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「土曜の朝は、いまだ晴れ」第3話”やっぱりね(ヒロさん)”

「呼んだ?」
おそらく僕の1~2歳年下という感じの彼は、ソファー越しにカウンターに向かって話した。
マガジンラックで影になって見えないカウンターの奥から、返事があった。

「ああ、専務。ここの数字合わせといて欲しいんだけど。」
声の持ち主は、多分ここのオーナーで、おそらく彼の父親なんだろう。
その会話をボンヤリ聴いてたのだけど、彼女を見ると、入ってきた彼に急に背を向け、顔を見えないようにして、またスマホを触り始めた。

ひょっとしてそういうことなのかな。

人はみんな色々抱えて生きてる。
僕はそういうことを訊くのが得意じゃないし、きっと彼女が話したければ話してくれるだろうから。
ひとは、ずっと買ったばかりの白のTシャツのようにいるなんて不可能だし、そんな人生に意味があるとも思えない。

そう思いながらも、昨夜の彼女の柔らかさや暖かさや潤いや切ない声を思い出して、それが自分だけのものじゃなかった、という事実にどうしても気持ちがざわついてしまう。

でも、それは僕だって同じだ。
襟元に洗濯しても取れないこぼしたコーヒーの跡があるTシャツのようなもんだ。

嫌な予感というのは大抵的中する。

「やっぱりね」

外を見ると、朝はあんなに晴れていた空に、深い灰色の雲がかかり始めた。

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