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長崎大学事件に関する当会のコメント

判例コメント


雇止めのあとになされた無期転換申込みにつき、「更新の合理的期待権がある」として無期労働契約の成立を認めた事例――長崎地判2023年1月30日(長崎大学事件)

〈事案の経過と概要〉


 国立大学法人長崎大学と有期労働契約を締結し、同大学医学部医学科の選択科目である「医学英語」を通算して8年にわたって担当していた教員が、被告に対し、①契約期間が満了した2017年3月1日以降引き続き労働に従事したことから、民法629条1項前段により期間の定めのない労働契約として法定更新された、②上記法定更新により3年間の有期労働契約として法定更新されたとしても、2020年3月1日からの期間の定めのない労働契約締結の申込みをしたから、労働契約法18条1項により期間の定めのない労働契約へ転換された、③上記労働契約につき2年間の有期労働契約として更新の合意がされたとしても、2019年3月1日から2年間の有期労働契約として更新され、その後、2021年3月1日からの期間の定めのない労働契約締結の申込みをしたから、同法18条1項により期間の定めのない労働契約へ転換されたなどと主張した。
 長崎大学は、有期労働契約の通算契約期間を原則5年以下とし、2014年4月1日から、「長崎大学有期労働契約職員の契約期間に関する規程」の制定により、有期労働契約職員の契約期間に「5年を超えることはできない」ものと規定していたが、その後2018年4月1日、同規程を廃止した。

〈判示事項〉


 「原告の業務には常用性があると認められ、本件労働契約締結の経緯から、その業務が、一定程度、長期、継続的なものとなることが想定され、更新の際に、原告に認識し得る方式では更新の可否について実質的な審査等がされず、形式的な手続で2回の更新がされ、契約期間が通算8年間に及んでいたことからすれば、原告が、2回目更新合意による契約期間の満了後も、引き続き本件労働契約が更新されるものと期待したことについて、合理性があると認められる」
 「原告は、本件労働契約の継続につき合理的期待を有していたといえ、更新又は遅滞なく契約締結の申込みをしたところ、被告が本件雇止めをし、上記申込みを拒絶したことは、医学英語教育担当という雇用目的及びその後のeラーニング導入を中心とする医学英語教育方針の変更に伴い、外国人専任教員1名分の業務量を削減したことについては一定の合理性があるといえるものの、原告が採用時の方針に即した医学英語教育担当能力を有していたにもかかわらず、上記方針変更やこれに伴う本件労働契約への影響について事前に説明せず、対応を検討する機会を設けないまま、必要な業務量削減の範囲を超えて担当から外して、雇用契約を終了させたものであるから、合理性を欠くものといえ、さらに、事前の説明のないまま、同種職種の就職先を探すために十分とはいえない時期に本件雇止めをし、他の配属先を探すために誠実に対応することもしなかったのであるから、社会通念上、相当性を欠くというべきである」。/「以上によれば、本件労働契約は、労契法19条2号により3回目更新がされたと認められる。そして、原告は、……無期転換権を行使したから、本件労働契約は、同法18条1項により、……期間の定めのない労働契約に転換されたと認められる」

〈コメント〉


はじめに


 長崎地裁はこの1月30日、2011年3月1日から2019年2月28日の雇止めされた日までの8年間、長崎大学医学部において、助教として「医学英語」を担当した人が、その後なされた労働契約法18条に基づく無期転換申込みの結果「期間の定めのない労働契約上の権利を有する地位にある」とする画期的な判決を出した。
 原告と大学との労働契約は、①2011年3月1日~2014年2月28日(3年間)、②2014年3月1日~2017年2月28日(3年間。「1回目更新」)、③2017年3月1日~2019年2月28 日(2年間。「2回目更新」)。その後当事者は、2019年3月1日以降、雇止めされていた。当事者はその後労働組合による団体交渉の過程で、雇止め後の2020年1月15日および同年9月24日の2回に、無期転換申込みをした。
 本判決は、仕事の「常用性」に照らし、「2回目更新合意による契約期間の満了後も、引き続き本件労働契約が更新されるものと期待したことについて、合理性がある」と労働契約法19条に基づく判断をした。そしてそのうえで、雇止め期間中に無期労働契約への転換を認める判断をした。また「同種職種の就職先を探すために十分とはいえない時期に本件雇止めし」たことについて「社会通念上、相当性を欠く」とした。
 以下、この3点について検討する。

(1)労働契約法19条に基づく更新の期待権と無期転換


 無期労働契約への転換についての本判決の特徴は、第1に、①業務の性質が「一定程度、長期、継続的なものとなることが想定され」ること、および②「更新の際に、原告に認識し得る方式では更新の可否について実質的な審査等がされず、形式的な手続で2回の更新がされ、契約期間が通算8年間に及んでいたこと」から、更新の期待権を認めたことである。
 もともとこの労働契約法19条の規定は、東芝柳町工場事件・最1小判1974年7月22日民集28巻5号p.927.――使用者が契約期間2か月の臨時工と5回ないし23回にわたつて労働契約更新を重ねたのちに雇止めしたのに対して、「本件各労働契約が期間の満了毎に当然更新を重ねて実質上期間の定めのない契約と異ならない状態にあつたこと、及び……(更新の期待をもたせるような……引用者註)上告会社側の言動等にかんがみるとき」は、「単に期間が満了したという理由だけでは上告会社において傭止めを行わず、被上告人らもまたこれを期待、信頼し、このような相互関係のもとに労働契約関係が存続、維持されてきたものというべきであ」り、「このような場合には、経済事情の変動により剰員を生じる等上告会社において従来の取扱いを変更して右条項を発動してもやむをえないと認められる特段の事情の存しないかぎり、期間満了を理由として傭止めをすることは、信義則上からも許されない」――を条文化したものとされる。本判決は、この枠組みにそって労働契約法19条を解釈した。
 東海圏組合は、2018年段階で鈴鹿大学および岐阜聖徳学園短大において、同様の論理で次期の雇止めを撤回させた。このことが判決において明示されたことになる。

(2)雇止め期間中における無期労働契約への転換


 それに加えて今回画期的であったのは、「2回目更新合意による契約期間の満了後」、すなわち雇止め期間中においてもこの期待権を認め、「期間の定めのない労働契約に転換された」としたことである。
 過去のある時点において更新の期待権が発生し、その結果雇用が更新あるいは継続していたと認められた場合、論理的には現在においてもその過程において何らかの雇用を打ち切る事由がないかぎり、その雇用は継続しているはずである。しかしながら、実際に解雇等が無効と判断されても、実際に就労しうる権利は「1958年の東京高裁判決(読売新聞事件・東京高判1958年8月2日労民集9巻5号p.831.……引用者註)を契機に、それを原則的に否定する立場が定着した」(西谷敏『労働法[第3版]』(日本評論社、2020年)p.113.)。この点本判決は、使用者の無期転換逃れによっていったん雇止めされた者の就労を認めるなかで無期転換労働契約の存在を認めた判断であると解することもできると思われる。
 このように見ていくと、本件判決の影響は前述の読売新聞事件判決以来の流れの一部を変更させる力にもなりうるのではないかと期待される。

(3)「就職先を探す十分な期間」


 上記の大きな論点の影に隠れてそれほど目立たないものの、本判決の期的な点は、「同種職種の就職先を探すために十分とはいえない時期に本件雇止めをし」たことに着目し、「社会通念上、相当性を欠く」とした点である。
 この点、この括弧書きの間に「他の配属先を探すために誠実に対応することもしなかった」との文言がおかれていることから、この判断は使用者の解雇を回避努力義務に言及したものと読むこともできると思われる。そうすると、一方で「同種職種の就職先を探す」期間が短すぎる時期に解雇あるいは雇止めした場合は、「解雇回避努力義務」に照らして違法と判断されるのに対し、他方で、充分な告知期間等が設定されていた時期において解雇・雇止めした場合は、必ずしも違法無効と判断されないのではないかとの危惧が発生する。
 この点、この東海圏組合でとりくんでいる愛知淑徳大学の事案にしても、あるいは鈴鹿大学の事案についても、いずれも「次期の仕事はない」と使用者から通告されたのは、いずれも1月に入ってからのことである。このような場合には、告知期間が短いことをもって違法であるとした本件判決の意義は大きいと思われる。
 しかしながらそのことは、逆に充分な告知期間と思われそうな中長期的な期間がそれなりに設定されていた場合、そこでその解雇・雇止めの撤回を主張して団体交渉期間を実施したとしても、この団体交渉が使用者によって引き延ばされた結果、最終的に時間切れとなってしまうことも危惧されるのではないか。

おわりに


 以上、長崎地判2023年1月30日についてコメントした。本判決は、更新の期待権の法理と労働契約法19条との関係、それは雇止め期間中においてもなお適用されること、そして「同種職種の就職先を探すために十分とはいえない時期に本件雇止めをし」たことに着目し、「社会通念上、相当性を欠く」とした点において、画期的である。
 しかしながらそれでもなお、上記でみたようこととは逆に、使用者として末端にいたるまで徹底的に期待権をもたせないようにするような運用――かつて2010年くらいの段階で労働契約書にその旨記載する動きが拡大した――や、あるいは年度前半において時期の雇用がないことを伝えるようになる可能性が否定されえない。次の課題である。

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