「咳をしても金魚……へっくち！」ヒスイの#シロクマ文芸部

咳をしても金魚。
振りかえっても金魚。
4月の夜、ノースリーブワンピで凍えていても、金魚みたいに優雅に笑うのがプロのモデルだ。
鳥肌が立ってるけど。

「はーい、ちょっと休憩です！」

あたしはロケバスにかけ戻り、毛布にくるまる。
寒い。ガタガタふるえている。
骨の芯まで凍えている。

「こここ……コーヒー下さい」
「アイスですかあ？」

……信じらんない。この新人マネージャーさん、気が利かなさすぎる。
シベリア凍土でポーズ取ってたモデルに、アイスコーヒーをだすかな！？

「……いりません」

あたしはロケバスから外を見る。
4月の夜。ちゃんと上着を着ていれば、桜を眺めながらたのしく歩けるはず。
となりには、ちょっと鈍くっさいけど優しいカレがいて、
ふたりでホットコーヒーを分け合って笑うの。理想よね。

ほら。あの歩道のカップルみたいに……って、あれ
3カ月前に別れた元カレじゃん！？

なんなのよ、自分だけ。
すぐにカノジョをすぐ作って、幸せそうに歩いて！

窓からヤツをにらみつける。

あたしの仕事に全く理解をしめさず、
『モデルなんて服着て笑うだけじゃん、誰でもできるだろ』なんて
ほざいたバカ男。

ふざけんな。

モデルは、ラクな仕事じゃない。
真冬にビキニでインフルエンザにかかったし、
真夏にコートで、脱水になったこともある。

日焼けしちゃダメだから、夏は仕事以外ずっと引きこもり。
髪型は仕事に合わせて勝手に決められる。
体形キープのため、この4年、お腹いっぱい食べた事なんてない！
揚げ物もスイーツも炭水化物も厳禁。
タピオカだって、なめた事すらない。
撮影で、カップを持った記憶はあるけどね。

ダメダメダメ尽くしでメンタルはズタボロ。
たまに恋愛しても、ろくに会っている時間がなくてフラれる。


……だけどさ。

あたしはモデルの仕事が好きなの。

身長175センチ、骨ばっている大女。
それがコンプレックスだったんだけど
モデルなら利点になる。
高すぎる鼻も
大きすぎる眼も
売り込みポイントになる。

なによりも
あたしは服が好き。

仕事場に来て、渡された服をじーっと見て、
どうやって着たら『このコ』を
サイコーに綺麗に見せられるかって、考えるのが好き。

理由もなく、
好きなの。

靴や小物まで、スタイリストが全部選ぶとしても、
布の中に体を入れて
金色のウロコみたいにひらめかせるのは
モデルそれぞれの力量よ。

同じ服でも
着る人によって全然変わる。

あたしは、そこにある布を
輝かせるコツを知っているの。
だからモデルになったの。


たとえ4月の夜に、へそ出しトップス+ミニスカ+サンダル、
寒さで口元がヒクヒクしていても
それが、
あたしの選んだ仕事なの。


「あっ、撮影再開みたいですー」
「よっしゃ！　行ってくるわ。次はホットコーヒーをお願いね」

ばっ、と元気よくロケバスを出る。
冷たい夜風が吹きつけてきた。

「……ごほっ」

あんまり寒くて、咳と鼻水が出てきちゃった。

困るのよ、すぐ撮影なのに……。
さっとティッシュが出てきた。
やるじゃん、新人マネージャー君。

って。
アルコール消毒のウェットティッシュじゃあ
寒さ倍増なのよーーー！

「へっくち！」
「大丈夫っスかあ？」
「大丈夫、あたし、プロだから！」

この仕事が好きだから
今夜もあたしは金魚になって
光のうずを優雅に泳ぎ抜けていく。



……へっくち！


【了】

今日は#シロクマ文芸部に参加しています。
毎回、書き手の心をそそる冒頭で、
もうたまらなく魅惑的です！

ではまた明日、
ここでお会いしましょう。
夜は冷えるときもありますね。

お風邪を召されませんように💛



※※
今回の　はそやん、シロクマ文芸部は時代物！
てやんでえ、べらぼうめ！おととい来いってんだ！

……ヒスイ、精いっぱいの時代コメントです(笑)
ほのぼのでドキドキ、最後は心なごむわー

ちな、へいちゃんだと、こうなるの。
へいたは会話文がうまいと思っているのですが
今回はもう絶妙に繰り出してきた。
（くやしいから、呼び捨てだ(笑)！）

こういうのがあるから
同じお題で書くのがやめられないんですよねー。

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