社会、舞踊、文学そして人々を想う ~心の探求家原田広美さん~

原田さん5 (1 - 1)

 自身の幼少期からの葛藤と闘い解放しながら、心理療法家となり、人が自分と向かい合う方法を探索されてきた人。心理療法家で舞踊評論家の原田広美さんだ。心理療法とは何か。幼少期以降のトラウマなどを解決し、現在のその人をアクティブにする手段である。本記事は、心理療法の概略を紹介しながら、原田さんという一療法家の、人としての核心に焦点を当てている。
 華やかな出で立ちでお越しになった原田さん。昨年(2020年)10月、東京淡路町。その料亭街で写真撮影の後、クラシック喫茶「ショパン」にて取材した。

原田さんという人

 心理療法とは、原田さんの手法では、幼少期のトラウマやコンプレックスなどで、無意識的に現在のその人に影響しているものを、カウンセリングとともに行われる「夢療法」「クレヨン画」「ロールプレイ(役割演技)」などにより解決し、ポジティブな活動状態を導く療法である。
 原田さんは心理療法と舞踊評論の著述活動をされてきた。著述にとどまらず「まどか研究所」を開き、カウンセリングを始め、心理療法関連のワークショップも主宰する。心理療法における「無意識」の理論を軸に、社会、舞踊、文学などについて広く考察を展開する人でもある。
 私が彼女と知り合ったのは、2年前のあるダンサーの公演のときである。公演後のお茶会で、「あなたは歯を見せて笑うと格好良く、見映えを出せるよ」「少しうつむきがちだから、あごをもう少しこういう角度で上げて見て」。
 まだこちらの名前も伝えていないような、初対面の状態での会話である。
私としては、最初の会話でさっくり言われたこのアドバイスがありがたかった。体の姿勢をうまく作ることで、体面をよくし、それにより自分が気持ち的によりポジティブになれるという、発見があった。
 その後のやり取りも含め、積極的に人をアクティブにしようとしてくれる、その姿が、私にとっての原田さんの原型像である。
 コロナ後も、Zoomで各自の夢の内容を語り、夢の中の物体や人になって、その気持ちを感じて見る、というワークショップに参加した。夢分析に無関心だった私だが、鱗の落ちる体験があった。
 現在もオンラインを始め、コロナ下でもカウンセリング活動をされている。
 誰でも幼少期から、家族を含む人間関係などにより、無意識のうちに抑圧やコンプレックスを抱いているものだ。抑圧やコンプレックスは、人の行動に影響を及ぼす。
 それらを解きほぐしていくのが、原田さんの役割だ。

心理療法を駆使して

 そのように、社会に生きる人に寄り添う原田さんだが、心理療法を単に個人の回復や解放の手段として捉えるだけではない。
 社会システムや資本主義や民主主義のあり方を支える最終単位として個人を捉えた上で、「個々人が幼年期から無意識のうちに抱える抑圧やコンプレックスなどから解放され、自立的になることで、社会的な問題も緩和できるのではないか」、という考えも抱く。
 さらに、アートとの関係も考えている。アーティストが創作したり、即興表現をする上で、内面の抑圧・コンプレックスを解放させ、表現を豊かにする方法も提唱する。
 即興は、実はアーティストだけが行うものではない。わたしたちも、人生において、仕事上において、即興的なやり取りを日々こなしている。そういうやり取りをよりスムーズに、実りあるものにする上でも、心理療法は役目を果たしていく。

療法理論の真髄

 その原田さんが駆使する心理療法理論の真髄は何になるか。
 それは、抑圧・コンプレックスを幼少期に遡って探り、意識化するというもの。探る手段は、「クレヨン画」としてその時期のことを描いて、意識せず使った色や形について感じ取ったり。夢に登場する物体や人になってその物体の「気持ち」を感じ取る、ロールプレイ(役割演技)のワークをしたり、というものである。
 それらのワークを通して無意識に感じていただけのものを意識化する。それにより、自分の苦しみの原因として考えていたものが、実はこういう側面を持つものだった、という気づきを得られる。それらの気づきにより、価値転換が起こり、ポジティブな心境が生まれ、抑圧・コンプレックスが活動のエネルギーへと変換される。

文体と人

 原田さんの著書『やさしさの夢療法』にはこうある。
 「私達は行動や感じ方、考え方、価値基準など、多くのものを知らずしらず親から受け継ぎます。ということは逆に、私達は、自分の親が抑圧しているものを同じように抑圧する可能性も極めて高いということです。多くの場合私達は、両親の各々が持っている抑圧を複合して持ち合わせているのです。また両親以外でも祖父母など同居している人々や、学校の先生などからも抑圧をゆずり受ける可能性があります。」
 「本来は一人一人が自分の中にいろんな感じ方や態度を持っていて、場面に応じてさまざまな要素が出てくるというのが自由な状態なのです。しかし、普通私達は多くの要素を各々の中に、各々の方法で抑圧しているのです。その抑圧の状態の違いが性格を形成しているのだ、ともいえるでしょう。しかしこれらの性格というのは決定的なものではなく、無意識の領域をも含めたワークによって解放していくことができるのです。」
 実感をもった語り口が貫かれているのが魅力だ。それは、後述のように原田さん自身が、母親からの「抑圧が強く育ち」という体験があり、そのコンプレックスを癒し、抑圧を解放しようとしてきたことをもとに、ここで述べられているような、人の心理状態やそれに対する心理療法を体感的につかんでいることによるだろう。
 その文体に表れた原田さんの思考感覚は、自身の抑圧を受けた苦悩の中で状況を切り拓こうとする意識が、洗練されて表に出てきたもののように見える。内容だけではなく、文体から滲み出る思考感覚が、私には刺激的だ。

人と歴史~第1冊目著書まで

 原田さんの人生史は、療法家の道を選んだことと、深い関わりがある。
 原田さんは幼少から、「抑圧が強く育ってしまって、母親との関係が悪くて。苦しみがあったけど、文学ではそれが解決できない、それではだめだと思ったの」。文学少女だったが、苦しみは文学を読むことでは解決できないと、20歳のときに思った。
 さらに大学卒業後、高校教員を勤める中、「管理教育という生徒への抑圧が強い世界が、自分自身の心身をも苦しめた」という。
 管理教育の色彩の強い学校では、教員にも同様な管理と抑圧が行われる。そのような状況下で最も強い抑圧を受ける立場にあるのは、原田さんのような若い女性の教員だった。そもそも幼年期からの大きな抑圧のトラウマを背負った身では、生徒の痛みに共感はできても、学校の体制を覆すだけの力を発揮することはできなかった。
 そして、「生活のこともあるし、教員も好きで始めた仕事だし、また、教育の限界をそんなに簡単に見限りたくない、という気持ちもありました。でも深いところでは、教員をライフワークとしてやり遂げることよりも、自分の持っているテーマを追求していくことの方に関心があることにも気づき始めていました。」
 ただそこに、結婚した夫の仕事に対するモラトリアムを、妻として受け入れきれない苦しみも加わった。「25歳で結婚しました。夫は私に対して理解がありましたが、長くモラトリアム期がありました。私は苦しく、相談する人もなかった」という。
 一方、元々演劇をやっていた夫は、ゲシュタルト療法を学び始めた。原田さん自身も、心理療法に関心があることに気づき、夫婦それぞれ心理療法のワークショップや講座に足を運ぶようになった。
 それは1980年代、20代のことだ。それらの学びを、教師として、授業に生かす試みもした。しかし、学校教育の中でできることには限界があった。
 1991年に教師を退職し、アメリカに心理療法を学ぶため短期留学。その後、夫と「まどか研究所」を立ち上げて心理療法家としてスタート。1994年に、心理療法の一種であるゲシュタルト療法をベースにした、第1冊目著書『やさしさの夢療法』を出版する。

人と歴史~第1冊以降、現在まで

 しかし、療法家としての活動は、社会的な出来事により、阻まれる。
 1995年に起こったオウム真理教の地下鉄サリン事件である。それにより、宗教団体への非難が高まるとともに、精神世界を探求する分野への批判論調が広がり、それが民間療法として活動する心理療法家にも及んだ。自身の体験として、「その時はヨガ教室がほとんど誤解を受けてダメになり、うちのような民間療法も足がとめられ、その手の雑誌もダメになりました。いつも催し物の欄に、クレヨン画で自分発見、などと掲載くださっていた毎日新聞が、その手のものを自粛してストップがかかりました」という。
 だがそれにめげず、1998年の「日本ダンス評論賞」入選を契機に、それまでの心と身体に関する見識を生かして舞踊評論家への門も叩く。日本の前衛舞踊である「舞踏」は、踊り手が自分の「無意識」に注目する世界だ。原田さんも心理療法家として「無意識」に注目していた。その見識を、舞踊評論に生かす方向性も活動に加えたということだ。
 2000年代に入って、舞踊関係の本として、『舞踏大全』『国際コンテンポラリー・ダンス』を刊行。その間、国際交流基金の助成で渡欧し、日本の前衛舞踊である「舞踏(Butoh)」についてのレクチャーを中心に、ワークショップや公演活動も行った。
 そしてその後、2018年に、心理療法家としての活動も本格的に力を入れ直す。同時に同年、第4冊目著書『漱石の〈夢とトラウマ〉』を刊行。同書は「漱石を通して、人の心の仕組みとか、どういうときに鬱とか神経衰弱になるとか、自分の夢をあきらめると心が弱って体にくることとか、説明したものです。」
 「夢をあきらめると」どうなるか。原田さんは、そのことを自らにも置き換えて、心理療法家、舞踊評論家として活動されているはずだ。

夢を叶える人

 原田さんの夢とは、根源的には、自身の「抑圧、コンプレックスからの解放」である。そして、その解放の手段として、心理療法を学び、さらに学ぶだけではなく精彩、緻密に人の心について探求し、カウンセラーとして活動するとともに、本も著わしていくこと。
 そのように、自身の幼少期以降の様々な葛藤と闘いながら、心理療法家となり、活動を続けている原田さん。
 夫とともに、ご自身らも心理療法を体験する中で、「鬱やモラトリアム、苦悩、抑圧、コンプレックスを深層心理から解放して癒すことで、一つ一つ夢を叶えて来ました」と述べている。
 積極的に人をアクティブにしようとしてくれる、その姿が、私にとっての原田さんの原型像である。
 自身の苦悩と長期にわたり闘ってきたその経験こそが、その心理療法家としての裏付けとなっている。

著述類

原田広美「私の仕事」
原田広美「「個の核」から溢れ出る生のエネルギー~カフカとゲシュタルト療法の視点から」2020年
原田広美『漱石の〈夢とトラウマ〉~母に愛された家なき子』新曜社、2018年
原田広美『国際コンテンポラリー・ダンス 新しい「身体と舞踊」の歴史』現代書館、 2016年
原田広美『舞踏(BUTOH)大全~暗黒と光の王国』現代書館、2004年
原田広美『やさしさの夢療法~夢のワークと心の癒し』日本教文社、1994年(2021年電子書籍化予定)

参考ホームページ

原田広美・成志「まどか研究所」心理相談&夢実現 


                     2020年10月21日 淡路町にて

                    聴き手・北條立記(ライター)

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