展覧会:美しい蛾の世界
2021.3.4
文京区教育センター
昆虫標本なんて、観るのはいつ以来だろう。
しかも、美しい昆虫というと、真っ先に思い浮かべるのは蝶なのに、今回の展示は全て蛾なのだ。
勿論、看板に詐りなく美しい種も確かにいるのだけれども、蛾というと、あんまり観ていて気分の好い昆虫とも思えないし、毒虫というイメージも強くある。
実際、世界最大種の蛾の展翅など、ちょっと恐いくらいだ。
ただ、展翅を観ていて気が付いたのだけれども、蝶に比べて、蛾の羽って、しっかり広げているのを見る機会は、案外に少ない。
閉じて、じっとしているイメージ、或いは飛んで火に入る夜の虫。
身近な昆虫でありながら、きちんと見たことなかったなぁ。
当たり前の話だけれども、絹糸だって、蛾がいなければ採れないものだ。
身近な昆虫であるのに、余り親身に考えたこともない。
そういう虫にも、否、そういう虫だからこそ、またコアなファンも必ず居るのが、蛾だろうか。
今回は、偶々、開催されているのを知って、造形の美しさを観たくて訪れたのだけれども、無料とは言え、東京大学総合研究博物館の主催の、学術的な面の強い展示なので、案外に、その生態に対する興味が沸いてくる企画展だった。
特に、近年、発見されたばかりの、クロビロードスカシバのホロタイプ標本は、中々、一般には公開されない、貴重なものなのだそうだ。
ホロタイプとかパラタイプという言葉自体、初めて聞いた。
そうは言っても、こちらは昆虫が好きという訳でもないし、学術的に蛾を捉えてみたいというでもないから、やっぱり、鮮やかな色と不思議な模様、造形の調和、そういったデザインの魅力に引き寄せられる。
そして、どんな作家の描く画よりも美しく、当然ながらリアリティを持っているのが、生物だ。
よく美術の世界には真贋の問題が起こるけれども、そもそも、描かれたものというのは、全て偽物じゃあないか、という気持ちにすらなってしまう。
この日は、吉田博展を観に行く前に、寄り道して観に行ったから、余計に、そういう気持ちが強かった。
そして、心底思った、結局、自分は、より偽物が好きな性分なのだな、と。
自然からの模倣と贋物、それもまた人間という動物の偽らざる実像である、と言ってみた所で、気が休まる訳でもない。
蛾は昆虫の中でも、とても種類が豊富で、擬態の類いも多いそうだ。
クロビロードスカシバも、蜂に擬態した蛾の仲間だった。
その姿は、正直、余り美しいとは思わなかったのだけれども、何だか偽物感が満載で、まじまじ視るといよいよ可笑しい。
そこまでして蛾であらねばならぬのか、と思うのは人間の勝手として、どうやって姿を似せていったのか、実に不思議だ。
多分、現代の生物学では、その原理は解明されていないのだろうけれども、試行錯誤、切磋琢磨して、真似ぶなんて事でもないだろうから、ウィルスでも介して遺伝情報を拝借するんじゃないかとか、寧ろ、身体を担保に取られた成れの果てとか、そんな風に想像してみる。
そうすると、人間が何かと模倣する生き物だという事も、案外に、本能とか意思ではなくて、その行為自体が貢ぎ物だと思えて来て、やっぱり可笑しくなって来る。
どうも、可笑しいという事だけが、確からしい。
学術的に分類され、展示されている無数の蛾を、こちらはひたすら漠然と眺めるばかりだから、その行き着く先としては、まぁ、上々か。
だから、蛾とは、とても可笑しいものだつた。
美しさは、その中の本の一部分に過ぎなさそうだ。
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