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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』31

8、明かりの周りの暗がり

ローズシティ連盟の首都オルドローズには、
夜のとばりが降りていた。

盟王の宮殿にある高い塔の一室で、
咳き込む音が聞こえる。
一度始まると、なかなか終わらない。
宮廷に勤める医師の一人、
ドッゼ・ヤナガは
足早に廊下を歩み、扉を開けた。

咳の主は分かっている。
盟王の長男にして第一王子、
ドグリン・セイン。

ヤナガは王子の背中をさすると、
寝台の横の机の上に置いた
薬湯をコップに入れて、ゆっくりと飲ませた。
徐々に咳は収まっていく。
二人は、同時に息をついた。

「すまぬ、ヤナガ。助かった…」

「殿下、あまりご無理を
なさいませぬよう。
お身体にさわりますれば」

王子は寝台に横になった。
どうやら無理をして起き上がり、
書き物をしていたようだ。

ヤナガは、王子専属の医師である。

彼の父親はドッゼ・ウナベスという。
ウナベスは盟王の政治の面での片腕で、
大臣を務めていた。

と言っても、イッケハマルは基本、
自らが情報を集めて調べて、自ら決断し、
自ら手足を使って指示を出す男だ。
時には、単独行も辞せず、
交渉相手の本拠地に赴いて、外交まで行う。
今も、宮殿を空にしてどこかに出かけていた。

ウナベスは、その盟王の指示に基づき、
滞りなく内政を行う役目を負っている。
軍事面は大将軍のドン・コブリ。
内政面は大臣のウナベス。
この二人が、盟王の治世を支えていた。

ウナベスの息子であるヤナガは、
医師になってすぐ、セインに仕えた。
もっとも、病弱な第一王子は、
公務を行っているわけではない。
言わば、ヤナガは「お抱えの奥医師」である。
セインを一日でも長生きさせることを、
盟王から任せられている。

盟王の他の子ども、
クランべ、マオチャ、ココロンたちと異なり、
セインに仕える者はごくわずかだった。
クランべはバボン市長の子ども、
マオチャはカシス市長の子どもと結婚して、
今はそれぞれの都市に住んでいる。
残るココロンは、ピノグリア大公国の
王子と結婚する予定。
残されるのはセイン一人だ。

…その焦燥感から、
つい無理をしたのだろうか?

「ヤナガ。お前には、
損な役回りを負わせてしまうな」

寝台の第一王子が、か細い声で言う。
ヤナガは、かぶりを振った。

「何をおっしゃいますか。
そう思われるのであれば、
一日でも早くお元気になられませ。
イッケハマル陛下を直接にお支えできますのは、
セイン王子しかおられぬのですから…」

そう励ましたが、
セインは自嘲気味につぶやいた。

「お支え、か…。
子は成長すれば親を支えるのが道理だ。
しかし、俺は逆だな。
いつまでも父親に支えてもらっている。
何とも情けないことだ」

「愚痴が出るのは、お疲れの証拠ですよ。
さあ、今日はお休みになられますよう」

…セインの部屋を出ると、
ヤナガは一つ、ため息をついた。
どうも焦っておられるようだ。

無理もない。病状は一向に良くならない。
その間に、他の王子や姫たちは、
大きな後ろ盾を持つようになった。

セインはイッケハマル盟王陛下の
第一王子ではあるが、
名ばかりの第一王子である。
ゆくゆくはココロン姫の結婚相手、
リーブル王子が実権を握ることになる。

ヤナガはもちろん、
父親である大臣のウナベスも、
その時にはどうなるかわからない。

セインは二十九歳になる。
ヤナガも同じ年齢だ。
それゆえに、彼のお付きの医師に
指名されたところがある。

盟王はこう言ったのだ。

「ヤナガ。お前とセインは似ている。
黒い髪、顔立ち、背丈も同じくらい、
それに聡明なところも、な。
…頼む。あいつの良き
話し相手になってくれぬか」と。

医師として街に出て多くの患者を救いたい、
という希望もなくはなかったが、
最高権力者の盟王陛下に言われたのであれば、
断ることはできなかった。

それにしても…とヤナガは、考える。

もし仮に、セインが
盟王陛下の後を継ぐのであれば、
腹心であるヤナガは医師から政治家へと転身して、
大臣の位だって目指せるかもしれない。

しかし現実には、優れた野球選手で
圧倒的な人気を誇る末娘、
ココロン姫がリーブル王子とともに
この国を継ぐだろう。
大臣である父親も、そう話していた。

もしそうならなくても、
第二王子のクランべや、長女のマオチャが、
それぞれの結婚相手の実家の力を背景に、
後を継ぐかもしれない。

セインは第一王子でありながら、
実質的には王位継承の最下位、四番手だった。
いや、すでにその競争から脱落している。
…そのようにほとんどの家臣が認識している。

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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