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子育てのABC、ワークとライフとキャリアを添えて

砂押 美穂 さんの『子どもを育てるということ』
という記事を読んで、考えたことを書きます。

(ここから引用)

『今 心から思うこと、それは
「子育てをすることはキャリア」だ
ということです。

未だ子育てがブランクと
なってしまう日本で、
もっと子育てをキャリアと
認めるものになってほしい。


子育てをする親御様が誇りを持って
臆することなく子育てをしてほしい。
そう願う気持ちは今もやみません。』

(引用終わり)

私は、とても共感しました。
(ぜひ、リンクから元記事をお読みください)↓

『子育てを、ブランクから、キャリアへ』

子育てに、正解などない。
しかし、この言葉は、広がってほしい。
本記事では、この言葉から連想を広げて、
「子育ての歴史背景」の一端を紐解いてみます。

①A:アクション

私たちは、哺乳類です。それゆえ、
文化社会を築き上げる以前から
本能的に「子育て」をしてきた。

そこには、キャリアという概念は
あまりなかったことでしょう。

本能的な「行動」=アクション。
Action。


弱い者、未熟な者がいるから、
「子育て」という行動を行う。それだけ。

しかし、じきに人類は火や言葉を使い始め、
群れを成し、移住や狩猟や採集などの
集団生活を行っていきます。

そこには肉親だけではなく、
「他の家族」も運命共同体として
一緒にいた
と思われます。

こういう状況で子育ては
「親だけ」のアクションではなく、
「複数の目」が重なるアクション、
に変わっていったように思われるのです。

農耕が始まれば「定住」していく。
「都市」も生まれていく…。

それぞれの土地に応じて
色々な子育てが行われていきます。
ただしそれを差し引いても
子育ては「みんなで」「本能的に」行うべき
「行動」であったように思います。


一つだけ、例を挙げます。極端な例です。

古代ギリシアに
「スパルタ」という都市国家がありました。

ここでは、子どもたちは「国の財産」。
親には、自分の子どもを自由に育てる
権利はありません。

生まれた子どもはすぐに
長老の元に連れて行かれます。
そこで「健康でしっかりした子」と
判定されて初めて、育てることが許されます。
(病身でひ弱な子供は、捨てられました)

七歳にまで育った子どもたちは
軍隊の駐屯地で同じ規律の下で、
生活と学習もずっと一緒に行われます。
頭は丸刈り、下着姿、裸足。
ひたすら、訓練の毎日。

この教育は、成人するまで続きました。
成人後、町でも同じ生活を求められ、
「公人として国に仕えている」
という自覚を、常に求められたそうです。

以上は、プルタルコスの『英雄伝』に
書いてあるリュクルゴスという人の
教育改革についての記述の一部。
もちろん取捨選択や誇張もあるでしょうが、

この『スパルタ教育』の思想は
スパルタという都市国家が滅びた後にも、
歴史上にたびたび登場するのでした。

(「厳しすぎる教育」により
死亡事故が起こった事件もありますよね。
今でも、こういう教育を
国ぐるみで行う所があるかもしれません)

例示が長くなりましたが、

今と対比するために、
「子育ては『みんな』の『アクション』」
という過去の事例の一つ
を書いてみました。

②B:ブランク

時代は下り、産業革命などが起こり、
個々人が豊かになっていきますと、

国や社会にとらわれず
自分なりの人生を歩んでいける、
という可能性が高まります。
ワークとライフの関係も、変わります。

生きるか死ぬか、の世界であれば、
ワークライフイコール。
食うために、働く。

産業革命以前の人たちの多くは
そんな意識だったでしょう。

しかし工場などが立ち並んでいくにつれ
ワークとライフが、切り離されます。
ワークライフカット、の時代。
ここから「子育ては女性の専業のもの」
という意識も強くなる。

いわゆる「農業社会」ならば
みんなが働き、
みんなが(それなりに)子育てにかかわる、

それが普通だったでしょうが、

「出勤」「時給」「転勤」
そういった概念が
生まれてきた「工業社会」では、
働く人と家族が、切り離されます。

日本でも
「三ちゃん農業」という言葉がありました。
じいちゃん、ばあちゃん、かあちゃんの農業。
とうちゃんは、工場や会社に行く。

じきに核家族化が進展し、
じいちゃん、ばあちゃんが切り離され、
母親「だけ」が、子育てを専業に行う…。

そういうケースが、増えます。

特に女性は、それまで会社員などで
自分の「キャリア」を組み立ててきたのに、
結婚し、子育ての生活が始まることで
空白期間の「ブランク」ができる…。

◆子育ては、Blank

そういう認識が、定着していったのです。

③C:キャリア

「それは違うんじゃない?」
「子育ても、キャリアだよ!」

ようやく、このような認識が
育ってきつつあるのが現代です。

◆子育ては、Career

「ワークライフバランス」
「ワークライフジグソー」
の時代へ。

いかに自分なりにバランスを取るのか。
いかにジグソーを組み立てるのか。
そういうことを考える時代になってきた。

ただし、過渡期です。
完全に子育て=キャリアだと
認識している人たちばかりでは、ない。

ブランクと捉える人も、まだ多い。
ただのアクションや、スパルタ教育として
捉えている人もいるかもしれません。

「情報爆発」とも言うべき現代です。
ひとたびSNSを開けば、
千差万別、百人百様の子育て観、
子育て事情を垣間見ることができます。


子育ては個々人、個々の家族次第の
ものになってきている。

では、どうすべきか?

私は、この孤立しがちな個々人が
主体的に「情報」を集め、かつ
発信するべきだ
、と思います。

情報に対してどう「行動」すべきかは
個々人の判断次第。

しかし、知らずに孤立し、悩む人が、
この現代社会には、多すぎる。

まずは情報を集める。広げる。徹底的に。

「こんな事情や、サービスがあるのか!」と
広く知った上で、選択する。
知らない以上は選択肢にすら上がらないから…。

子育ての実情が世の中に広がるにつれて、
これまで子育てに主体的に
かかわってこなかった人にも、
重要性が認識されていきますよね。

この情報の広がりこそが、

◆子育てはキャリアだ

と変わるための鍵ではないか、と思うのです。

最後に、まとめます。

本記事では、砂押さんの子育て記事を元に、
私の主観で取捨選択しつつ、
子育ての歴史背景の「一端」を書いてみました。

さて、読者の皆様の「子育て」や
「子育てられ」の背景は、いかがですか?

繰り返しになりますが、
子育てに正解など、ありませんよね。

ですが、千差万別・百人百様の
事例を知り、対比させることで、
「自分なりの子育て観」を育むことが
できる
、そう思っています。

以下に子育てに役立つと思われる作品への
リンクを貼りました↓

ぜひ、ご参照ください。

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