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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』32

嫁ぐ前のマオチャ姫は、
セインを後継ぎにしようと、
色々と画策していたようであった。
もちろんそのあかつきには、
妹である自分が
実権を握るつもりだったはずだ。

また、クランべ王子も、
自分自身の力をつけていくために、
色々と暗躍していたふしがある。
手当たり次第に有力者の娘たちと
接触を持とうとしたのは、
「生来の女好き」ということも
あっただろうが、
自分の後ろ盾を増やそう、
としてのことだったのだろう。

「…セイン殿下は、
彼らの狙いに気が付いていた」

ヤナガはそう回想している。
誰が聞いているかわからないので、
声に出しては言わない。

だからこそセインは、
うまく『クランべとマオチャを
この宮殿から追い出した』のだ。

ヤナガは、以前に
王子と交わした会話を思い出していた。

「あの二人は、野心が思慮に勝る。
そういう者は、敵に利用されやすい。

俺はこんな身体だからね。
いざ実力行使されてしまえば、
ひとたまりもなくあの世行きさ。
だから、マオチャの策に乗って、
クランべが特別試合で情報を流出させたことを、
父上の耳に入るようにした。

その結果、クランべはアルバボンに行った。

前例ができれば、
今度はマオチャがガリカシスに嫁ぐことに
整合性が生まれていく。

…ヤナガ、そのように進めてくれないか?」

その策略を初めて聞いた時に、
ヤナガは意外に思った。

てっきりセインは、マオチャ姫に後を継がせ、
黒幕として実権を握るのではないか、と
思っていたからである。

「クランべも、マオチャも、
父上の後を継ぐのは難しい。
やる気があって能力の無い者は、
能力があってやる気がない者
よりも厄介なものだ。
マオチャが後を継いだら、
そのうちに俺の存在をうとましく思い、
やがては追い出すかもしれない。

権力には、そういう魔力がある。

勘違いしないでくれ。
これは、妹思いの兄の率直な気持ちなんだぞ。
可愛い妹に、兄を殺させたくはない。
マオチャの野心を抑えるには、
他のどこか別の一族と結婚させて、
盟王の後継者争いから
後退させるのが一番なんだ」

「…もし婚家の力を借りて、
クランべ殿下やマオチャ姫が
攻めてきたらどうしますか?」

「心配はない。
父上と首都オルドローズにならともかく、
どこか一つの都市が他の都市の上に立って
無理やり統一しようとすれば、
他の都市が黙っちゃいない。
ましてや、一族の長ではなく、
ドグリン家から派遣された孤立無援の身。
二人とも、そこまでの行動はできない」

「しかし、バボン市長も
カシス市長も野心家です。
クランべ殿下やマオチャ姫は、
彼らの野望の道具にもなりましょう。
利用される可能性が高いのでは?」

セインは、青白い顔で、にやりと笑った。

「…その野心をこそ操るんだ。
あくまで父上の支配下で、
お互いを牽制させて競わせる。

その間に、彼らを圧倒する力を
我ら盟王家が得ればいい。
北の国を使ってね。
盟王家でこの国、ひいては
隣のピノグリア大公国まで支配していく。
それが、俺自身の望みなのさ」

ヤナガは、セインの唯一の
「忠臣」であり「謀友」である。
そのように自分に言い聞かせていた。

他の王子や姫たちは、
自由に自分の身体を動かせる。
もちろん、盟王陛下も。
それに比べて、病弱なセイン王子は
その生涯の多くを寝台の上で
過ごしているのだ。

差が激しすぎるではないか。

自分は、王子の手足となって、
頭脳を共有していきたい…。

過去の会話を思い出していたヤナガは、
ふと、王子の部屋に
忘れ物をしたことに気付いた。
彼の体調を綴っている記録簿だ。
盟王陛下に報告するために必要なもの。

くるりと回れ右をして、取りに戻った。
その自分の足音が、ふっと止まる。

…セインの部屋から、ゆっくりと
出てきた者がいたのだ。誰だろうか?

ヤナガは自分の身を、壁際の暗がりに隠した。
その者は、周りを用心深く見渡しながら、
誰の姿も見えないことを確認すると、
部屋からゆっくりと出ていった。
ヤナガとは反対の方向に。

初老の男である。
彼の名を、ヤナガは知っていた。

ココロン姫の前教育係、
元名将、マース・チャンバ卿…!?

もしかしたら、自分は王子の
「唯一の謀友」ではないのか?
いや、王子自身ですら、
チャンバ卿のはかりごとに
操られているのではないのか…?

そんな疑念に囚われたヤナガは、
ふと窓の外を見る。

高い塔の窓からは、きらきらとした
街の明かりが見えた。
しかし彼はその明かりの周り、
首都をうっすらと包む暗がりにこそ
注意をしなければと、
自らの気を引き締めていた。

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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