサントのリングネームを名乗り、人気レスラーとなった。メキシコのみならず、ラテンアメリカで最も偉大なレスラーとして長く君臨し、1984年に亡くなるまで、リングで活躍した。息子や孫もレスラーを継ぎ、特に息子のエル・イホ・デル・サント(サント二世)は有名。

そのサントが知名度を上げ、伝説的レスラーとなったのは、なんといっても数多くの映画に主演したからだ。サントを映画の世界に誘ったのは俳優兼レスラーだったフェルナンド・オセスといわれ、1958年に製作されたその第1作が、この「Santo contra cerebro del mal」である。

ということで、メキシコファンタ映画の伝説が華々しく幕を開けた、といいたいところだが、この映画を見てみると、まったくそうではないことがわかる。

というのも、この映画、じつはサントの主演映画ではないのである。

そう、映画のクレジットでのタイトルは「Cerebro del Mal」 あれ、サントの名がない。英語で言えば「Brain of Evil」だから「悪の頭脳」 ビリングはずっと後ろで、デビュー作らしく新人紹介的なクレジットになっている。つまり、サントはこの映画では主役ではないんである。ちなみに、役名も「サント」ではなくEl Enmascarado 「覆面の男」といった意味である。まあそりゃそうなんだけどさ。

映画の冒頭、延々と移されるのはキューバの町並み。この映画、じつはメキシコとキューバの合作で、全編キューバ(たぶんハバナ)ロケで撮影されているらしい。

キューバ風景のご紹介が終わると、すぐにヒーローのサント(いや「覆面男」なんだが)が登場。

何の説明もなく、街中で3人のギャング(チンピラか)に追いかけられるサント。ひとけのない倉庫街で対決。ここで武器を持ったギャングを華麗なプロレス技でバッタバッタと叩き伏せる……と思いきや、サント、弱いぞ。抵抗むなしく3人組に叩きのめされ、自動車に拉致されるサント。

おいおいという間もなく登場したのが、悪の科学者カンポス博士。演じるのはホアキン・コルデロというメキシコの俳優で、1940年代から、2013年に亡くなるまで活躍し続けた大物(日本ではまったくといっていいほど知られていないが)

そう、この悪の科学者カンポス博士こそが、この映画の主役である「悪の頭脳」なんである。カンポス博士、いわばメキシコのドクトル・マブゼ(わからないよ、それじゃ) 要するに犯罪志向のマッド・サイエンティストで、彼が開発したのが、強力な洗脳術。被験者になにやら注射し、日焼けランプみたいな(あくまで「みたいな」ですよ)装置で照らすと、そいつは彼の子分になってしまうのである。

というわけで、拉致されたサント、あっけなく博士の子分になり、悪事に加担するんである。おいおいサント(聖人)を名乗る身で、そりゃまずいだろう。

このカンポス博士のほうも、何が目的なのか、いまいち不明瞭。洗脳した銀行の偉い人(らしい)に命じて金庫から金を盗んだりするが、いっぽうで横恋慕したヒロインを拉致してきても、洗脳しようともしないし、監禁してるだけで手も出さない。なんなんだ、あんた。

で、唐突にもう一人のレスラーが登場する。サントの白覆面に対して黒い覆面をしたマスクマン氏。

いきなり悪の巣窟に潜入し、見張りを命じられていた洗脳サントと乱闘(ほぼ路上プロレス) サントをKOすると(サントまたしても弱いぞ)いとも簡単に洗脳を解く。サントはそのまま洗脳されたふりをして一味に潜入。黒覆面(こいつはEl Incógnito「シークレット」)やキューバ警察と協力して、カンポス博士の組織を叩き潰すのである。

こんなふうに書くと、まとまって見えるが、けっこうストーリーはバラバラで、ツッコミどころ満載。そもそも、なぜサントと黒覆面のシークレット氏(あとでその正体がメキシコから来た刑事だとわかる。演じるのはフェルナンド・オセス、そうサントを映画に誘ったのはこの人)が、覆面レスラーのスタイルで街中をうろうろしているのか、説明なし。

推理すると、サントは映画に出る前にメキシコのコミックブックで主役になっており、たぶんそのせいで「覆面レスラーはヒーローである」という文化が、すでにある程度メキシコの人々に浸透していたのだろう。うん、そうだ、そうに違いない。

というわけで、この映画、サント映画第1号というには、ちょっと語弊があるようだ。ファンタスティック映画でもないし。

この映画ともう一本、たぶん同時に撮られた1958年の「Cargamento blanco」という映画(別タイトル「Santo contra los hombres infernales」)の2本がキューバで作られたサント映画で、メキシコに本拠を移して本格的にファンタ映画を作り始めるのは、ちょっと間が空いて1961年から。どうしてそんなことになったか?

そう、1958年だからである。

この年、キューバでカストロらが率いるキューバ革命が勃発し、キューバは社会主義国となるのである。なんでもサントたちが撮影を終えてハバナを発った直後に、革命軍がハバナに入り革命成功を宣言したのだとか。ま、当時の社会主義国では、サント映画なんか撮れないよね。

そういう意味では、革命直前のハバナの風景、キャバレーやカジノ、ナイトクラブなどのナイトライフが写っているのは、貴重だし、興味深い。その街を、覆面レスラーが疾走したりするのも、なんとも言えない「味」があると思うが、いかがだろうか?

レスラーとしては、来日がなく、ついに日本のリングに登場することはなかったサントだが、サント映画の序章ともいえる本作をはじめとするサント映画もまた、日本では劇場公開、テレビ放送、ソフト発売も、私の知るかぎり、ほとんどない。

まあ、それでも日本の文化史には微塵も損失ではないのかもしれないが、やっぱり気になるよね。そのうち、もっと本格的なサント映画を見てみようかと思った次第である。

                  【次回】サント対地獄人間

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