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沖縄旅行2日目〜その①〜

本日9月21日は故安倍晋三元総理の誕生日だそうですね。
昨年7月8日に凶弾に倒れ亡くなられてしまいましたが、実はあの数日前に同じところに降り立っていたということもあり、なんだか不思議な気分になったことを覚えています。

さて、今回は沖縄旅行2日目のことをダラダラと書いていこうと思います。

※自分なりに調べて自分なりの解釈と表現で記事を書いていますが、専門家ではないので、もしかしたら間違ったことを書いてる可能性があります。興味を持ったことは自分でも調べてみましょう!
※記事の内容について専門家の方や詳しい方はコメント欄で補足してもらえると嬉しいです。みんなで記事を作り上げるイメージでいきましょう!


座喜味城

城跡

座喜味城は沖縄の戦国時代とも言える三山時代に護佐丸という将が築いた城です。

特徴はなんと言ってもキレイな「アーチ門」。
日本の城にはない沖縄の城の作りが体感出来るわけです。
ちなみにこの技がなせるのは、当時の人たちの建築技術もそうなんですが、大きな要因の一つとして「琉球石灰岩」が使われているからなんですね。

石灰岩は、日本の城で多く使われている花崗岩とは違い軽くそして成型しやすいというのが特徴です。
その要素が合わさって沖縄の城ではこうした見事なアーチ門を見ることが出来ます。

座喜味城のアーチ門

また、座喜味城は赤土のすこし地盤が不安定な所に建てていることもありバランスを保つために色んな工夫もされています。

そのひとつが石垣の積み方なんですが、まぁこの辺りは詳しく言ってもアレなのでいずれ石垣の積み方を解説する記事を書いた際に深堀しようかなと思ってます

武者隠しの最終地点

座喜味城のもうひとつの特徴は、武者隠しと言われるいわゆるトラップがある所でしょう。二の郭にはいると左手側に道を見ることができます。
そちらに敵兵を分散させることで兵力を削ぐことができるわけですね。

なるほどさすが護佐丸。


一の郭からは実際に城壁に登ることが出来る。大人の男性が4,5人ならんでも十分な位の幅があります。
標高125メートルほどの高さに位置する座喜味城は眺めもよく、東シナ海が一望できます。

アーチ門二つ、中央付近に見える小道が武者隠しの通路である
城壁からは東シナ海を望むことができる

また写真には収めませんでしたが、城壁に登り東シナ海を見つめ手を合わせている若い男性がいました。
そう、この日は6月23日、沖縄での地上戦終結の日である「慰霊の日」でした。ちょうど12時頃気づけばサイレンが鳴り響きあたりが静かになっていました。

男性が城壁から手を合わせていたのはアメリカ軍が上陸してきた方角だそうで、よく見渡すことができました。軍艦が着岸しアメリカ兵が上陸してくる姿を当時どのような気持ちで沖縄の人は見ていたのでしょうか。

座喜味城も実は日本軍の砲台が築かれており激しい攻撃を受け大きく損傷していたのです。アメリカに占領された後はレーダー基地にもなっていました。

現在ありし日に近い座喜味城の姿を見ることができるのは、本土返還以降にさまざまな人が関わり城跡を保存しようと努力をした結果なのでしょう。

奇しくもそうしたことを忘れ沖縄観光を楽しんでいたわけですが、沖縄県の大切な日であることを実感しました。

座喜味城跡ユンタンザミュージアム

さて、座喜味城から降りるとすぐのところに座喜味城跡ユンタンザミュージアムという、いわゆるビジターセンターがあります。

ここでは座喜味城の歴史から読谷村の歴史に至るまでさまざまな資料が展示されています。

写真を載せることが、権利などの関係で良いかどうかがわからないので、ここに載せることはしませんが非常に勉強になり、そして戦争の時の沖縄の人々の辛い体験を体感することができる場所です。

ぜひ、沖縄に行ったときは海だけではなくこうした場所にも足を運んでいただきたいところです。

さて、2日目に行ったところが多く1記事では書ききれなかったのでまた次回にします。

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