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収穫 収穫 また収穫

3月後半から4月頭にかけて、葡萄畑では収穫の時期を迎えた。
先ずはシャルドネから収穫が始まった。熟しきったシャルドネは緑から金色っぽくなり、とにかく甘い。
そしてボスの受け売りだが、鼻に抜ける葡萄の香りがして、この香りがワインになった時の香りになる。
正直ぼくはワインの味はよく分からないが、葡萄が美味いのは分かる。
甘くてやや酸っぱくてみずみずしい葡萄、これをバクバク食いながら仕事をする。
食うと言っても普通に食うのではなく、房ごと口に放り込んでジューっと口の中で絞って、種と皮だけ吐き出す。
味は良いが種と皮の割合が多く、食べづらいのがワイン用の葡萄だ。


収穫はピッカーと呼ばれる人に頼んでやる。
それ専門の業者がいて、何曜日に何人というぐあいにやりくりをする。
僕らの仕事は彼らが’スムーズに仕事ができるよう、畑に収穫のコンテナを置き、それが葡萄で満杯になったら回収をする。
摘んだ葡萄はコンテナごと大型の冷蔵庫で冷やす。
あまり暖かくなると酸が抜けてしまうので、暑い時は直射日光が当たらない日陰に置いたりして、できるだけ早く回収して冷蔵庫へ入れる。
本収穫の初日には30人以上のピッカーが来て、てんやわんやの大騒ぎだった。
コンテナを配る作業に追われ回収が追いつかす、ピッカー達が帰った後に黙々と回収をした。
朝も暗いうちから働き始め、仕事が終わったのは日もとっぷり暮れて真っ暗になってからだ。
まあ農場の繁忙期というのはどこもそんなものだろう。


ピッカーで時々来てくれるアジア人のおばちゃん達がいる。
おばちゃん達の仕事は早く、別のグループの倍ぐらいのスピードで収穫していく。
聞いてみるとフィリピンの人だと。
何を話しているか分からないが、彼女達が仕事中ケラケラ笑いながら話すタガログ語を聞くのは心地よい。
たぶんフィリピンにも言霊というものはあるのだろうな。
言葉の意味は分からなくても、聞いていてトゲがない言葉というものはある。
たぶん科学的にも証明されるだろうが、ぼくは直感でそれを感じる。
人をホッとさせるような言葉の抑揚と響き、逆にイライラさせるような響きもある。
それはたぶん発する人の感情にも左右されるものだろうし、他にもあれやこれやあると思う。
日本語にも方言というものがあるように、全ての言語に方言はあるだろう。
共通言語は社会で必要だが、方言の中にこそ人の本質があるような気がする。
そしてたぶん意味は分からなくても、音でそれを感じることができるのだろう。
言語というのは面白いものだなあ。
今度は言語学というものを勉強してみようかな。


葡萄と一口に言ってもいろいろある。
食べる用の葡萄とワイン用の葡萄は種類が違う。
またワイン用でも色々あるが、農園で栽培しているのはピノ・ノワールとシャルドネがほとんどである。
シャルドネは緑色の葡萄で、ピノ・ノワールは黒葡萄だ。略してピノと呼ぶ。
数日かけてシャルドネの収穫が終わると、そのままピノの収穫へ入る。
ワイナリーの主要銘柄とあって畑の面積も広く収量も多く、連日の作業だ。
ピッカーは朝7時から仕事を始めるので、僕らはそれに合わせ6時半ぐらいから仕事を始める。
休みはほとんど無く、朝から晩まで働くので当然ながら体はガタガタだ。
でも葡萄は待ってくれない。
収穫のタイミングを逃すと味が落ちてしまうので、現場の人間にもプレッシャーがかかる。
ここが今回の収穫の峠なんだな、というのが分かり最後は気力で乗り切った。
作業は楽ではないが、やり甲斐があるというのを実感できるのが葡萄の美味さである。
シャルドネは爽やかな味だが、ピノは甘さの中に葡萄本来の旨さが凝縮しているような、そんな味だ。
作業の合間にちょっと手があけばバクバク食うし、喉が渇いて近くに水がない時はわざと熟しきっていない実を食べて水分補給をした。
ずーっとピノばかり食べているとちょっと飽きるので、収穫が終わったシャルドネの取り残しを食べて口直しなんてのもありだ。
収穫の間に僕は何百個の葡萄を食べただろう。人生でこれ以上ない、というぐらい食べた。


どこの国で何の作物か忘れてしまったが、奴隷を使って収穫をしていた時代、奴隷がその収穫物を食べると罰せられたと言う。
悲しい話じゃないか。
目の前に美味しい果実がなっていて自分は働いて収穫をするのにそれが食えないなんて。
人類史にはそういう事もあった。
当時の人とは全てが違う事を知り、完全にはその人の心境にはなれない事をしりつつ、なおかつ当事者の心を想像する努力をする。
それが人文学の醍醐味であり、相対的に今の自分の境遇を俯瞰で見ることができる。
今当たり前にある事を当たり前として受け取らず、客観的に自分を見れるとも言えよう。
現代では葡萄も食べられるし、働いてお金ももらえるし、食事も用意してくれるしビールもワインも飲ませてくれる。
昔の人から見れば夢のような話だろうな。
ありがたやありがたや。



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