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私とじゃがいも

iPhoneの名前は、変更することができる。
そのまま「〇〇のiPhone」もいれば、ファンシーなあだ名をつけている人も見かける。

かくいう私のiPhone13 miniの名前は、「じゃがいも」である。
引き継ぎ前のSEは種いも、MacBook Airはフライドポテト、iPadはいももち、イヤホンはじゃがりこ、ヘッドホンはポテトヘッドだ。由来は推して知るべし。たぶん1週間後くらいには、これを書いたことが恥ずかしくなっているだろう。

とりあえず、私はじゃがいもが好きだ。

何より、じゃがいもはうまい。以上。

第二に、じゃがいもは近い。
私は北海道の帯広市で生まれ育った。帯広市の中でも特に田舎の農村部である。「大正メークイン」というじゃがいもで名高い(JA大正HP参照)(要参照!)。
煮てよし、蒸してよし、炒めてよしの三拍子揃っている。アツアツのいもにバターをたっぷり溶かしてほふほふ食べるじゃがバターはたまらない。

以下のnoteでも書いたが、毎年秋分の日に行われる「大正メークインまつり」は、管外からも多くの人々詰めかける。

会場では、某小学校全校児童が書かされる野菜をアピールするポスターが掲載される。某小学校児童は、じゃがいもやカボチャに関する替え歌を歌ったりダンスをしたりと、祝日返上で野菜のプロパガンダ活動に勤しむ。

参加しないという選択肢はない。これが結構楽しかったりして、傑作の替え歌は今でも口ずさんでしまう。ちなみに振替休日はある。

こんな感じのことを書いていた。

メークインまつりについては以下のHPを参照されたい。毎年9月下旬の秋分の日に行われている。


最後に、じゃがいもは強い。そう、強いのだ。
少しの間、想像力を働かせてみよう。

私たちは、支配者からの収奪を受けようとしている。税を取り立てられ、労働力は連れていかれる。

あなたは、作物として何を選択するだろうか。
はい、考えて考えて。すぐ答えに飛びつかないっ!


まず、米(水稲)を育てているとしよう。

あなたは見事に、先祖代々簒奪され続けることになるだろう。
なぜか。水稲は支配者にとってこの上なく都合のよい作物だからだ。
何より、単位面積あたりの収量が極めて多く、永続的で安定性もある。

ではなぜダメなのか、とあなたは問うだろう。
これは、人口が集約され、かつ設備が整っているという条件付きだからだ。人間は作物を安定的に得るため、古来から灌漑設備を整えてきた。これはまさに「文明」の象徴となるものだ。それはすなわち、労働を集約し、大規模に収穫するということにほかならない。
労働力が必要ということは、奴隷が使われてきたということにもなる。

ミソはここからだ。
支配者の視点に立ってみよう。他者の靴を履くのだ。これがエンパシーである。
水稲は、種が均一で、収穫の時期も目で見てわかる。進捗がとても見やすく、把握しやすい。収穫時期を予測できるということは、税の徴収が容易ということになる。
さらに、定住して水田をつくった暁には、先祖代々その土地に縛り付けられることになる。何代にも渡って受け継いできた土地を、そう簡単に捨て去ることはできない。
アメリカの政治学者・人類学者のジェームズ・C・スコットは、水稲を育てる人々は「掌握しやすく(legible)、税や徴兵をしやすく、土地に固定しやすい」と述べている(スコット、2013:66)。

よって、水稲を選んだあなたは、奴隷としてこき使われることになるだろう。心理テストみたいになった。


では、他に何を栽培すればよいのだろう。
本当はいろいろ検証したいのだが、面倒なので結論から言おう。

それが、ジャガイモだ。
(ちなみに、私は「じゃがいも」とひらがな表記を好むが、特に作物を表す場合は「ジャガイモ」とカタカナで表記する。通常ひらがな書きなのは、そっちのほうがかわいいからだ。)

何より、じゃがいもは美味い。間違えた。
もとい、何よりも、ジャガイモは移動耕作が可能だ。教科書でお馴染みの焼畑農業をイメージしてもらえればよいだろう。
ジャガイモ移動耕作の利点を一言でまとめれば、「栽培品種が多様化つ分散し、農民も分散しているためているため、監視も課税も強制労働も徴兵もしにくい」ということになる。

詳しく説明しよう。先ほどの「最後に」の文言は一旦、お忘れいただきたい。

ジャガイモはご存じのように多品種であり、それぞれ成熟期間が異なる。それに、根菜である。徴収者からすれば、地中にあるためベストシーズン of 課税が分かりにくい。
焼畑が可能なので、水稲のように土地に縛り付けられることもない。

さらに重要なことに、ジャガイモは2年ほど土の中で眠らせることができる。稲や麦は、すぐ収穫して倉庫に入れておかなければならないが、ジャガイモは地中で保管できるのである。支配者からすれば、収奪すべき倉庫がないことになる。

ちなみにトウモロコシも、対支配者の観点からはかなりいいらしいが、歯の矯正をしていた頃の憎しみから省略する。


ジャガイモの素晴らしさをもっとお伝えするため、少しの間、近世ヨーロッパの歴史を紐解かせていただきたい。

当時のヨーロッパ北部では飢饉が相次いでいた。主要作物であった小麦やライ麦は収量が低いためだ。一方のジャガイモは、「流行病にかかる」などの迷信や偏見から好んで食されず、家畜の食糧に甘んじていた。

しかし各国は領土の拡大を図り、戦争を繰り返す。兵士たちは農地を踏み荒らし、貯蔵庫を略奪する。
その被害が比較的小さかったのが、ジャガイモなのである。畑が少々荒らされても問題なく、畑が貯蔵庫となって必要に応じて収穫できたためだ。

敵軍は、穀倉地帯や家畜、そして地上に保管された飼料作物を取り上げて壊すことはできただろうが、地面の下にあるジャガイモに対しては無力だった。

ジェームズ・C・スコット(著)、佐藤仁(監訳)『ゾミア:脱国家の世界史』(みすず書房、2013年)198項.

こうしてヨーロッパでは、戦争が起こるたびにジャガイモが普及していくことになった。
プロイセンの啓蒙専制君主として知られるフリードリヒ2世(大王)には、偏見によりジャガイモを拒否していた農民に栽培を強制し、飢えから人々を救ったともいわれている。真偽は定かではないが、「フリードリヒ伝説」として語られることがあるのは事実だ(山本、2008:70;伊藤、2008:79-82)。
その後台頭し、ヨーロッパの主役に躍り出るプロイセンの勃興は、ジャガイモのおかげだとか。


さあ、ここまでの議論をまとめよう。
私にとって、じゃがいもは最強なのだ。

環境史家の伊藤章治は、以下のように述べている。

ジャガイモこそが歴史の「隠れた主役」、「蔭の実力者」だった。大衆に寄り添い、世界を救った食物。それがジャガイモだった。

伊藤章治『ジャガイモの世界史:歴史を動かした「貧者のパン」』(中公新書、2008年)iii項.


この文章は「フライドポテト」こと、愛用するMacbook Airからお届けした。もうちょっと値下げしてくれたら助かるんだけども。

ちなみに、私は大学進学のため上京してから、一度もマックに入ったことがない。


<主要参考文献>
伊藤章治『ジャガイモの世界史:歴史を動かした「貧者のパン」』(中公新書、2008年).
ジェームズ・C・スコット(著)、佐藤仁(監訳)『ゾミア:脱国家の世界史』(みすず書房、2013年).
山本紀夫『ジャガイモのきた道——文明・飢饉・戦争』(岩波新書、2008年).


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