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専修大学事件についてのコメント

判例コメント


大学非常勤講師は科技イノベ活性化法および大学教員任期法でいう「研究者」にあたらない――東京地判2021年12月16日(専修大学事件)

〈事案の経過と概要〉


 1989年から被告・専修大学との間で有期労働契約を締結し、反復更新している原告・非常勤講師が、専修大学法人に対し、2019年6月20日、労働契約法18条1項に基づき無期転換の申込みをしたため、同日、原告と被告との間で当時の有期雇用契約の契約期間滴了日の翌日である2020年3月14日)を始期とする期間の定めのない労働契約が成立したと主張し、かつ、2019年12月16日以降,前記始期に至るまで、被告が原告に対し無期転換申込権を認めない取扱いをしtこことは違法であると主張して、期限の定めのない労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めた事案。

〈判示事項〉


 「科技イノベ活性化法15条の2第1項1号の、『研究者』というには、研究開発法人又は有期労働契約を締結した者が設置する大学等において、研究開発及びこれに関連する業務に従事している者であることを要するというべきであり、有期雇用契約を締結した者が設置する大学において研究開発及びこれに関連する業務に従事していない非常勤講師については、同号の『研究者』とすることは立法趣旨に合致しない」。
 「10年超えの特例が設けられた任期法では、10年超えの特例が適用されるのは、大学教員(教授、准教授、助教、講師及ぴ助手)について、①先端的、学際的又は総合的な教育研究であることその他の当該教育研究組織で行われる教育研究の分野又は方法の特性に鑑み、多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職に就けるとき、②助教の職に就けるとき、③大学が定め又ば参画する特定の計画に基づき期間を定めて教育研究を行う職に就けるときのいずれかに該当する場合であることに加え、あらかじめ、当該大学に係る教員の任期に関する規則を定める必要があるとし、10年超えの特例が適用される対象を限定した上、手続的にも厳格な定めを置いている。/科技イノベ活性化法15条の2第1項1号の『研究者』につき、研究実績がある者、又は、大学等を設置する者が行った採用の選考過程において研究実績を考慮された者であれば『研究者』に該当すると解した場合、大学教員は、研究実績がある者であったり、研究実績を選考過程で考慮された者であったりすることがほとんどであるから、任期法7条が適用対象を前記のとおり限定したことは無意味となり、このような解釈は不合理である」。「したがって、任期法の定めに鑑みても、『研究者』というには、研究開発法人又は有期労働契約を締結した者が設置する大学等において、研究開発及びこれに関連する業務に従事することを要するものと解される」。
 

(原告を研究者として採用した旨の被告の主張について)

「確かに最高学府である大学において教育と研究は一体であることが多いこと、非常勤講師が担当する語学の授業であっても、研究実績を有する講師である場合、その研究業績に裏打ちされた見識に基づいて行われるものであることは肯定できる。しかし、学校教育法の定めるところ、大学の講師の職務において研究と教育が常に一体であり、常に研究と教育を職務とするとは限らない」。「そして、……原告の職務は、学部生に対する初級から中級までのドイツ語の授業試験及びこれらの関連業務に限られており、これが原告の研究業績に裏打ちされた見識に基づき遂行されているとしても、原告が専修大学において職務として研究に従事していると認めることはできないから、原告は『研究者』に該当するとはいえない」。
 

(専攻分野において研究業績を有し採用選考においてこれを考慮されて採用された原告は『研究者』に該当するとの主張につき)

「原告の職務は、学部生に対する初級から中級までのドイツ語の授業、試験及びこれらの関連業務に限られており、これが原告の研究実綾によって裏打ちされた見識に基づくものであったとしても、研究及びその関連業務であると認めることはできないものである。したがって、原告は、有期労働契約を締結した者が設置する大学等において研究業務に従事しているとは認められず、『研究者』には当たらない」。

(2013年4月1日から継続して大学法人と労働契約を締結している者が2019年6月に無期転換申込をした件について)

「原告が、被告に対し、無期転換申込みの意思表示をした令和元年6月20日、労契法18条1項に基づき、原告と被告との間に、当時の有期雇用契約の契約期間満了日の翌日である令和2年3月14日を始期とする期間の定めのない労働契約が成立したものと認められる」。

〈コメント〉
はじめに


 本件は、反復更新して5年を超える有期労働契約を締結した労働者の無期労働契約への転換権を認めた労働契約法18条1項の「特例法」とされる科技イノベ活性化法および大学教員任期法でいう「10年」の、大学非常勤講師に対する適用の適否を争った初めての事案である。この点、明示的に本判決は、「原告は『研究者』に該当するとはいえない」ことから、大学非常勤講師にこの2つの特例法規は適用されず、労働契約法18条1項でいう「5年」での無期転換権が認められるとした。
 さらに、この判決前、すなわち専修大学において学内就業規則等において「無期転換10年」とする就業規則が適用されていた段階における無期転換申込についての、「当時の有期雇用契約の契約期間満了日の翌日を始期とする期間の定めのない労働契約が成立した」と判断した。

(1)大学非常勤講師の労働契約上の「研究者」非該当性


 大学法人が非常勤講師の無期転換申込みを拒否する理由として、学内の無期転換規程において、上記の「科技イノベ活性化法」または大学教員任期法の「特例」が根拠とされていた。この場合、大学教員が「研究者」に該当するとした例や、あるいは「多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職に就けるとき」という場合の「教育研究組織」に該当することが根拠とされていた。とくに後者は、愛知淑徳大学の例でもあった。
 今回の判決は、このような誤解を明示的に打破したところに重要な意義がある。
 この判決を受けて、おそらくいまだに多くの大学で横行していると思われる「10年無期転換規定」がいっせいに廃止されることが望まれる。

(2)「10年無期転換就業規則」の効力


 本判決の第2の意義は、本件提訴段階において適用されていたと思われる就業規則の規定にもかかわらず、2013年から起算して10年を経過する前の無期転換申込みを認めた点である。この点、この段階における就業規則の該当箇所を黙示的に無効と判断したものと解せられる。
 この判断は、現段階において「10年無期転換規定」が未改正のまま残されている大学法人においてもなお、「5年無期転換」を認めるものである。したがって、愛知淑徳大学の場合、2021年秋の就業規則改正前に無期転換申込をした場合も、遡及的に有効となる。同様に、労働契約書にその旨の記載があったとしても、ただちに「無効」と判断されることになる

(3)残された課題


 なお、今回なお残された課題として、第1に、就業規則上の更新回数上限規定がある。たとえば、2018年段階において、たとえば鈴鹿高校では、同種規定に基づき、有期雇用の教員がきれいに雇止めされた。この「更新4回規定」という労働契約法18条1項を脱法する規定の効力については、今後の裁判闘争に委ねられたままである。
 また第2に、無期転換後の労働契約の解約のあり方が、現在あらためて問題になっている。たとえば鈴鹿大学では、大学法人側は、有期労働契約が締結されたことを認めたうえでさえもなお、「2021年3月31日で契約が終了した」との姿勢を崩さない。そもそも無期転換後であれば、その無期労働契約が「期間の終了」で解消されることなどありえないのである。契約の解消に際しては、契約当事者双方の合意が必要であることにかんがみると、その契約が誰と誰との間で、どの時点において合意解約されたのかが明示されなければならない。社会的力関係という〝法〟以前の問題において、事実上において無期労働契約を一方的に破棄するものであり、今後の法的な争いに委ねられている。

おわりに


 専修大学事件は、このように「非常勤講師の研究者性」を否定するに成功することで、労働契約法18条1項の特例法規が適用されないとした。また、現段階における就業規則において「10年無期転換規定」が記載された就業規則の該当部分が無効であることも黙示した。この点で重要な里程標となった。
 しかしながら、更新回数規定および無期労働契約の解約のあり方については、今後の法的判断の動向に委ねられている。

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