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「アイ・フィール・ファイン」ではじけたビートルズ

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The Beatles / Past Masters

ビートルズのシングル盤音源を集大成した『パスト・マスターズ』は現在二枚組ですけれども、もともと2009年リマスターまでは初期シングル曲を収録した『Vol. 1』(1965年分まで)と後期の『Vol. 2』との二枚バラ売りだったものです。以前も書きましたね。この音楽家はシングルをたくさん出し、そのなかには公式アルバムに収録されないものも多かったので、1988年の公式初 CD 化の際にまとめられたんです。

それで、ビートルズの足跡は、ある意味シングル曲を順番に聴いていけばたどれるという面もあるように思いますが、最近気づいたことは、「アイ・フィール・ファイン」(1964年10月18日録音)のあたりから総合能力が格段に向上しているなということ。『パスト・マスターズ』をただなにげなく流しているだけでも、そこでハッ!とわかる違いがあります。

「アイ・フィール・ファイン」はラテン・リズムを使った曲で、たぶんレイ・チャールズの「ワッド・アイ・セイ」(1959)を下敷きにしたんでしょう。そんなのはそれまでのビートルズ楽曲に、オリジナルでもカヴァーでも、皆無でしたから、突如の変貌に驚きます。ビートルズにとってはコンテンポラリー・ヒットだったレイの「ワッド・アイ・セイ」はこれ↓

このレイの「ワッド・アイ・セイ」は、いわばルンバ・ブギ・ウギとでもいうようなものだと思うんですが、1959年ですからね、アメリカの黒人リズム&ブルーズの世界もラテン・フレイヴァーを存分にたたえていたころです。ビートルズの連中は米国産 R&B のレコードをたくさん聴いていましたから、これも間違いなく知っていたでしょう。

聴いて知っていて、これはおもしろい、自分たちでもこんな曲をやってみたいと考えて、それで「アイ・フィール・ファイン」みたいなものが仕上がったんでしょう。しかしそれまでのビートルズの足跡を考えると、まるで突然変異のように聴こえます。わりとナイーヴでストレートなブルーズ・インフルエンスト・ロック・ピースばかりでしたからね。

「アイ・フィール・ファイン」ではラテン・リズムを活かしたソング・ライティング、アレンジ、入り組んだ演奏をこなし歌う能力など、総合的にぐっと一段ビートルズが階段を昇ったのがわかると思います。こういった複雑でありながらタイトに仕上げるといった例がそれまでのビートルズになかったかというと、実は一曲だけあるんです。それが「抱きしめたい」(I Want To Hold Your Hand、1963)。

「抱きしめたい」ではハンド・クラップが活用されているでしょう、その手拍子のリズムにはあきらかにクラーベの痕跡があります。跳ねてシンコペイトしていますからね。それもふくめこの曲は全体的にそれまでのビートルズの楽曲とはちょっと違う入り組んだ構成を聴かせているし、キラキラしていて若干ゴスペル・ライクな高揚をもみせ、バンドとしての成熟を準備したのだとも思えますね。これじたいメガ・ヒットしたんですけど。

「アイ・フィール・ファイン」なら、「抱きしめたい」ではまだほのめかしだったそんなラテン・クラーベ感覚が存分に発揮されていて、アンプを通してのフィード・バック・サウンドをイントロに据えるという大胆な試みや、全体にメリハリをつけた複雑な構成とあいまって、ロック楽曲としてこれ以上ない実験でありながら、同時にタイトな完成を聴かせているんですね。演奏にも歌にもまったくほころびや躊躇がありません。

おもしろいのはストレートなロックンロール・ナンバーでも「アイ・フィール・ファイン」の前のものと後のものとではかなり様子が違っているということです。前者ならたとえばラリー・ウィリアムズのカヴァー「スロウ・ダウン」(1964年はじめ録音)と、後者ならやはりラリーの曲である「バッド・ボーイ」(1965年5月録音)や、オリジナルだと「アイム・ダウン」(1965年7月録音)を比較してみてください。

「スロウ・ダウン」はストレートなロックンロール・ナンバーで、ピアノが三連のリフを叩いている(ポール?)のが大きな特色です。ジョンのリード・ヴォーカルのラインにも、バンドの演奏にも、特に入り組んだ工夫は聴かれません。ロック・ミュージックのばあい、こういう素直にそのまま表現したようなナイーヴさが大きな魅力につながったりしますね。

ところが同じラリー・ウィリアムズの曲でも、約一年以上後に録音された「バッド・ボーイ」ではストップ&ゴーを活用して演奏にメリハリをつける工夫が聴きとれます。ドラムスだけでなくタンバリンのサウンドがリズムにニュアンスをもたらしているし、リズム感もやや複雑です。特にジョージが弾いているのかな?ジョン?リード・ギターのオブリガート・フレイジングには、跳ねるシンコペイションがありますね。

ポールが書いて歌う「アイム・ダウン」ともなれば、こんなに複雑な構成の曲を書きアレンジし演奏し歌えるということが、あの「ラヴ・ミー・ドゥー」のバンドだったのにと思うと、かなり驚きですよね。ポールが歌う背後でバンドの演奏が進んだり止まったりしていますが、その出入りもかなり複雑で難度が高そう。しかもヴォーカルともども迫力満点です。ピッタリの呼吸で合わせるのはむずかしい、レベルの高い一曲じゃないですか。

1962年にレコード・デビューしたビートルズですけど、約二年か三年が経過したあたりから、こういった入り組んだリズム表現や難度の高いアレンジを使った曲を書いたりしていて、そんなサウンドを問題なくこなせる演唱能力も備わったんだなとわかります。シンプルさ、野卑さがある意味ウリのロック・ミュージックですけど、ニュアンスに富んだ表現をビートルズも1964/65年ごろからするようになったんですね。

そのきっかけというか第一号がラテン・リズムを効果的に活用した「アイ・フィール・ファイン」や、その次のシングルだったジャマイカ音楽ふうのバックビートを持つ「シーズ・ア・ウーマン」(1964年10月録音)だったんじゃないでしょうか。こういったラテン〜カリビアン要素が、やはりビートルズのようなバンドにとっても音楽をふくらませ豊かにする大きなきっかけだったのです。

(written 2020.3.30)

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