【#シロクマ文芸部】咳をしても金魚。
咳をしても金魚。
と、おトヨが呟いた。
伊佐治が目をむき、
「うるせぇ。おめぇになにがわかる!」
と怒鳴った。
大店の御隠居宅の修繕が金魚狂いの始まりで、金魚がべらぼうな価値を生むと知った途端、伊佐治の目つきが変わった。
御隠居がよせと言い、おトヨが分不相応と止めたにも関わらず、伊佐治はどこからか金魚を手に入れ育て始めた。
「そのうち倍にして返してやらあ」
伊佐治はおトヨのへそくりにまで手を出した。
金魚に稼ぎをつぎ込むため、カツカツの生活はより苦しくなった。
子が生まれたばかりなのにとおトヨが訴えると、
「ちぃと辛抱すればお大尽よ」
と伊佐治は耳を貸さない。
おトヨは赤子を抱きしめ泣くしかなかった。
ある冬、質の悪い風邪が流行った。
「この子に着物をあつらえたい」
と、おトヨが訴えると、
「少しぐらい我慢しろいっ!」
と怒鳴った。
と、その拍子、伊佐治は少し咳き込んだ。
咳をしても金魚。
おトヨは眉をしかめ赤子をギュッと抱く。
赤子はか細い声で泣いた。
伊佐治の咳はおトヨに、おトヨの咳は赤子にうつった。
赤子の咳は治らず、熱もどんどん上がる。
「どうしよう、おまいさん」
おトヨは涙ぐみ、金魚を売ってくれと頼んだ。
「う、うるせい!」
とは言ったものの、伊佐治も我が子の熱には狼狽えた。しかし、ここまで金をかけたのに。もう少ししたらもっと金になるのに。そう思うと素直に「うん」とは言えない。
突然、部屋の隅が光りだした。
金魚鉢が光りながらグラグラと揺れている。
「危ねえ!」
慌てて伊佐治が駆け寄るも、金魚鉢は土間に落ちパリーンと割れた。
割れた金魚鉢はさらに光り、
伊佐治は思わず目をつむった。
突然、
「愚か者!お前の大事は金魚か!」
と鋼のような声が響き渡った。
「我は竜神なり。日々真面目に働くお前を助けようと金魚に化けていたのだが。お前は子の命より金魚が大事かっ!」
「子が大事にございます!」
迷わず叫んだ伊佐治を見ると竜神は満足げにうなずき、窓からスルリと外に抜け空へと昇っていった。
「うー」
呆然とする夫婦が我に返ったのは、赤子の声が聞こえた時だった。
咳き込んでいたはずの子が機嫌よく笑っている。
「おまいさん」
「悪かったな」
江戸のとある長屋で起きた夢のような本当の話。
難しかったです。
でもそれ以上に書き上げた時の楽しさがクセになってます😊
小牧幸助さん、ありがとうございました。
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