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『鏡を割れ。願いを叶えよ』ヒスイのじんわり姉妹・短編

  神さまからのギフトは、猛烈に不公平だと思う。
 きっと生まれる前の赤ちゃんを並べて、適当に才能を振りまいているんだ。だから100かゼロ。
 私、中川陽菜(なかがわ ひな)は“ゼロ”だった。
 十三歳のあの日、双子の姉・真奈(まな)が鏡を割るまでは――。

  大学生になった今、私は毎月、ポストの前に立つ。
「――真奈、送るよ」
 コトン、と封筒を落とすと、指先から後悔が消えてゆくような気がする。


 真奈は学校でも家でも人気者だった。算数と体育とピアノが得意。ピアノなんて、楽譜なしでサラサラ弾いた。両親は真奈をほめた。ママは毎日、真奈の宿題をみていた。私はひとり。
 泣きそうになるたびに、本の世界へ飛び込んだ。文字は私を裏切らない。

 中学では文芸部に入った。書くことにハマった。
 モノをよく見て、感情を探して書く。言葉の選び方で、ただの字が突然、物語に変化する。私は夢中になった。
 ある日、顧問の先生が、
「中学生向けの童話コンテストがあります。希望者には添削をしますよ」
 応募条件のプリントをもらった帰り道、友達と話した。
「何を書こう!」
「まず主人公を決めようよ」

 家に帰って、部屋でノートを開いた。
 主人公はちょっとグズなカラスにしよう。ためしに何行か書き、余白にカラスの絵をつけた。
 後から真奈の声がした。
「あ、カラス。かわいい」
 私はさっと字を隠した。真奈は眉のあいだにシワを作り、
「見ないわよ、そんなもの」
 私は無視して、夢中で書き続けた。

 ふいに――バリッ! と鋭い音が聞こえた。あわてて顔をあげる。
 真奈が、お気に入りの手鏡を割っていた。粉々にしていた。
「……真奈……何してるの?」
「うらやましいの」
 ぽつん、と真奈は言った。
「陽菜は、字があれば別世界に行ける。私には読めないのに」 

 生まれて十三年。あれほど驚いたことはなかった。
「読めないって……学校で授業うけてるじゃん」
「私には字が、鏡に映る模様みたいに見える。
数字は図形に置き換えて計算するけど、ほかの字はギザギザのカタマリ。仕方ないから、ママに教科書を全部よんでもらって丸暗記しているのよ!」
 うわああん、と真奈は泣きだした。
「陽菜はずるい! さらさら本を読んで、世界を広げて。私だって読みたい!」
 私は、泣き続ける真奈をぎゅっと抱きしめた。


 神さまは不公平だ。才能を適当に振りまいて歩く。真奈には輝く魅力を、私には文字を。
 だから私たちは、いま手の中にあるもので戦う。ふたりで戦う。
 私と真奈。
 陽菜と真奈――。


 あれから七年。私は大学へ行き、真奈は家を出て、劇団で俳優を目指している。
 毎月、私のところへ台本が届く。
 私は音読し、データをUSBに入れて真奈に送る。

 あの日から、私は真奈の鏡になった。字を映す鏡。真奈の願いを映す鏡に。
 そして私達は、今も願いの途中にいる。

【了】1169字

『鏡を割れ。願いを叶えよ』



こちらは、「夏ピリカグランプリ」の応募作品です。

なお、文中の症例については、以下をご参考ください。


この世界では、今もみんなが、懸命に戦っている。
手に持たされたものだけで、必死に戦っている。
だからこそ、世界がキラキラしているんだと思います。
ヒスイも、手にした武器で願いを叶えます。
今はまだ、願いの途中だけれど――。

なお、「学習障害」にお詳しい方、文中に誤りや不足点があれば、教えてくださるとありがたいです m(__)m!


明日は金曜日。へいちゃんと同じお題で短編を書きます。
また明日、お会いしましょう。

ヘッダーは、Cheryl HoltによるPixabayからの画像


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