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観光学と観光経営学は違うー観光教育と現場の”ミスマッチ”

本日のポイント

・観光学と観光経営学は目的が違う。
・日本は観光経営学が弱いという課題がある。
・2つの学問がそれぞれの良さを活かして互いに交流し、高め合っていくことが重要。その際に大学及び実務家教員が果たす役割は大きくなる。
・理論は現場で役に立つ。目の前の出来事の裏にある理論へ目を向けよう

観光学と観光経営学は違う

突然ですが、「観光学」と「観光経営学」は違う。と言われた時にどう思いますか?もうちょっと言うと、皆さんが思う観光学ってどっちでしょう?

実はこのテーマ、先日Facebookで立命館大学/立教大学のビジネススクールで教鞭をとられているホテル投資実務のスペシャリスト沢柳智彦さんが投稿されたものです。そして、そのタイトルをそのままお借りしてしまったのがこの文章。そういう意味ではオリジナルではないのだけど、ご本人に問い合わせたところ「Facebookに書いてある言葉はPublic domainだから自由に使ってください」とのお言葉をいただいたので書いています。この場を借りてありがとうございました。(余談ですが、このご回答は昨今のSNS事情を鑑みるとネットリテラシーの見本だと思います。SNSは身内向けの独り言ではなくなってしまっている)

どんな話題だったのかというと以下のようものでした。

多くの人が誤解していますが、「観光学(=社会学)」と「観光ビジネス(=経営学)」は異なり、特に今社会が必要としているのは観光経営学だと思います。ですが、観光系科目の多くはせいぜい集客だけに着目したマーケティング(マーケティングの本来の目的な...

Posted by 沢柳 知彦 on Thursday, March 7, 2024

業界では知らない人はいないだろう沢柳さんの発言とういうこともありコメント欄にも数多くの業界有名人が発言しており、関心の高さがうかがえます。

日本の大学観光教育における”ミスマッチ”

実はこの問題。既に国でも問題だよねと指摘されています。令和3年に和歌山大学が実施した調査によると以下のようなミスマッチが報告されています。

「海外の観光系大学等とは異なり、人文科学、社会科学を中心としたものが多く、経営人材の育成など、観光産業界が求める人材を輩出するという観点でみると十分ではない」(観光庁 2016)

大学観光教育と観光関連産業との間で「ミスマッチ」• 観光学部・学科卒業生の観光関連産業への就職率:16.7%(観光庁 2016)

R3 先導的大学改革推進委託事業「大学における観光教育の現状と課題に関する調査研究」https://www.mext.go.jp/content/20220609-mxt_daigakuc03-000023238_001.pdf

タイトルと同様、上記の文章でも分かるように「観光」という学問には大きく2つの流れがあることが分かります。上の例でまとめると観光学=人文科学・社会科学を中心としたもの。観光経営学=観光産業界が求めるもの。という感じでしょうか。あえて、乱暴にいえば観光学と言われる分野には大きく2つ存在していると考えることもできます。(下記の整理は沢柳さんの整理を基にしています。ありがとうございました。)

社会的観光学:社会における観光の意味を研究する
観光経営学:観光における経営を研究する

といった感じになろうかと思います。ちなみに観光経営学はおおざっぱですが、更に大きく観光地経営論(行政やDMOの視点)と観光事業経営論(観光関連企業)の2つに別れると思われます。

日本では「観光立国だ!」と国策で観光振興が叫ばれてはいるものの、どうも観光経営人材の育成というのが大学ではあまり実施されていないのが課題になっているわけです。

沢柳(2024)を参考にして筆者作成

経営学≒製造業という課題

じゃあ、観光経営やればいいんじゃん!という話なのですが、一般的に日本では観光経営学を教えられる人材が不足していると言われています。最近では観光MBAコースが設置されるなど学ぶ環境は整ってきているし、経営理論を専門にする教員や、理論を理解している実務家教員は少しづつ増えてきているので改善の方向に向かっているものの、まだまだ限定的です。(註:2024年の4月に立命館大学観光マネジメント専攻が誕生しましたが、これは日本では珍しい観光経営学に特化したプログラムです。詳しくはこちら

そうなると大学に観光経営専門の人がいなくても「経営学部がそれを担えばいい」という考えもあります。実際にやっているところも多くなっています。もちろん素晴らしい指導をされている先生方も多いのですが、日本の経営学部は伝統的に製造業を対象にした経営理論が中心になっていることが多いという実態があります。

ですが、観光経営学というのは基本的にサービス経営学の一分野です。サービスと製造業では財の質も異なることから経営学理論もおのずと変化します。

例えば、下記の論稿では製造業志向のままサービスを捉えてしまうことの問題について観光を事例にして非常に分かりやすく書かれています。
(註:なお、製造業が良くないということではありません。サービス経済を製造業の思考のままでやるのが問題ということです。モノづくりはモノづくりの素晴らしさがあり、必要な産業だと私は考えます)

観光学も大事。観光経営学も大事。

さて、ここまで書くと「これからは社会的観光学じゃなくて、観光経営学だ!」とかなりがちです。もちろん、ビジネスとしての観光を実践していくためには観光経営学を学ぶ必要があります。そして、いまの日本ではあまりにも観光経営学がなおざりになっているので、今はそちらを整備するタイミングでしょう。

ですが、一方で観光というのは地域社会に与える直接の影響が強いものであり、ビジネスだけでは割り切れない要素も多く抱えています。観光事業者ではなくDMOや自治体といった観光地経営になると、この要素は更に強くなります。そういう多様な側面を持った観光という事象はビジネスのみならず、幅広い学問から探求されるべきものだと私は思います。

なので、結論は「社会的観光学も、観光経営学も大事」という当たり前すぎる見解になります。それぞれの学問は目的が違うものです。お互いにそれぞれの知見を統合させていきより良い観光を志向していくことが大事です。

一方で観光経営学の視点からでも単に儲けるというだけではなく、より良い観光地になっていくための視座というのも描けます。手前みそですが、下記の著作でその視点について書いていますので、興味のある人は読んでみてください。

観光と大学の関係について

大学教育において観光はここ数年で存在感が増してきています。では、大学でわざわざ観光を学ぶ意図とは何でしょうか。いろいろな見方ができると思いますが、先に示したように観光は純粋なビジネスとは異なる社会的・公的要素が絡んでくるものです。こうしたことを学ぶ上ではビジネスのみならず広く学ぶ環境が整っている大学が果たす役割というのは大きいのではないかと個人的には思っています。

また、すでに経営学ではすでに数多く実践されていますが実務との連携が必要になるでしょう。特に観光地経営は自治体やDMOという公的側面を持つ組織が担う役割が大きいので大学が入ることで実務と理論を繋ぐことがやりやすくなると思います。その際には、理論も実務も分かる人。恐らくは「理論が分かる実務家教員」が果たす役割は極めて重要になってくるだろうと思います。

あなたが知りたいのは観光学?それとも観光経営学?

ここまで読んでくださった上で、この投稿を読んだ皆さんが知りたいのは観光学ですか?それとも観光経営学ですか?先の沢柳さんの投稿にあるように、現在の日本ではこの区別が曖昧なまま様々な文章や記事が書かれており、結果として「観光は金じゃない!」「観光はビジネスだ!」といったような対立構図すら生まれていると思います。理論を知る事で、こうした争いをなくし、それぞれの役割に基づいて互いに協力ができるはず。そう。理論は実務の「役に立つ」のです。ただし、理論は暗記すればいいというものではありません。現場は理論通りにはならないからです。

ですが、それは理論は不要ということではありません。原理原則を知ることでイレギュラーにも対応できますし、再現性が高まります。理論の「使い方」を学ぶ必要があります。

今後、このnoteではこうした理論の使い方について学べるコーナーも始めようと思っておりますので、興味のある人は読んでもらえればと思います。

2024年のGWは本格的に観光が動いているようです。一方で、プラスもマイナスも色んな声があがるようになってきました。目の前で起きている事象の裏にある理論へ目を向けるときっと世界の見え方が変わるはず。ぜひ、チャレンジしてみてください。



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