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【ビジネススキル】数式なしで説明するビジネスに役立つゲーム理論

コンサルティングファームで営業、プリセールス活動のトレーニングを担当したことがありましたが、そこで考え方の軸としていたのがゲーム理論でした。ここでは数学的な計算などは出来るだけ用いずに、その考え方、概念がわかるように書いていきます。

まず、ゲーム理論の説明をする前に、企業や人がビジネス上の意思決定を行う際の背景には、大きく3つの考え方があることを説明します。

まず一つは企業や人は「経済的に合理的な選択をする」ということを前提においた考え方です。ビジネススクール等で教えられてきたマイケル・ポーターをはじめとする、経済学を基礎とする学者のベースになっている部分でもあります。

対照的に、二つ目は企業や人は「あまり合理的な行動をしない」という考え方で、これは人間の非合理的な感情面や、認知の限界の方を前提とする考え方です。こちらは、人だけではなく企業も含めた心理学をベースに研究が進んでいる分野です。

最後の三つめは、ビジネスの分野では比較的最近脚光を浴びているところですが、会社や組織を一つの社会と捉えての社会学的なアプローチです。これはSNSの進展によるところが大きいと考えています。

ゲーム理論は一つ目の「人や企業は合理的な選択を行う」という考え方の代表的なもので、近代経済学の全ての背景にあるとまで言われています。

ゲーム理論とは何か?

ゲーム理論とは複数の主体間で起こっている、利害を中心とした相互の依存関係を明らかにし、意思決定や行動に向けた帰結を分析するものです。もう少しかみ砕くと「相手がある行動をとった場合に、自分がとる行動は何か」あるいは「自分の行動によって、相手がどう動くか」といったことを合理的に予想するものです。

理論としては1928年にフォン・ノイマンという数学者が提唱したもので、入門書として有名なものに「戦略的思考とは何か」というものがあります。そこでは戦略的思考について、「相手がこちらを出し抜こうとしていることを前提に、さらにその上をいくテクニック」としています。

ゲーム理論は非常に強力な理論で、多くのMBAで必修とされており、前述のとおり経済活動を理解するために必須の知識ではあります。ただし、それが絶対かというと、そうではありません。特にゲーム理論の基本的な活用においては、自分もしくは自社の行動が相手の影響を与えることを前提としているため、相手とする個人と企業の範囲を特定できない場合には適用が難しくなります。

企業の戦略においては少数企業がマーケットを占有している寡占状態において活用がしやすくなります。あるいは、営業戦略であれば、複数のコンペティタと競争入札しているような場面です。

囚人のジレンマ

ゲーム理論の代表的なゲームの一つとして「囚人のジレンマ」があります。お互いが協力し合った場合に最善の利益がある場合でも、協力しないものが利益を得る状況では協力しなくなるというジレンマです。これは1950年に数学者のアルバート・W・タッカーによりゲームが形式化され「囚人のジレンマ」と名付けられました。

犯罪組織の二人のメンバー(囚人Aと囚人B)が共犯者として逮捕され投獄されています。各囚人は独房に監禁されており、他の囚人と連絡をとる手段はありません。
検察官は二人を本命の容疑で有罪にするのには十分な証拠を欠いていますが、二人を余罪によって有罪にするには十分です。
以上の条件下で、検察官は各囚人に取引を持ち掛けますが、その結果として考えられるシナリオは以下の通りです。

・囚人Aと囚人Bがお互いに裏切って自白した場合、それぞれ懲役5年
・囚人A/囚人Bどちらか一方のみが自白した場合は、自白したほうが無罪、自白しない方は懲役10年
・囚人Aと囚人Bの両方が自白しない場合は両方とも懲役1年

囚人たちの利害関係を分析するために、ゲーム理論では2 x 2の表にまとめます。囚人のジレンマでは二人のプレイヤーと、二つの選択肢があるため、起こりうるシナリオは4パターンになります。

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ここでは4つのマスが起こりうる4パターンを表し、上下の行が囚人Aの選択、左右の列が囚人Bの選択をあらわします。下のカッコ書きの数字は、左から囚人A、囚人Bのそれぞれの利益として懲役の年数を数字に置き換えました。もちろん無罪の”0”が一番望ましく、懲役が科された場合はその年数に応じてマイナスの数字を入れています。

ゲーム理論では相手の立場も含めて、全体を構造化して俯瞰することが求められます。

ここで囚人の視点で考えた場合、相手が自白する場合は、自分が黙秘したら自分だけ懲役10年になるので、自分が合理的にとるべき選択は「自白する」することです。

次に相手が黙秘をするパターンでは、自分が自白すると無罪になり、黙秘すると懲役1年なので、やはり合理的に取るべき選択は「自白する」になります。

つまり、相手が自白しても黙秘しても、結局は自分は自白したほうが利益をえるため、このゲームでの結論は「自白する」べきということになります。また、これは相手方にとっても同じことで、自分の行動がどうであれば相手の行動予想としては「自白する」になります。そして、この状況から導かれる未来の予想は、「お互いに自白する」と考えます。

パレート効率性とナッシュ均衡

パレート効率性、もしくはパレート最適とは、経済学者のヴィルフレド・パレートが提唱したもので、「資源配分する際に、集団内の誰かの効用を犠牲にしなければ、他の誰かの効用を高めることができない状態」をパレート効率的であると言います。言い換えると、全体の利益が最大化された状態です。

この囚人のジレンマでは「お互いに黙秘する」場合が、二人の合計の懲役期間が2年(囚人A 1年 + 囚人B1年 = 2年)になり、一方が自白する、もしくは双方ともに自白する場合には、合計の懲役期間はともに10年になります。この場合は全体の利益が最大化された、パレート効率的な状態は「お互いに黙秘する」場合になります。

一方のナッシュ均衡とはノーベル経済学賞を受賞したジョン・フォーブス・ナッシュが提唱したもので、「お互いに相手の戦略に対して最良の行動を選択している」で、この場合は前述した通り「お互いに自白する」状態です。

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二人の利益を最大化するためには、お互いに黙秘することになりますが(パレと効率的)、各個人にとっての合理的な判断の結果はお互いに自白する(ナッシュ均衡)になります。

そしてゲーム理論においては、ナッシュ均衡がどこにあるのかを考えることが重要だと言われています。ナッシュ均衡がわかれば、次に起こる事態をある程度予測することが可能です。

コーディネーションゲーム

次にゲーム理論のなかで重要とされる「コーディネーションゲーム」について説明します。

ゲームの中にはプレイヤー同士が別々の戦略をとることでナッシュ均衡がもたらされることもあれば、同じ戦略になるよう同調することでナッシュ均衡をもたらすゲームもあります。この構造を取るゲームがコーディネーションゲームです。

これは例えばエスカレータの立つ位置で、関東では左側に立ち、関西では右側に立ち、歩いて昇り降りする人のために片側をあける習慣があると思います。本来はエスカレータでは安全上の理由で、立ち止まっていることが求められますが、朝夕の通勤時間帯にはいまだに片側に立ち、歩行者の妨げになり要らぬ諍いを避ける方が大半ではないかと思います。

つまり特別に右であったり、左であったりする必要はないのですが、みんなが同じ選択をすることによって、立つ方も、急いで歩きたい方も、お互いの利益が守られている状態です。

古くはVHSとベータの争いで、製品の優劣以前に、シェアが多いVHSにユーザが一気に流れたことがありました。いくらベータの方が製品として優れていようが、VHSの方が流通していれば、レンタルだったり、友人との貸し借りの場面でVHSであることによる利益が大きかったわけです。

たまたまとは言いませんが、ある個人もしくは集団が一方を選択したことで、残りの人たちの選択がこぞって同じ選択肢になるという性質が、コーディネーションゲームにはあります。

このゲーム構造を理解しているからこそ、企業は製品やサービスの立上げで、初期段階で採算度外視したキャンペーンを行ったりするわけです。最近で言えばバーコード決済における覇権争いで、PayPayが打ってきているキャンペーンが記憶に新しいですね。

そして、いったんコーディネーションゲームでナッシュ均衡に落ち着くと、そこからその選択や習慣はなかなか変えられないということもあります。

コーディネーションの失敗

コーディネーションゲームで一つ考慮しなければいけないことは、必ずしも人々によって望ましいナッシュ均衡に落ち着くわけではないということです。

望ましくないナッシュ均衡に落ち着く、つまり利得の低い方の均衡が選ばれることを「コーディネーションの失敗」と言います。例えば、本来は製品Aの方が優れたものであったのに、業界の覇権を握ったものが製品Bで、さらにそこから改善が図られなくなるようなことを言います。

皆さんの身の回りにも、いわゆる暗黙の了解と言われるもので、それが必ずしも生産的でないことがよくあるのではないかと思います。また、そんな暗黙の了解は、同調圧力によりなかなか変えられないものです。エスカレータの立つ位置もその一つかもしれません。

これはゲームの構造を理解したうえで、常識や習慣を疑ってみることも重要なのではないかと思います。

ゲーム理論をどう活用するか

ゲーム理論はより合理的な判断をするためのプロセスを支えるものです。利害関係を整理し、考えられるパターンを数値化して客観的に評価していくことになります。

今回は基本的なところに絞って説明をしましたが、ゲーム理論的な思考のプロセスを踏むかどうかで、ビジネスの競争戦略上の相手の出方、自分の打ち手に対する見えかたが俄然変わってきます。

自分の手の内をさらすようなものですが、例えば提案でコンペになっていたとき、合理的な判断に委ねると競合企業に軍配があがると考えれば、私はゲームの構造を変えることを考えます。あるいはサービスの過程では、誰かが非合理的な判断を下していた場合は、その背景を探ることで、物事の本質が見えてきたりします。

本来はゲーム理論は数値化して数学的根拠を求めていくものですが、考え方の方が重要なので、概念について説明してきました。企業の経営戦略だけではなく、考え方、思考のプロセスを身に着けると、個人として見えてくる景色が変わってくると思います。

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